ワンライ!

ベンジャミン・スミス

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極小こそ極上なり!【研究員×刑事】

第七話 「香りの記憶」

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 神社でおみくじを引いてから数日後、丹波はベッドの上で荒い息を吐いていた。丸出しの臀部はローションと汗で光っている。

「はあ……」

 呼吸が細くなる。眠りへ向かう細い道を辿るように吐き出された空気はどんどん小さくなる。

「おやすみなさい」

 そう声をかけられ、丹波は瞼を痙攣させながら上げた。眼球だけ必死に動かすと、ベッドのそばで津河山が丹波のそれを模った玩具を拭いている。丹波を快楽の淵に落とし、仕事の疲労に疲労を重ねたそれを津河山は大事そうに撫でている。最初は奇怪に見えていたそれも、慣れてしまえばお気に入りの玩具で遊ぶ子どもの様だった。

「こんなところで寝るかよ」
「しかしお疲れでしょう? あのマグカップの犯人──被害者の妻を逮捕して、後処理も終了。今日くらいお祝いだと思って安心して寝てください」
「んー」

 丹波はシーツに顔を擦りつけ唸った。シーツからここの主、津河山の体臭がする。

「あんたいくつなんだ?」

 丹波より年上に見える男は、中年らしい体臭を漂わせていない。しかし柔軟剤や香水の様な人工的な香りも纏っていない。津河山だけの持つ香りに丹波は何故か心臓の鼓動を速めた。年齢を聞かれたくなかったのか津河山は答えない。「なあ」ともう一度尋ねても数字は返ってこない。
丹波は返ってこない答え以上に声が聞けない事に不安を感じ、今度は首や目だけでなく身体ごと持ち上げた。

「あれ? おい、変態科学者」

 そこに津河山の姿はなかった。寝室には丹波だけになっている。姿はないのにシーツや部屋に漂う津河山の香りが丹波の胸を言葉にできないほどの焦燥感で満たし気持ちが悪くなる。

「つ……」

 唇が震える。

「つか……や、ま……さん」

 名前を呼んだ瞬間、腹の底から脳天にかけて噴火するように熱が上った。尻を掘られる以上の恥ずかしさで、名前を呼んだ事実をなかった事にしたかった。
 そんな真っ赤な丹波のもとへ津河山がひょっこり戻っていた。

「刑事さん」
「おおおおお、おう!」
「どもりすぎです。お電話ですよ」

 津河山の手には丹波のジャケットが握られていた。リビングでハンガーにかけていたものだ。ズボンにスマートフォンを入れていたと思っていたのに、予期せぬところに大切な通信道具を置いてけぼりにしていた事で丹波は跳ねる様にベッドから離れ、ジャケットをひったくりスマートフォンを探した。

「やべっ」

 液晶画面には「三嶋」の二文字。

「おう、俺だ! 何だと? 分かったすぐ行く。場所と現場の様子と——」

 丹波は頬と肩に機械を挟み、耳から脳に新しい事件の状況をメモしながら身支度を整えた。「そこなら15分で着く。じゃ、俺が着くまでたのんだ」と電話を済ませ、寝室を出て行く。津河山の横を通り過ぎる表情は刑事の顔だった。

「お仕事ですか?」
「ああ、悪い。またな」

 玄関を躊躇いなく出て行く丹波。数分前までベッドの上で喘いでいたとは思えない。その逞しい背中が玄関のドアで遮断されるまでの数秒が津河山にはいつもより早く見えた。

「いつもより急いでいたのか、それとも私の感情に何かしらの変化が生じて心理学側面からそう見えたのか」

 目の前で起こった時間感覚の変化を分析する津河山は、玄関に踵を返し寝室のベッドに腰かけた。ふわりと舞い上がるのは丹波の香り。

「良い匂いがしますね刑事さん」

 香りには汗や煙草の匂いも混ざっている。今日一日の丹波の軌跡が脳に思い出を刻む様にシーツにその跡を染み込ませていた。

「とても男らしい香りだ」

 一日の匂いは自然と不快に感じない。

「煙草の匂い……嫌いなのですが……これはどういう意味なんでしょうか」

 何の抵抗もなくもう一度肺を丹波の香りで満たす。

「肺が痛い。病気ですかね……いや、これは……」

 香りと胸の痛みが教えてくれる、もう二度としないと誓った過去のあの記憶が蘇る。

「ああ、最悪だ。この感情はあまりよくない」

 津河山は天井を仰いだ。

「恋愛は身を亡ぼすだけだ」

 そして丹波の体臭を追い出す様に重たい溜息を吐いた。
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