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第四章 佐久間仁と禁煙の甘い夏

第一話 禁煙スタート

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 要がソファーに座っていると上から不機嫌そうな声が降ってきた。

「要……どいて」

最近セックスフレンドから恋人に変わった彼のためにきちんとソファーの半分を空けて座っていたが、あまりの不機嫌な声に自分が全部占領していたような気分になる。

「あっ、わりぃ」

仁より少し大きな身体を限界までつめる。腕を組んでドカッと座った仁だったが、大きなため息をついてすぐに立ち上がる。

(ここ、俺の家だよな?)

そう思わずにはいられないほどの居心地の悪さを作り出しているのは、もちろんほんの数秒だけ横に座っていた仁だった。今は、ベランダに続く窓ガラスに映る自身を射殺さんばかりに見つめている。

「吸いたい」

そう呟き、さらに眉間に皺を寄せて窓ガラスに映る自分に睨みを効かせる。しかし急に目じりが下がり、ゴツンと窓ガラスに頭をぶつけた。

「いや、でも……」

仁は……

「禁煙はじめたばかりだし」

禁煙を始めたのだ。


── 一週間前

 要は仕事の帰りに近くの雑貨屋に寄っていた。お目当ては灰皿だった。生まれて一度も喫煙したことのない要の家に灰皿はない。喫煙者の友人が来てもみな空き缶を灰皿代わりにしていた。仁は携帯灰皿を持ち歩いていたが、彼はたまに来る友人ではない。これからの事を考えれば必ず必要になってくるだろう。

(使ってくれるよな……)

棚に陳列している灰皿を手に取る。まるで記念日に恋人に何かをプレゼントするような気分になる。今まで付き合ってきた彼女にはこういう気遣いの出来る彼氏は喜ばれた。しかし、今の相手は男で、しかも性格がかなりドライだ。彼がどのような顔でこれを受け取るのか、悪い意味で浮かんでくる。

 久しぶりに悩み抜き、緊張した買い物を終えて、要が帰宅していると、ちょう目の前を仁が歩いていた。買ったのがばれないようにビジネスバッグの中にラッピングされた灰皿を押し込み近づく。

「よっ!」
「……なに?」

振り向いた仁は、たいそう不機嫌な顔をしていた。そんな顔で歩いていたら、誰かに絡まれるぞと言いたくなったが、それを言えば自分がやられてしまのでグッと飲み込む。

「お疲れ様!」
「んっ」

不機嫌な顔を横目でチラリと確認すると、普段は膨らんでいる胸の膨らみが無い事に気が付く。これがないと要の贈り物は意味を成さない。

「煙草買ってく?」
「いや、いい」
「吸いたくなってから買いに行くのはめんどくさいだろ」
「買わないからいい」

まるでもう吸わないといった言い方に戸惑っていると、急に早足になった仁がイライラした声で

「俺、今日から禁煙してるから」

と、捨て台詞のように吐き出した。
思わぬ報告に要の足が止まってしまう。

「えっ」
「何突っ立ってんの? 早く行こう」

慌てて仁を追いかけると、ビジネスバッグの中から悲しげな音が聞こえる。

「吸いたい。はぁ、でも……」
「1本ぐらいならいいんじゃねーか?」
「はっ?」

鋭い眼光。
初日ですでにこの状態だ。
もしかしたらすぐに諦めるかもしれないという淡い期待を込めて要はビジネスバッグの柄を握り締めた。
 

──そしてあれから一週間が経つ。

「で、一本も吸ってないの?」
「当たり前でしょ。」

当然と言った顔をしているが、気を抜けば禁煙の反動が表情に出てしまっている。予想を覆して禁煙を継続しているおかげで、贈り物はキッチンのシンク下の戸棚に隠されてしまった。きっと見つかってしまえば火に油を注ぐ事態になりかねない。
 この気持ちはあれに似ている。自室にエロ本を隠しているのに母親が同じ空間にいるときと同じような──そう昔の苦い思い出を今と重ねている姿を仁が眉を顰めて見ていた。

「なんだよ」

ゆっくりと近寄ってくる仁に、背筋が凍る。ばれるわけがないのに、まさかなんて思っていると、肩を掴みそのままソファーに押し倒される。禁煙で余裕のない顔に見下ろされ、その顔が今の状況からだと、別のものに見えて、要の下半身が熱を持ち出した。

「要」
「どうした? 積極的じゃねえか」

手を伸ばし頬に触れる、鼻を近づければまだ微かに煙草の匂い残っていて、懐かしい気持ちになる。まだキスもしていないのに口内が苦い気がして、本当はどんな味がするのか、答えを確かめようと唇を寄せる。
 しかし、唇は、頬を掠めただけだった。バランスを崩した上半身を仁がさらにソファーに沈めてくる。

「気を紛らわせたいから抱かせて」
「はあっ?!」

驚愕の発言に腹筋に力を入れて起き上がろうとしたが、全身で乗っかっている仁はびくともしない。そして動けない要のベルトに手を伸ばす。

「おい、仁! 落ち着けって!」

かろうじ動く足だけをバタバタと動かすが、駄々っ子のように宙を掻くだけだった。禁煙で溜まりに溜まったイライラをぶつける仁ならこのまま抱きかねないと身の危険を察知し、身体が火事場の馬鹿力を発揮する。

「おらっ!」
「ちょっ!」

腕を振りほどき、今度は要が仁をソファーに沈める。

「紛らわしたいなら俺が抱いてやる!」

形勢逆転したのに全く焦った顔を見せないどころか、さらに眉間に皺が寄る。

「そうだった! その事なんだけどさ、何で年下の君に抱かれなきゃいけないの! ここは、年上に譲るべきでしょ!」
「ふざけんな! 歳なんて関係ないだろ!」

仁しか男性経験のない要からすれば今のポジションは譲れない。

「ある! とりあえず、年上なんだから「さん」付けで!」
「仁……さん」

動きが止まり、顔が一気に朱色に染まっていく。

「何照れてんだよ!」
「照れてないよ! あーもう!」

染まった赤い顔を逸らすが、耳までかなり真っ赤だ。その真っ赤な耳に先ほど掠めてしまった唇を寄せれば、触れる前に身体がビクンと反応する。

「……息が」
「感じてんのか?」
「ッ?! 感じてない!」
「そうかよ」

ふぅと吐息をかけ、耳輪を咥える。
そして熱を持った柔らかい耳たぶを要はしつこく攻めた。

「だ、だめ」
「じゃ、こっち向け。もうセフレじゃねーんだから。あの時見られなかった分、やらしい仁が見たい」
「さん!」
「……仁さん」

まだ余裕を見せている顎を掴み振り向かせる。先ほどより真っ赤な顔をして目を潤ませていた。

「抱くぞ」

興奮して押し殺した低い要の声に、仁も覚悟を決める。

「……イライラ忘れるくらい抱けるなら抱けば?」
「了解」
「です!」
「了解です。仁さん」

キスが一つ落とされ、仁も要の首に腕を回した。
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