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番外編
番外編1 濡れる正月③
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続きは、牛乳を買いに来た子供によって中断された。要は暖かい飲み物を買うと、仁とその場を離れた。
施設の外に出ると冬の風が温もった体から熱を奪っていく。要はホットレモンのボトルを仁の手に乗せた。その手は早くも冷えきっていた。
「タクシーで帰るか? 湯冷めするだろ?」
仁は首を横に振った。ホテルは近い。施設からでも見える場所にある。話の続きがしたい仁の意向を尊重し、要は手を繋いで歩き出した。
「……」
「……」
「……俺たち、結婚してるわけじゃん?」
要の発言に仁は白い息を吐いたが、言葉は発さず口を噤んだ。
「夫婦って括りでもあるけど、家族でもあると俺は思ってる。一生守っていきたい大切な人──家族ができたんだって最近思うんだよな」
「なに急に」
「寝顔見てると安心するんだよ」
「はぁ? 趣味悪っ」
「へいへい」
「で? その寝顔がどうしたの?」
「昔は寝顔可愛いなぁくらいだったけど、今はすげえ愛おしくて守りたいってなる」
「それって父親が子供に思うことじゃないの?」
「そう、それ! つまり家族に抱く気持ちをお前に抱いてる!」
「子供扱いしてるでしょ?」
「素直に受け取らないところは相変わらずだよなぁ」
「だって今の話の流れからするとそういうことじゃん」
「なんでだよ! 血の繋がった我が子に思う事を血の繋がってない人間に思うんだぞ?! すごいだろ?!」
がさつな男なりにたどり着いた仁への深い想い。説明が下手なのは相変わらずで、壮大な答えを説明しようと躍起になる。
「そこらの恋人と違うんだって! 本当に愛なんだよ! 愛!」
「ただの寝顔なのに?」
「その寝顔にこれだけの破壊力持ってる時点で「ただの」じゃねーだろ!」
簡単にこんな事を言ってのけるのも要のいいところであり、仁にとっては心臓に悪いところ。これ以上、直球の愛をぶつけられれば精神的に悪いと、仁は駆け出した。
「待てって!」
要も追いかけてくる。元旦の寒空の下を2人は駆けた。30歳の身体はホテルへ辿り着く前に捕まってしまい、建物の影に引っ張られる。人気がないのをいいことに要は仁を抱きしめ、耳元で激しい呼吸をした。
「はぁ、はぁ、何で走るんだよ!」
「要が変な事言うから逃げたくなった」
「ほんと、お前らしいよ」
要はそんなところも好きだと心の中で吐露しながら仁の髪を梳いた。汗をかいたのか、それともちゃんと乾かせていなかったのか濡れている。
「風邪ひくぞ……あっ、今も思った。守りたいって!」
「どこに? 汗?」
「風邪ひいて欲しくないって」
「風邪からどうやって俺を守るの」
「だぁー!! もう! そうじゃなくて!!」
地団駄を踏む要に微笑みかけ、仁はホテルへ戻った。後ろからぶつくさ文句を言う要は、部屋に入ってすぐ元旦のテレビ番組を視聴しだした仁の横に座った。ベッドが軽く軋む。何も言わずお互いテレビを見る。仁が番組内容に反応する度に「今も思った!」と、どうにか伝える要だったが、仁には伝わらない。
「何でわかんねーんだよ!」
不貞腐れ、ベッドに沈む。どうしたら伝わるんだと子どものようにベッドの上を転がっている。
仁はテレビを消し、隣のベッドに腰掛けた。
「ねぇ」
「待てって、今考えてんだよ」
「……」
「……」
停止してしまった要。仁は肩を落としてもう一度声をかける。
「かなめ」
「だから、待てって」
「ちょっと聞いて」
「だぁー!ちょっと待ってろよ!」
「あのさ、俺は要より前から、要のこと家族だと思ってたよ」
「だーかーら! ちょっと待っ……えっ?」
仁の唐突な告発に要は口を開けて振り返ったら。その不細工な姿に、仁はまた肩を落とす。
「要だけじゃないよ。俺だって、前からそう思ってた。要のこと、ずっと守りたいって」
「お、お、お前なあ! 何でいつも突然なんだよ!」
「突然じゃないでしょ。話の主旨としては間違ってないよ。要は俺を家族と思ってる。俺も要のことを家族と思ってる」
文句ある?と言いたげに、仁は首を傾げた。
「意味わかんねーって言ったの仁だろ!」
「寝顔とかのくだりはね。俺は、別のところで要を家族として意識しだしたから」
「いつ?!」
「お弁当かな」
「意味わかんねー」
「俺と同じこと言ってんじゃん」
呆れる仁だったが、要が膝をポンポン叩くと、黙ってベッドを移動した。膝の上には乗らず、隣に座ると、要は黙っていつものように仁を持ち上げ膝の上に乗せた。
「恋人のお弁当作りって一種のイベントみたいじゃない? 毎日給食だけど、年に一度の遠足のお弁当みたいな」
「たしかに」
「最初はそんな感じだった。でもいつだったかな。要が「ありがとう。今日も美味かった」って空のお弁当箱出してくれた時に、お弁当箱がいつもと違って見えたんだ。すごく年季が入って見えて、明日はこのお弁当に何を詰めようか、要の健康の為には何がいいのかって考えるようになった。空のお弁当箱に、恋人としてのイベントを果たした達成感より、食べる人のことを守りたいって思うようになったんだよね」
「母ちゃんかよ」
「要はさっき、父親と子どもみたいな例えだったじゃん」
要は「よくわかんねーな」と言う。そんな彼の頬を抓って、仁は同じ言葉を伝える。
「親が子に思うことを、血の繋がってない相手に思うんだよ? 凄いよね?」
「……俺のセリフじゃねーか」
「だったら、俺の気持ちも伝わるでしょ?」
感じた場所は違えど、2人はお互いを家族だと思い始めていた。そして結果的には同じ答えにたどり着き、ちんぷんかんぷんだった要は、仁をゆっくりベッドに押し倒した。
「部屋、ずぶ濡れになって正解だったかもな。いい話聞けた」
「俺も……」
要の瞳が、子供っぽさを消し、雄になる。
「仁のことも濡らしていいか?」
「……」
仁はそっぽを向いた。それが何を意味しているのか、要には勿論お見通し。
終.
施設の外に出ると冬の風が温もった体から熱を奪っていく。要はホットレモンのボトルを仁の手に乗せた。その手は早くも冷えきっていた。
「タクシーで帰るか? 湯冷めするだろ?」
仁は首を横に振った。ホテルは近い。施設からでも見える場所にある。話の続きがしたい仁の意向を尊重し、要は手を繋いで歩き出した。
「……」
「……」
「……俺たち、結婚してるわけじゃん?」
要の発言に仁は白い息を吐いたが、言葉は発さず口を噤んだ。
「夫婦って括りでもあるけど、家族でもあると俺は思ってる。一生守っていきたい大切な人──家族ができたんだって最近思うんだよな」
「なに急に」
「寝顔見てると安心するんだよ」
「はぁ? 趣味悪っ」
「へいへい」
「で? その寝顔がどうしたの?」
「昔は寝顔可愛いなぁくらいだったけど、今はすげえ愛おしくて守りたいってなる」
「それって父親が子供に思うことじゃないの?」
「そう、それ! つまり家族に抱く気持ちをお前に抱いてる!」
「子供扱いしてるでしょ?」
「素直に受け取らないところは相変わらずだよなぁ」
「だって今の話の流れからするとそういうことじゃん」
「なんでだよ! 血の繋がった我が子に思う事を血の繋がってない人間に思うんだぞ?! すごいだろ?!」
がさつな男なりにたどり着いた仁への深い想い。説明が下手なのは相変わらずで、壮大な答えを説明しようと躍起になる。
「そこらの恋人と違うんだって! 本当に愛なんだよ! 愛!」
「ただの寝顔なのに?」
「その寝顔にこれだけの破壊力持ってる時点で「ただの」じゃねーだろ!」
簡単にこんな事を言ってのけるのも要のいいところであり、仁にとっては心臓に悪いところ。これ以上、直球の愛をぶつけられれば精神的に悪いと、仁は駆け出した。
「待てって!」
要も追いかけてくる。元旦の寒空の下を2人は駆けた。30歳の身体はホテルへ辿り着く前に捕まってしまい、建物の影に引っ張られる。人気がないのをいいことに要は仁を抱きしめ、耳元で激しい呼吸をした。
「はぁ、はぁ、何で走るんだよ!」
「要が変な事言うから逃げたくなった」
「ほんと、お前らしいよ」
要はそんなところも好きだと心の中で吐露しながら仁の髪を梳いた。汗をかいたのか、それともちゃんと乾かせていなかったのか濡れている。
「風邪ひくぞ……あっ、今も思った。守りたいって!」
「どこに? 汗?」
「風邪ひいて欲しくないって」
「風邪からどうやって俺を守るの」
「だぁー!! もう! そうじゃなくて!!」
地団駄を踏む要に微笑みかけ、仁はホテルへ戻った。後ろからぶつくさ文句を言う要は、部屋に入ってすぐ元旦のテレビ番組を視聴しだした仁の横に座った。ベッドが軽く軋む。何も言わずお互いテレビを見る。仁が番組内容に反応する度に「今も思った!」と、どうにか伝える要だったが、仁には伝わらない。
「何でわかんねーんだよ!」
不貞腐れ、ベッドに沈む。どうしたら伝わるんだと子どものようにベッドの上を転がっている。
仁はテレビを消し、隣のベッドに腰掛けた。
「ねぇ」
「待てって、今考えてんだよ」
「……」
「……」
停止してしまった要。仁は肩を落としてもう一度声をかける。
「かなめ」
「だから、待てって」
「ちょっと聞いて」
「だぁー!ちょっと待ってろよ!」
「あのさ、俺は要より前から、要のこと家族だと思ってたよ」
「だーかーら! ちょっと待っ……えっ?」
仁の唐突な告発に要は口を開けて振り返ったら。その不細工な姿に、仁はまた肩を落とす。
「要だけじゃないよ。俺だって、前からそう思ってた。要のこと、ずっと守りたいって」
「お、お、お前なあ! 何でいつも突然なんだよ!」
「突然じゃないでしょ。話の主旨としては間違ってないよ。要は俺を家族と思ってる。俺も要のことを家族と思ってる」
文句ある?と言いたげに、仁は首を傾げた。
「意味わかんねーって言ったの仁だろ!」
「寝顔とかのくだりはね。俺は、別のところで要を家族として意識しだしたから」
「いつ?!」
「お弁当かな」
「意味わかんねー」
「俺と同じこと言ってんじゃん」
呆れる仁だったが、要が膝をポンポン叩くと、黙ってベッドを移動した。膝の上には乗らず、隣に座ると、要は黙っていつものように仁を持ち上げ膝の上に乗せた。
「恋人のお弁当作りって一種のイベントみたいじゃない? 毎日給食だけど、年に一度の遠足のお弁当みたいな」
「たしかに」
「最初はそんな感じだった。でもいつだったかな。要が「ありがとう。今日も美味かった」って空のお弁当箱出してくれた時に、お弁当箱がいつもと違って見えたんだ。すごく年季が入って見えて、明日はこのお弁当に何を詰めようか、要の健康の為には何がいいのかって考えるようになった。空のお弁当箱に、恋人としてのイベントを果たした達成感より、食べる人のことを守りたいって思うようになったんだよね」
「母ちゃんかよ」
「要はさっき、父親と子どもみたいな例えだったじゃん」
要は「よくわかんねーな」と言う。そんな彼の頬を抓って、仁は同じ言葉を伝える。
「親が子に思うことを、血の繋がってない相手に思うんだよ? 凄いよね?」
「……俺のセリフじゃねーか」
「だったら、俺の気持ちも伝わるでしょ?」
感じた場所は違えど、2人はお互いを家族だと思い始めていた。そして結果的には同じ答えにたどり着き、ちんぷんかんぷんだった要は、仁をゆっくりベッドに押し倒した。
「部屋、ずぶ濡れになって正解だったかもな。いい話聞けた」
「俺も……」
要の瞳が、子供っぽさを消し、雄になる。
「仁のことも濡らしていいか?」
「……」
仁はそっぽを向いた。それが何を意味しているのか、要には勿論お見通し。
終.
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