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第三章 松田要と青天の霹靂

第三話 特攻告白

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 インテリア事業部と同じ広さ、同じデスクの配置なのに、やはり部署ごとに特色がある。ここはデスクの上や、物の配置的に厳格な雰囲気がある。
 だが今はそれをゆっくり眺めている時間ではない。
 自分の職場なのにアウェーな場所で、佐久間仁、ただその一点から視線を離すことは出来なかった。

「仁」

口が「あっ」と開き、一瞬だけ素顔を見せたが、すぐさまあのお決まりの表情になる。

「お疲れ様」

よそ行きの声にわざと「おう」とプライベートの態度で応対しながら仁に近づく。
仁は資料に視線を落として、要と目を合わそうとはしない。

「何? 松井君」
「松田だ。どうせ月嶋に聞いたんだろ?」

後半は無視して、「ごめん、ごめん」と悪びれもなく謝る仁。

「で、どうしたの? 松田君」

余裕を醸しだす仁の横顔に、要は気持ちをぶつける。

「昨日の本気だから!!」

仁の眉がピクリと動く。しかし、表情はそのままだ。

「昨日の? 何それ」

しらばくれた態度。
そこにヒビを入れる為、要は勢いそのままここに来たのだ。

「好きって言ったやつだよ!」
「ああ、酔って言ったやつ?」

人を馬鹿にしたような言い方をする仁に、感情が沸騰しかける。

「酔ってても本気だ!」
「酔ってるのなんて本気にならないよ」

要とは対比的に冷静な対応を見せる仁だったが、

「なら、もう一度言う」

要の決意に、その表情が崩れ始める。資料を見つめていた視線が勢いよく上がり、怒りと戸惑いで眉間に皺が寄っている。

「えっ?! ちょっ、やめてよ!」

そのまま立ち上がり要から距離を取るが、「やめねぇ」と豪語する要は詰め寄った。
 後退りながら逃げる仁の腕を掴み、知らない部署のミーティング室に放り込む。
 そして、腰に腕を回し、強引に引き寄せた。

 真っ直ぐ交差した視線を仁は無理矢理途切れさせる。
そのそっぽを向いた横顔の顎を取り、要は思いの丈を吐き出した。

「仁、好きだ! 俺と付き合ってくれ!」

仁の最も苦手とする直球の告白に、要の胸を押し、逃げようとする。

「冗談やめてよ! 俺達の関係が何か分かって言ってる?!」
「分かってる。でも……でも、好きになっちまったんだ!」

二度目の直球。
その言葉に仁の表情は完璧に崩れた。もう取り繕うことも出来ないようで、焦る顔を隠しきれていない。
 必死に断る言い訳を探し、瞳が小刻みに震えている。

「俺……俺、好きな人いるんだけど」

それで要が諦めると思っていた。
しかし「知ってる」と言われ、それは効力をなくす。

「初めてあった日、バーで言ってた。職場の男に振られたって」
「はぁ?! 君、俺が仕事の愚痴を言ってたって言ったよね?! 嘘ついたの?!」
「あってるだろ! 仕事先の男に振られたんだろ?! だったら仕事の愚痴じゃねーか!」

仁は呆れて言葉が出ない。
こめかみを掻きながら首を振り、脱力した身体からは勢いのなくなった声しか出ない。

「……何、その屁理屈」
「うるせー! ってか、まだそいつのことまだ好きなのかよ!」
「?! それは……その……そうだけど」

俯いた仁の表情は見えないのに、そこがどんな瞳で唇の結び方か要には想像出来る。
なのに、その表情を笑顔にする事が出来ず要は歯がゆい気持ちでいっぱいになる。

「お前をそんな顔にするやつのことなんて忘れろよ!」
「別にいつも同じ顔じゃん」
「分かりやすいんだよお前! しんどい時、直ぐに突っ込みたがるじゃねーか! 何かその男にされてんのかよ」
「なにそれ意味わかんない」

そう言いつつも仁の声は、要の様子を伺っている。

「失恋に痛み重ねるなよ。つらいだけじゃねーか! 少しは俺に吐くなりして頼れよ!」

簡単に言ってのける要に、流石の仁も青筋を立て、腰に回されている手を振りほどいた。

「俺には俺のやり方があるの。要には関係ない!」
「ある!」
「ない! そもそもこうやって人の気持ち無視して、自分の意見だけ押し付けないで!」
「じゃ、教えろよ、お前の気持ちを! 言っとくけど、昨日から1回も返事聞いてないぞ」

要の発言に、仁は固まる。

「好きとも、嫌いとも聞いてない。全部酒やセフレって関係を盾に逃げてるだけじゃねーか!」

図星だった。
しかし仁はまだ逃げる。もうこれは性分だ。自分の思考のレールから逸脱すれば背を向けるしかない。

「考える時間ちょうだい」
「ダメだ。逃げるだろ!」

これも図星だった。期間を置いて何か逃げ道を探そうとしたがあっさり塞がれる。
もう今、打開するしかなくなった。

「俺、男なんだけど!」
「知ってる。それでも好きなんだよ!」
「顔だって要のタイプじゃない!」
「合コンで好みの女いたけど、お前の方が可愛いって思ったから、昨日は帰ってきたんだよ!!」
「年上だし!」
「ちょっと産まれたのが早いだけだろ!」
「仕事忙しくて会えないし!」
「今まで何度も会っただろ! そもそも、職場一緒じゃねーか!」
「性格だってこんなんだし!」
「俺の前では素直にしてやる!」
「だいたい付き合ったって何も変わんない!」
「変わる! ヤるだけじゃない、一緒に笑ったり、泣いたり、どこか出かけたりしたいんだよ!」
「それに……それに……まだ好きな人いるし」

言い訳を並べたが、結局ふりだしに戻る。
ここまで逃げる仁に、要も「どんだけ意地っ張りなんだよ」と、頭をかく。
そして……

「……分かった」

これで要が諦めたと思ったのか、仁がようやく要と目を合わせる。しかし、仁の予想に反して、その瞳はさらに熱を帯びた。

「0時!」
「はっ?」
「俺の家に来い! そこで返事を聞かせて欲しい!」
「ちゃんと聞いてた?! 俺、好きな人いるって……」
「俺を好きにさせてやる」

仁が今までに見たこともないくらい呆れ顔になる。要がセックスフレンドになりたいといった時の比ではない。

「俺がお前を幸せにする。その男じゃなくて、俺と付き合ってよかったと思わせるくらいに! だから今から数時間、全力で考えてくれ。俺はその答えを受け入れる。それでどうだ? それ以上は譲れない。それか……」

勢いを失った要が言葉を詰まらせる。

「本当に、俺と付き合うのが嫌なら今振ってくれ」

苦しそうな表情なのに、その大きな器に仁は口を開くことすら出来ない。

「何も言わないってことは、まだ迷ってるってことでいいか?」

仁は視線を逸らす。
そしてそれが肯定の意味だと、悟られて悔しい時の仕草だと要は知っている。

「仁」
「……何?」
「家で、待ってるから」
「……」

──無言のYES

最後にもう一度、仁に己の気持ちを伝えて、要は化学事業部をあとにした。


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