上 下
97 / 97
番外編

番外編1 濡れる正月③

しおりを挟む
続きは、牛乳を買いに来た子供によって中断された。要は暖かい飲み物を買うと、仁とその場を離れた。
施設の外に出ると冬の風が温もった体から熱を奪っていく。要はホットレモンのボトルを仁の手に乗せた。その手は早くも冷えきっていた。

「タクシーで帰るか?  湯冷めするだろ?」

仁は首を横に振った。ホテルは近い。施設からでも見える場所にある。話の続きがしたい仁の意向を尊重し、要は手を繋いで歩き出した。

「……」
「……」
「……俺たち、結婚してるわけじゃん?」

要の発言に仁は白い息を吐いたが、言葉は発さず口を噤んだ。

「夫婦って括りでもあるけど、家族でもあると俺は思ってる。一生守っていきたい大切な人──家族ができたんだって最近思うんだよな」
「なに急に」
「寝顔見てると安心するんだよ」
「はぁ? 趣味悪っ」
「へいへい」
「で?  その寝顔がどうしたの?」
「昔は寝顔可愛いなぁくらいだったけど、今はすげえ愛おしくて守りたいってなる」
「それって父親が子供に思うことじゃないの?」
「そう、それ!  つまり家族に抱く気持ちをお前に抱いてる!」
「子供扱いしてるでしょ?」
「素直に受け取らないところは相変わらずだよなぁ」
「だって今の話の流れからするとそういうことじゃん」
「なんでだよ!  血の繋がった我が子に思う事を血の繋がってない人間に思うんだぞ?!  すごいだろ?!」

  がさつな男なりにたどり着いた仁への深い想い。説明が下手なのは相変わらずで、壮大な答えを説明しようと躍起になる。

「そこらの恋人と違うんだって!  本当に愛なんだよ!  愛!」
「ただの寝顔なのに?」
「その寝顔にこれだけの破壊力持ってる時点で「ただの」じゃねーだろ!」

簡単にこんな事を言ってのけるのも要のいいところであり、仁にとっては心臓に悪いところ。これ以上、直球の愛をぶつけられれば精神的に悪いと、仁は駆け出した。

「待てって!」

要も追いかけてくる。元旦の寒空の下を2人は駆けた。30歳の身体はホテルへ辿り着く前に捕まってしまい、建物の影に引っ張られる。人気がないのをいいことに要は仁を抱きしめ、耳元で激しい呼吸をした。

「はぁ、はぁ、何で走るんだよ!」
「要が変な事言うから逃げたくなった」
「ほんと、お前らしいよ」

要はそんなところも好きだと心の中で吐露しながら仁の髪を梳いた。汗をかいたのか、それともちゃんと乾かせていなかったのか濡れている。

「風邪ひくぞ……あっ、今も思った。守りたいって!」
「どこに?  汗?」
「風邪ひいて欲しくないって」
「風邪からどうやって俺を守るの」
「だぁー!! もう! そうじゃなくて!!」

 地団駄を踏む要に微笑みかけ、仁はホテルへ戻った。後ろからぶつくさ文句を言う要は、部屋に入ってすぐ元旦のテレビ番組を視聴しだした仁の横に座った。ベッドが軽く軋む。何も言わずお互いテレビを見る。仁が番組内容に反応する度に「今も思った!」と、どうにか伝える要だったが、仁には伝わらない。

「何でわかんねーんだよ!」

  不貞腐れ、ベッドに沈む。どうしたら伝わるんだと子どものようにベッドの上を転がっている。
  仁はテレビを消し、隣のベッドに腰掛けた。

「ねぇ」
「待てって、今考えてんだよ」
「……」
「……」

 停止してしまった要。仁は肩を落としてもう一度声をかける。

「かなめ」
「だから、待てって」
「ちょっと聞いて」
「だぁー!ちょっと待ってろよ!」
「あのさ、俺は要より前から、要のこと家族だと思ってたよ」
「だーかーら!  ちょっと待っ……えっ?」

 仁の唐突な告発に要は口を開けて振り返ったら。その不細工な姿に、仁はまた肩を落とす。

「要だけじゃないよ。俺だって、前からそう思ってた。要のこと、ずっと守りたいって」
「お、お、お前なあ!  何でいつも突然なんだよ!」
「突然じゃないでしょ。話の主旨としては間違ってないよ。要は俺を家族と思ってる。俺も要のことを家族と思ってる」

 文句ある?と言いたげに、仁は首を傾げた。

「意味わかんねーって言ったの仁だろ!」
「寝顔とかのくだりはね。俺は、別のところで要を家族として意識しだしたから」
「いつ?!」
「お弁当かな」
「意味わかんねー」
「俺と同じこと言ってんじゃん」

  呆れる仁だったが、要が膝をポンポン叩くと、黙ってベッドを移動した。膝の上には乗らず、隣に座ると、要は黙っていつものように仁を持ち上げ膝の上に乗せた。

「恋人のお弁当作りって一種のイベントみたいじゃない?  毎日給食だけど、年に一度の遠足のお弁当みたいな」
「たしかに」
「最初はそんな感じだった。でもいつだったかな。要が「ありがとう。今日も美味かった」って空のお弁当箱出してくれた時に、お弁当箱がいつもと違って見えたんだ。すごく年季が入って見えて、明日はこのお弁当に何を詰めようか、要の健康の為には何がいいのかって考えるようになった。空のお弁当箱に、恋人としてのイベントを果たした達成感より、食べる人のことを守りたいって思うようになったんだよね」
「母ちゃんかよ」
「要はさっき、父親と子どもみたいな例えだったじゃん」

 要は「よくわかんねーな」と言う。そんな彼の頬を抓って、仁は同じ言葉を伝える。

「親が子に思うことを、血の繋がってない相手に思うんだよ? 凄いよね?」
「……俺のセリフじゃねーか」
「だったら、俺の気持ちも伝わるでしょ?」

 感じた場所は違えど、2人はお互いを家族だと思い始めていた。そして結果的には同じ答えにたどり着き、ちんぷんかんぷんだった要は、仁をゆっくりベッドに押し倒した。

「部屋、ずぶ濡れになって正解だったかもな。いい話聞けた」
「俺も……」

 要の瞳が、子供っぽさを消し、雄になる。

「仁のことも濡らしていいか?」
「……」

  仁はそっぽを向いた。それが何を意味しているのか、要には勿論お見通し。




終.




しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(16件)

田沢みん
2020.04.29 田沢みん
ネタバレ含む
ベンジャミン・スミス
2020.04.29 ベンジャミン・スミス

田沢みん様

読了ありがとうございます。
悲しい展開も乗り越えていただきありがとうございます!
佐久間さんのツンデレ具合とても好きです( ˶˙ᵕ˙˶ )

Britishまで読んでいただけるなんてとても嬉しいです。無理のない程度でよろしくお願いいします。感想ありがとうございました( ˶˙ᵕ˙˶ )

解除
田沢みん
2020.04.25 田沢みん

面白い!
第5章まで読了。
チャラい要が気難しい仁と身体の関係から始まって本気になって行く過程が自然で感情移入しやすいです。
ツンデレ仁が手懐けられてデレが前面に出て来てからは更に良いですね。
これから第6章も読んできます!

ベンジャミン・スミス
2020.04.26 ベンジャミン・スミス

田沢みん様

コメントありがとうございます。
面白いと言っていただき、驚いていると同時にとても嬉しく思っています!
不慣れではありますが、今後ともよろしくお願いいたします(◍ ´꒳` ◍)

解除
ちひろ@
2018.12.16 ちひろ@
ネタバレ含む
ベンジャミン・スミス
2018.12.18 ベンジャミン・スミス

ちひろ@さま

最後までお付き合いいただきありがとうございます!

春人の方ではほぼ悪役でしたもんね。こっちではツンデレでした笑
私以上に作品を理解してくれている感想に涙が出そうです。
本人にありがとうございます。

それいいですね!ちょっと歳とったあとの2人。
松田君大人になってくれてるかなーー?
喧嘩はずっとしてそうですね笑
無くなったら2人じゃない気がします!

スピンオフ作品までお付き合いしていただき本人にありがとうございました!

解除

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

年上が敷かれるタイプの短編集

あかさたな!
BL
年下が責める系のお話が多めです。 予告なくr18な内容に入ってしまうので、取扱注意です! 全話独立したお話です! 【開放的なところでされるがままな先輩】【弟の寝込みを襲うが返り討ちにあう兄】【浮気を疑われ恋人にタジタジにされる先輩】【幼い主人に狩られるピュアな執事】【サービスが良すぎるエステティシャン】【部室で思い出づくり】【No.1の女王様を屈服させる】【吸血鬼を拾ったら】【人間とヴァンパイアの逆転主従関係】【幼馴染の力関係って決まっている】【拗ねている弟を甘やかす兄】【ドSな執着系執事】【やはり天才には勝てない秀才】 ------------------ 新しい短編集を出しました。 詳しくはプロフィールをご覧いただけると幸いです。

お試し交際終了

いちみやりょう
BL
「俺、神宮寺さんが好きです。神宮寺さんが白木のことを好きだったことは知ってます。だから今俺のこと好きじゃなくても構わないんです。お試しでもいいから、付き合ってみませんか」 「お前、ゲイだったのか?」 「はい」 「分かった。だが、俺は中野のこと、好きにならないかもしんねぇぞ?」 「それでもいいです! 好きになってもらえるように頑張ります」 「そうか」 そうして俺は、神宮寺さんに付き合ってもらえることになった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。