8 / 18
第三章 月下の恋の行方
第八話 射抜く碧眼
しおりを挟む
仮面を外したことで、距離が縮まっていく二人。
正体が明るみに出るギリギリを楽しむ関係。それはいつしか二人の身の上話にまで進展していく。
満月の日は窓からの月明りでやすやすとは仮面を外すことが出来ない。最後には外してしまうのに、序盤の躊躇う気持ちが別の所で昇華しようと、身の上話をしてしまうのだ。
「昔、隣のガゼル領に行った時に……」
自身の正体を隠して、ルーカスは幼少の話をするまでになっていた。カトリーヌにすら話したことはない事を、子どもの様に楽しそうにザックに話す。
もう身も心も、ザックを信頼していた。そして正体を明かしたくてウズウズしてしまう。
だが、いつもその一歩手前でザックのスキンシップが激しくなるのだ。
「それはとても愉快ですね」
と、言いながら引き寄せてくる。耳輪に触れ、息のかかる距離で話しかけてくる。
そうなればルーカスの理性は切れ、銀の仮面と共に堕ちて行く月夜が踊りだす。
語らい、一方的な愛撫のみだが身体に触れ、そして別れを惜しむ。
いつしか「悲しみを埋めてくれる男」は「妻以上、だが恋人以下」という複雑な存在になっていた。
そして、とある新月の日。
「満月まで待てない」
ルーカスは彼に寄り添いそう告げる。こんなに誰かに会いたいと思ったのは初めてで、それが何を意味するのか分からずに困惑する。
「もっと貴公に会いたい」
所帯を持っている男のいう事ではない。ザックが身体を引き離す。
「あなたは恋を知らない初心な男なのです。あなたの妻のように熱に浮かされているだけかもしれませんよ?」
地の底にでも落とされた気分だった。ザックはきっとこの申し出を絶対に受け入れてくれると思っていた。しかし返ってきた答えは何とも現実味を帯びた冷たい言葉。ルーカスは、ザックが同情でこのような関係をしてくれているだけで、もしや本当に自分だけがこの秘密の逢瀬に浮かれていたのではないかと思い出す。
「しかし俺は……」
「あなたには妻がいます。あなたはそれを捨てることができますか?」
「……」
その静寂が、ザックにため息をつかせた。
「あなたと私の関係は新月と満月のみ。それでいいではないですか」
ザックの言葉は少し刺々しい。彼が少しでも感情的なそぶりを見せたのはこれが初めてだった。
「すまない。変な事を言って」
「いえ、きっと仮面を外して気持ちが高ぶったのでしょう。もう火を灯しますね」
お互いに仮面を着け、火が灯る。 その日、ザックが碧眼を見せてくれることはなかった。
そして数日が経ったある日の夜。痺れを切らしたカトリーヌがとうとう行動に出た。静まった部屋、天街付きのベットの中、自分から身につけている物を脱ぎだす。
「止めなさい、娼婦でもあるましい」
その言葉にカトリーヌがムッとなる。
「どこでそんな事を覚えてきたのだ」
と彼女の秘密を暴くようなことを言えばすぐさま焦りだす。
「だ、だってあなたが!」
焦りは怒りに変わり、もうこれ以上は無理だと判断して、既に他の男に汚された身体を押し倒す。かび臭くもない、洗い立てのシーツは肌に触れると心地が良いはずなのに、痒い気がした。
満足げなカトリーヌが手を添えてくるが、どうしてもそれから先に進めることが出来ない。その添えられる指に誰かを重ねる。
(もう俺は……)
カトリーヌから目を逸らし、そして黙ってベッドを出た。
「あなた! どこへいくの?!」
「……」
背中に浴びせられる罵倒が煩わしく感じる。それから逃げる様に無言でベッドから飛び出て、壁を作るようにピシャリと寝室の扉を背中で閉めた。自室で着替え、視察用に常にまとめてある荷物を引っ掴み、馬小屋へと走る。
すぐさま手綱を手にし、もう待てないルーカスは馬に跨ろうとしたが
「旦那様」
(こんな時に限って……)
「何だブライアン」
こちらに歩み寄る馬番の姿があった。
「どちらへ?」
心配そうな声。
今振り向き、使用人の顔を見てしまえば自分の決意が揺らぐ気がして、ルーカスは背中を向けたままにする。
「気にするな……少し散歩に行くだけだ」
「その割に荷物が大掛かりすぎるかと」
手にしている麻布の袋を自分の前に持って隠す。
「どちらへ?」
再度確認してくる。だが、その声は届いていない。
(ザック……)
もう満月まで待てなかった。どこにいるかもわからないザックを今すぐ探し、そして二人で消えてしまいたかった。もうルーカスの目はカトリーヌを写すことはない。
「最近、何をしておられるのですか?」
気を遣った馬番はどうやら主が新月と満月の晩に出かけているのをしっかり確認しているといった口ぶりだった。
「もしや……奥様と同じことを?」
ルーカスがしていることも所詮は不貞行為に過ぎない。なのにまるで自分がしている物が美しいもののように美化されている。いつか天罰が下るなら、もう後戻りが出来ぬよう、この馬番に懺悔してしまおうと、ゆっくりと口を開く。
「そうだ」
「……」
「すまない。だが、俺はあれが恋だと知ってしまったのだ」
もっと欲しい、彼しか見えない、もっと……もっと……そんな欲が溢れ出る。これが盲目な恋だとしても追わずにはいられなかった。そして仮にそれが失敗してももうここには戻っては来ないと決めている。
(ザック以外を愛せそうにない)
まだ愛を囁きあったことのない光と影だけの恋人の背中を思い出す。
「すまないブライアン! 不誠実な主に遣わせてしまった」
俯き、そして息を吐き、鞍に足をかけ跨る。見下ろせば、ランタンを持つブライアンがルーカスを見上げていた。その瞬間、下腹部が激しく疼いた。
「……ザック」
ランタンの火に灯された碧眼が真っ直ぐにルーカスを射抜いていた。
正体が明るみに出るギリギリを楽しむ関係。それはいつしか二人の身の上話にまで進展していく。
満月の日は窓からの月明りでやすやすとは仮面を外すことが出来ない。最後には外してしまうのに、序盤の躊躇う気持ちが別の所で昇華しようと、身の上話をしてしまうのだ。
「昔、隣のガゼル領に行った時に……」
自身の正体を隠して、ルーカスは幼少の話をするまでになっていた。カトリーヌにすら話したことはない事を、子どもの様に楽しそうにザックに話す。
もう身も心も、ザックを信頼していた。そして正体を明かしたくてウズウズしてしまう。
だが、いつもその一歩手前でザックのスキンシップが激しくなるのだ。
「それはとても愉快ですね」
と、言いながら引き寄せてくる。耳輪に触れ、息のかかる距離で話しかけてくる。
そうなればルーカスの理性は切れ、銀の仮面と共に堕ちて行く月夜が踊りだす。
語らい、一方的な愛撫のみだが身体に触れ、そして別れを惜しむ。
いつしか「悲しみを埋めてくれる男」は「妻以上、だが恋人以下」という複雑な存在になっていた。
そして、とある新月の日。
「満月まで待てない」
ルーカスは彼に寄り添いそう告げる。こんなに誰かに会いたいと思ったのは初めてで、それが何を意味するのか分からずに困惑する。
「もっと貴公に会いたい」
所帯を持っている男のいう事ではない。ザックが身体を引き離す。
「あなたは恋を知らない初心な男なのです。あなたの妻のように熱に浮かされているだけかもしれませんよ?」
地の底にでも落とされた気分だった。ザックはきっとこの申し出を絶対に受け入れてくれると思っていた。しかし返ってきた答えは何とも現実味を帯びた冷たい言葉。ルーカスは、ザックが同情でこのような関係をしてくれているだけで、もしや本当に自分だけがこの秘密の逢瀬に浮かれていたのではないかと思い出す。
「しかし俺は……」
「あなたには妻がいます。あなたはそれを捨てることができますか?」
「……」
その静寂が、ザックにため息をつかせた。
「あなたと私の関係は新月と満月のみ。それでいいではないですか」
ザックの言葉は少し刺々しい。彼が少しでも感情的なそぶりを見せたのはこれが初めてだった。
「すまない。変な事を言って」
「いえ、きっと仮面を外して気持ちが高ぶったのでしょう。もう火を灯しますね」
お互いに仮面を着け、火が灯る。 その日、ザックが碧眼を見せてくれることはなかった。
そして数日が経ったある日の夜。痺れを切らしたカトリーヌがとうとう行動に出た。静まった部屋、天街付きのベットの中、自分から身につけている物を脱ぎだす。
「止めなさい、娼婦でもあるましい」
その言葉にカトリーヌがムッとなる。
「どこでそんな事を覚えてきたのだ」
と彼女の秘密を暴くようなことを言えばすぐさま焦りだす。
「だ、だってあなたが!」
焦りは怒りに変わり、もうこれ以上は無理だと判断して、既に他の男に汚された身体を押し倒す。かび臭くもない、洗い立てのシーツは肌に触れると心地が良いはずなのに、痒い気がした。
満足げなカトリーヌが手を添えてくるが、どうしてもそれから先に進めることが出来ない。その添えられる指に誰かを重ねる。
(もう俺は……)
カトリーヌから目を逸らし、そして黙ってベッドを出た。
「あなた! どこへいくの?!」
「……」
背中に浴びせられる罵倒が煩わしく感じる。それから逃げる様に無言でベッドから飛び出て、壁を作るようにピシャリと寝室の扉を背中で閉めた。自室で着替え、視察用に常にまとめてある荷物を引っ掴み、馬小屋へと走る。
すぐさま手綱を手にし、もう待てないルーカスは馬に跨ろうとしたが
「旦那様」
(こんな時に限って……)
「何だブライアン」
こちらに歩み寄る馬番の姿があった。
「どちらへ?」
心配そうな声。
今振り向き、使用人の顔を見てしまえば自分の決意が揺らぐ気がして、ルーカスは背中を向けたままにする。
「気にするな……少し散歩に行くだけだ」
「その割に荷物が大掛かりすぎるかと」
手にしている麻布の袋を自分の前に持って隠す。
「どちらへ?」
再度確認してくる。だが、その声は届いていない。
(ザック……)
もう満月まで待てなかった。どこにいるかもわからないザックを今すぐ探し、そして二人で消えてしまいたかった。もうルーカスの目はカトリーヌを写すことはない。
「最近、何をしておられるのですか?」
気を遣った馬番はどうやら主が新月と満月の晩に出かけているのをしっかり確認しているといった口ぶりだった。
「もしや……奥様と同じことを?」
ルーカスがしていることも所詮は不貞行為に過ぎない。なのにまるで自分がしている物が美しいもののように美化されている。いつか天罰が下るなら、もう後戻りが出来ぬよう、この馬番に懺悔してしまおうと、ゆっくりと口を開く。
「そうだ」
「……」
「すまない。だが、俺はあれが恋だと知ってしまったのだ」
もっと欲しい、彼しか見えない、もっと……もっと……そんな欲が溢れ出る。これが盲目な恋だとしても追わずにはいられなかった。そして仮にそれが失敗してももうここには戻っては来ないと決めている。
(ザック以外を愛せそうにない)
まだ愛を囁きあったことのない光と影だけの恋人の背中を思い出す。
「すまないブライアン! 不誠実な主に遣わせてしまった」
俯き、そして息を吐き、鞍に足をかけ跨る。見下ろせば、ランタンを持つブライアンがルーカスを見上げていた。その瞬間、下腹部が激しく疼いた。
「……ザック」
ランタンの火に灯された碧眼が真っ直ぐにルーカスを射抜いていた。
0
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
【完結】嘘はBLの始まり
紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。
突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった!
衝撃のBLドラマと現実が同時進行!
俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡
※番外編を追加しました!(1/3)
4話追加しますのでよろしくお願いします。
[完結]兄さんと僕
くみたろう
BL
オメガバース。
第二の性を受けるのは15歳の誕生日の日だった。
それまでを未分化と言い、その最後の1週間の葛藤をする少年のお話。
自分はαになりたいのに……兄のような強いαに……
兄弟の甘い関係や、性への恐怖、性分化を控える少年の複雑な心境を綴った短いお話。
sideBの憂鬱
るー
BL
「キスしていいですか?」「何言ってんだよ!おまえ紗希の彼氏だろ!?」幼馴染の彼氏から迫られる凛斗。逃げながらも強引な愁に流されてしまう。ノンケ同士が出逢って惹かれあい、恋人になる話。なろうさんにも投稿。
とうちゃんのヨメ
りんくま
BL
叔父さんと甥っ子と雪ちゃんと。
ほっこり、ちょっぴり切ないお話し。
家族の繋がりを全て失った少年と新しく絆を作る青年たちの日常。
司法書士 木下 藤吉は、6歳年下の甥っ子 織田 信の未成年後見人となった。二人で暮らし始め、家族として絆を深めていく。
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました
ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。
愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。
*****************
「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。
※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。
※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。
評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。
※小説家になろう様でも公開中です。
Under the Rose ~薔薇の下には秘密の恋~
花波橘果(はななみきっか)
BL
お立ち寄りいただきありがとうございます。
【あらすじ】
一番綺麗で大切なものは秘密の場所に隠しておく。壊れたら生きられないからーー。
プロダクト・デザイナーの此花光(このはなひかる)は、無駄に綺麗な顔とデザインの才能だけ持って生まれてきた、生活能力の乏しい27歳だ。中学時代からの親友、七原清正(ななはらきよまさ)に半分依存するように生きている。
バツイチイケメンシングルファーザーの清正は光を甘やかし面倒をみるが、清正に大切にされる度に苦しくなる気持ちに、光は決して名前を付けようとしなかった。
清正なしで光は生きられない。
親友としてずっとそばにいられればそれでいい。
そう思っていたはずなのに、久しぶりにトラブルに巻き込まれた光を助けた清正が、今までとは違う顔を見せるようになって……。
清正の一人息子、3歳の汀(みぎわ)と清正と光。三人は留守宅になった清正の実家でしばらく一緒に暮らすことになった。
12年前の初夏に庭の薔薇の下に隠した秘密の扉が、光の中で開き始める。
長い長い友情が永遠の恋に変わる瞬間と、そこに至るまでの苦しいような切ないような気持ちを書けたら……。そんなことを願いながら書きました。
Under the Rose 薔薇の下には秘密がある……。
どうぞよろしくお願いいたします。
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる