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番外編
番外編1 濡れる正月①
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元旦。仁と要が同棲するアパートに悲劇が起こった。上の階の水道管が破裂し、階下に水漏れ、もちろん2人の部屋も一部が水浸しになった。応急処置の業者は来てくれたが本格的な修理は三が日明け。
仁はビニールシートやガムテープが貼られている部屋を見渡した。
「キッチンと寝室とお風呂とトイレが使えないって……住めないじゃん」
もう1人の住人・要はいない。彼は同じ市内の実家に帰省しているのだ。仁は仕事の都合上、広島の実家へは戻らなかった。「正月だけ顔出すわ!」と朝方出ていった恋人は明日には戻ってくる。しかし住めない家へ戻ってきたところで実家にとんぼ返りするだけ。仁はスマートフォンを取り出し、要に電話をかけた。
「もしもし要?」
『おう、どうした? もう寂しくなったか? 明日の朝には帰るからそれまで』
「別に寂しくないし、帰って来なくていいよ」
『冗談だよ! 明日、ちゃんと帰るから! 』
「だから、帰ってこなくていいって」
『怒んなって!』
「いや、怒ってるとかじゃなくて」
仁は要に事の顛末を話した。
『大丈夫か?! 風邪とか引いてないよな?!』
「大丈夫。でも暖房も壊れちゃって、今住める状況じゃない」
冬の門司を暖房なしで過ごせるわけがない。要は電話の向こうで寒さを想像し身震いした。
「4日に修理来るみたいだから、それまで実家にいなよ。長引いても要の家からなら会社まで通勤できるでしょ?」
『仁はどうすんだよ』
「ホテルに泊まる」
『高いだろ』
「それなら誰かの家に」
『まさか門田とか月嶋じゃないだろな』
不貞腐れた声で飛び出した2人の男。部下の門田の家に泊まれば、仁を崇拝する門田は化学事業部でそれを自慢するだろう。インテリア事業部の後輩・月嶋は恋人の英国紳士と共に過ごしていることが簡単に想像できる。その他だと実家に戻っている可能性がある。
「ホテルにする。とりあえず修理終わったら連絡するね」
仁はこれ以上、要に色々詮索されないよう電話を切ろうとした。しかし、
『俺んち来るか?』
耳を疑う提案に、終了マークをタップしようとした手が止まる。
『仁? 聞こえてんのか?』
「……一応」
『来るか?』
「いや、無理でしょ」
『上司って言えばいいだろ』
「部下の家にお世話になるような上司が、将来挨拶に来たら俺は嫌だな」
『へえ、俺んちに挨拶に来てくれる日がくるんだ』
要の声は嬉しそうだ。だが、その声を高い声がかき消した。
『要、結婚するの?! ちょっとお母さん、要が結婚するって!』
『おい、そんなこと言ってねーだろ! 待てよ姉貴!』
電話口の騒動より、要の姉の存在に仁は驚いた。さらに別の声がする。
『お兄ちゃん結婚するの?!』
妹までいる。仁は2人の姉妹に挟まれている要が想像できなくて目を瞬いた。すると3人を産んだであろう母親の声もする。
『去年、駅で一緒にいたあの子かしら?』
『はっ? 駅?』
『そうよ。福袋買いに言った時に見たのよ。貴方が巻き髪の女の子と歩いてるの。要よりちょっと背が低いくらいだったわね。貴方女の子の趣味変わったの? 今までは、こじんまり──』
母親に女の趣味が知られているのも恥ずかしいが、それ以前に要が去年の正月に駅で一緒にいた女性は女装していた仁だ。1番最悪な現場を見られていた。
女性3人に群がられ要が叫ぶ。
『上司だよ! じょ、う、し!』
『佐久間主任?』
要が仁のことを家で話している事が知られてしまい、要は「しまった」と焦った。その隙をついて、母親は要のスマホをひったくった。
『あけましておめでとうございます、松田要の母です! いつも要がお世話になっています。とても素敵な主任さんだとさっき聞きまして。要が迷惑をかけていませんか?』
帰省早々、要は仁のことを「お世話になっている最高の上司」として紹介していたのだ。
「初めまして化学事業部営業主任の佐久間仁と申します。要君にはいつも──」
仁は、営業主任の顔に素早く切り替え挨拶をした。
「元日早々すみませんでした。急な案件で、要君ではないと解決しないものでしたので。本当によく働いてもらっています……本当に」
最後の「本当に」にはプライベートの意味も込めた。要が公私に渡って大切な存在であると、仁は匂わせた。そんなつもりはなかったのに、自然とこうしてしまった自分に胸が痒くなる。
『不束な息子ですがよろしくお願いします』
母親の丁寧な挨拶。違うシチュエーションで簡単にこの言葉を貰えたらどんなに楽か。改めて自分たちが社会から受け入れられがたい同性カップルだということが身に染みる。
『もういいだろ、お袋。今から仕事だから、帰るわ』
『お年玉やったんでしょうね?』
要が正月に帰省した理由はこれだった。甥っ子、姪っ子に必ずお年玉をやるため。
『やったよ』
『なら帰んなさい』
用済みだと言わんばかりに母親は要を追いやった。もう大きくなりすぎた息子より小さな孫たちの方が可愛いのは当然だ。
こうして、要は明日を待たず戻ってきた。
仁はビニールシートやガムテープが貼られている部屋を見渡した。
「キッチンと寝室とお風呂とトイレが使えないって……住めないじゃん」
もう1人の住人・要はいない。彼は同じ市内の実家に帰省しているのだ。仁は仕事の都合上、広島の実家へは戻らなかった。「正月だけ顔出すわ!」と朝方出ていった恋人は明日には戻ってくる。しかし住めない家へ戻ってきたところで実家にとんぼ返りするだけ。仁はスマートフォンを取り出し、要に電話をかけた。
「もしもし要?」
『おう、どうした? もう寂しくなったか? 明日の朝には帰るからそれまで』
「別に寂しくないし、帰って来なくていいよ」
『冗談だよ! 明日、ちゃんと帰るから! 』
「だから、帰ってこなくていいって」
『怒んなって!』
「いや、怒ってるとかじゃなくて」
仁は要に事の顛末を話した。
『大丈夫か?! 風邪とか引いてないよな?!』
「大丈夫。でも暖房も壊れちゃって、今住める状況じゃない」
冬の門司を暖房なしで過ごせるわけがない。要は電話の向こうで寒さを想像し身震いした。
「4日に修理来るみたいだから、それまで実家にいなよ。長引いても要の家からなら会社まで通勤できるでしょ?」
『仁はどうすんだよ』
「ホテルに泊まる」
『高いだろ』
「それなら誰かの家に」
『まさか門田とか月嶋じゃないだろな』
不貞腐れた声で飛び出した2人の男。部下の門田の家に泊まれば、仁を崇拝する門田は化学事業部でそれを自慢するだろう。インテリア事業部の後輩・月嶋は恋人の英国紳士と共に過ごしていることが簡単に想像できる。その他だと実家に戻っている可能性がある。
「ホテルにする。とりあえず修理終わったら連絡するね」
仁はこれ以上、要に色々詮索されないよう電話を切ろうとした。しかし、
『俺んち来るか?』
耳を疑う提案に、終了マークをタップしようとした手が止まる。
『仁? 聞こえてんのか?』
「……一応」
『来るか?』
「いや、無理でしょ」
『上司って言えばいいだろ』
「部下の家にお世話になるような上司が、将来挨拶に来たら俺は嫌だな」
『へえ、俺んちに挨拶に来てくれる日がくるんだ』
要の声は嬉しそうだ。だが、その声を高い声がかき消した。
『要、結婚するの?! ちょっとお母さん、要が結婚するって!』
『おい、そんなこと言ってねーだろ! 待てよ姉貴!』
電話口の騒動より、要の姉の存在に仁は驚いた。さらに別の声がする。
『お兄ちゃん結婚するの?!』
妹までいる。仁は2人の姉妹に挟まれている要が想像できなくて目を瞬いた。すると3人を産んだであろう母親の声もする。
『去年、駅で一緒にいたあの子かしら?』
『はっ? 駅?』
『そうよ。福袋買いに言った時に見たのよ。貴方が巻き髪の女の子と歩いてるの。要よりちょっと背が低いくらいだったわね。貴方女の子の趣味変わったの? 今までは、こじんまり──』
母親に女の趣味が知られているのも恥ずかしいが、それ以前に要が去年の正月に駅で一緒にいた女性は女装していた仁だ。1番最悪な現場を見られていた。
女性3人に群がられ要が叫ぶ。
『上司だよ! じょ、う、し!』
『佐久間主任?』
要が仁のことを家で話している事が知られてしまい、要は「しまった」と焦った。その隙をついて、母親は要のスマホをひったくった。
『あけましておめでとうございます、松田要の母です! いつも要がお世話になっています。とても素敵な主任さんだとさっき聞きまして。要が迷惑をかけていませんか?』
帰省早々、要は仁のことを「お世話になっている最高の上司」として紹介していたのだ。
「初めまして化学事業部営業主任の佐久間仁と申します。要君にはいつも──」
仁は、営業主任の顔に素早く切り替え挨拶をした。
「元日早々すみませんでした。急な案件で、要君ではないと解決しないものでしたので。本当によく働いてもらっています……本当に」
最後の「本当に」にはプライベートの意味も込めた。要が公私に渡って大切な存在であると、仁は匂わせた。そんなつもりはなかったのに、自然とこうしてしまった自分に胸が痒くなる。
『不束な息子ですがよろしくお願いします』
母親の丁寧な挨拶。違うシチュエーションで簡単にこの言葉を貰えたらどんなに楽か。改めて自分たちが社会から受け入れられがたい同性カップルだということが身に染みる。
『もういいだろ、お袋。今から仕事だから、帰るわ』
『お年玉やったんでしょうね?』
要が正月に帰省した理由はこれだった。甥っ子、姪っ子に必ずお年玉をやるため。
『やったよ』
『なら帰んなさい』
用済みだと言わんばかりに母親は要を追いやった。もう大きくなりすぎた息子より小さな孫たちの方が可愛いのは当然だ。
こうして、要は明日を待たず戻ってきた。
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