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第二章 佐久間仁と「揺」
第三話 揺れる熱
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前回はカラッとした涼しい夜だったのに、五月中旬に入った今日は少し空気がべたつく。
かつ興奮しきって激しさを増す動きに身体はさらに熱を持ち、額には汗が滲んでいた。
「あっ……んっ」
「くっ」
硬い床の上で四つん這いになる仁を後ろから抱く。
(これで何回目だっけ?)
額に滲んだ汗が目に沁み、一瞬だけ途切れた快楽の隙間で回数を数える。しかし、再び押し寄せるそれに回数の事など忘れ去った。
要と仁の身体だけの関係は相変わらず続いていた。しかも二日に一度という多忙な社会人にはあるまじきペースで。平日なら夜、休日なら昼からも、それはもう盛るように行為は続いていた。要が連絡をして、仁が要の家に現れる。そして会話もキスもすることなく、床の上で行為が始まる。ちなみに仁から連絡が来たことは一度もない。もしかするとこの関係が本当は嫌なのではと思ったこともあったが、仁は一度も誘いを断ったことがないどころか、ずっと要に抱かれている。
だが、相変わらず行為が終わればすぐに身支度を整えて帰ってしまう。
今日も要が余韻に浸っているのに自分で引き抜きすぐに身なりを整える。
「またね」
と、まだ惚けている要をおいて部屋を出ようとした時だった。
ゴロゴロと、家を震わすような音がしたかと思うと
──バチッ!
「えっ?」「おわっ!」
一瞬にして部屋が暗くなる。しかも異様なまでの暗さだ。半開きにしていたパソコンの画面の液晶も消えている。
「停電か?」
要は手探りでスマートフォンを探し、ライトをつけ、それを頼りにブレーカーのある脱衣場で向かう。
「やっぱり雷のせいか。ブレーカーあげてもどうにもなんねぇな」
諦めてリビングへ戻る途中、ゴロゴロと再び聞こえる音に身構える。そして昼間のようにリビングが明るく照らされ、窓際に立つ仁のシルエットが浮かび上がる。
スマートフォンのライトで照らせば、仁は停電した街を眺めていた。
「眩しいんだけど」
窓ガラスには不機嫌な顔の男が映っていて、反射するライトに目を顰めている。
「外、見えないだろ」
「こっちに向けないで外に向けたら?」
「ここら辺一帯が停電しているみたいだな」
仁の悪態を無視して外を見つめる。窓からはひんやりとした冷気が放たれ、ザーッと暗闇の街を包みこむ轟音が冷気と湿気の原因である雨の激しさを物語っている。
「ふう」
と横からため息が聞こえ、ため息をついた本人がその場を離れる気配がする。
「まさか帰るのか?」
「うん。酷くならないうちにね」
「いや、もうかなり酷いだろ」
相変わらず雨足と雷は落ち着きを見せない。それに仁自身も「雨宿りさせて」なんて甘えた姿を見せないのは分かっていた。まだほんの少しの間柄だがなんとなく彼の性格は理解している。
「この中帰るのは酷だろ?もうちょいうちにいる?」
「そうする」
と、即答した仁になぜか満足感がこみ上げる。
仁が床に胡坐をかいて座ったのを確認し、微かな明かりの中、棚を物色して蝋燭を探す。脆い物にもかかわらず投げ入れられたように棚の引き出しから発見された蝋燭にガスコンロで点火する。それをテーブルの上におく。
「携帯のライトでよくない?」
「雰囲気だよ。停電といえば蝋燭だろ?」
「蝋燭って言うか、それアロマキャンドルね」
「アロマキャンドル? 道理で何か匂うわけだ」
「知らないで買ったの? ロマンチックな物にその言い方もどうかと思うけど」
「前の彼女の置き土産だよ」
とりあえずと残しておいたものがまさかこんな形で役に立つとは思わなかった。仁の顔がぼんやりと照らされる。揺れる炎を眺めながら元彼女の顔を思い出そうとしたが、炎に被ってぼんやりと輪郭を思い出せるくらいだった。そのぼやけた輪郭も消えキャンドルの向こうに座る仁に視線がいく。
炎に照らされている顔には何やら哀愁のようなものが漂っていて、出会った頃、仁が失恋していたことを思い出させた。
だが、その話を聞いていなかった事にしている要には今の仁の心情を聞くことは出来ない。
この気不味い沈黙を破ったのはその失恋した男だった。
「結構な回数してるけど、合コンちゃんと行ってんの?」
「仕事いってるの? みたいな言い方すんなよ。最近は行ってない」
「彼女出来たの?」
「出来てたら、こんなことしていません。みんな仕事忙しくてタイミング合わねーだけ」
本当だ。
彼女を作ることも諦めていない。
「君、どうして彼女できないの?」
「えっ?」
「顔もそんなに悪くないし、性格は女ウケしそうな面倒見のいい感じだし」
あの焼きそばを思い出しながら仁が言う。
「何でだろうなー」
「まっ、何となく分かるけどね」
「なんだよ」
「秘密」
「言えよ!」
「秘密。ってか、ただモテないだけって可能性もあるしね!」
仁の頬のあたりに一筋の線が現れ始める。
「ちげーよ! いや、そうなのかな? あっでも理想が高いのが原因かも……」
仁の目が細くなり、その下では白い何かが炎に照らされる。そして、
「本当にそれだけー?」
と橙色の部屋に笑みが浮かび上がった。
「?!」
──ドクンッ
要の心臓が跳ね上がる。最初の愛想笑い以来の笑顔で、しかも今の笑顔はどう見ても素の笑顔だった。
黒い瞳は消え、白い歯が綺麗に並び、えくぼができている──ようやく見ることが出来た仁の笑顔。
しかしなぜその笑顔にドキッとしたのかが分からず焦る気持ちを隠そうと口調が強くなる。
「わ、笑うなよ!」
勢いがつき過ぎてアロマキャンドルの火が消える。
──ジュポ
と音がしたかと思うとアロマキャンドルが置いてある場所よりも奥で火が点る。
「煙草吸うのか?」
仁がライターでアロマキャンドルに火を点す。
「吸う」
「早死にするぞ」
「大きなお世話」
ライターを煙草の箱の中に押し込む仁。そして煙草の箱を見つめる。炎の明かりだけでは判断しづらいが赤いパッケージだろうか。それを見つめる仁の顔は先ほどの哀愁漂う顔に戻っていた。
(触りたい)
そう思ったときには手が伸びていた。
「何?」
と、顔を上げる仁。その顔に手を添え、手のひらで頬を包み込むかのように撫でる。
「仁」
「だから、何?」
嫌そうな顔はしているが仁は手を払いのけない。
「もう1回しよ」
「……」
何も答えない仁。しかし黙って背中を向けた。
「こっち向け」
「俺、男だよ」
「……わかった」
仁が快楽に落ち始めると、要は少しだけシャツをめくった。
儚い炎の光で照らされた背中の白は艶めかしく、要の雄を蜜壷の中で更に膨張させる。
襲う快楽、高まる興奮、しかし、しばらくすると、怪しい魔術の儀式をしているように背徳感にまみれる。白い肌は妖麗で、要にこの関係が道徳的に正しいことなのか問いかけているようだった。
その答えが恐ろしくて、今まで見た事ない仁の快楽に沈む表情を見ようと躍起になる。
「やっぱりこっち向け」
グイッと右手首を引き寄せる。
肩甲骨が浮き出た影すら目につく。
「……いや」
拒否した瞬間、カリでコリっと前立腺を擦る。
「あぁんッ!」
天を仰いでも額すら見えない。
それに苛立ちと焦燥感を募らせ、右の手首を更に引き寄せ、動きを封じてしまう。
それに抗うように、仁は身体を左手で支えるのを止め、額をフロアマットに付けてしまった。
(なんなんだよ。なんでこんなに……)
──気持ちが昂るんだ
快楽とは違う何かが、要の心の理性を奪っていく。
(こいつのせいか)
仁を抱きながらテーブルの上で甘い匂いを放つ炎を横目でちらりと睨んだ。
結局、仁がこちらを向くことはなかった。
かつ興奮しきって激しさを増す動きに身体はさらに熱を持ち、額には汗が滲んでいた。
「あっ……んっ」
「くっ」
硬い床の上で四つん這いになる仁を後ろから抱く。
(これで何回目だっけ?)
額に滲んだ汗が目に沁み、一瞬だけ途切れた快楽の隙間で回数を数える。しかし、再び押し寄せるそれに回数の事など忘れ去った。
要と仁の身体だけの関係は相変わらず続いていた。しかも二日に一度という多忙な社会人にはあるまじきペースで。平日なら夜、休日なら昼からも、それはもう盛るように行為は続いていた。要が連絡をして、仁が要の家に現れる。そして会話もキスもすることなく、床の上で行為が始まる。ちなみに仁から連絡が来たことは一度もない。もしかするとこの関係が本当は嫌なのではと思ったこともあったが、仁は一度も誘いを断ったことがないどころか、ずっと要に抱かれている。
だが、相変わらず行為が終わればすぐに身支度を整えて帰ってしまう。
今日も要が余韻に浸っているのに自分で引き抜きすぐに身なりを整える。
「またね」
と、まだ惚けている要をおいて部屋を出ようとした時だった。
ゴロゴロと、家を震わすような音がしたかと思うと
──バチッ!
「えっ?」「おわっ!」
一瞬にして部屋が暗くなる。しかも異様なまでの暗さだ。半開きにしていたパソコンの画面の液晶も消えている。
「停電か?」
要は手探りでスマートフォンを探し、ライトをつけ、それを頼りにブレーカーのある脱衣場で向かう。
「やっぱり雷のせいか。ブレーカーあげてもどうにもなんねぇな」
諦めてリビングへ戻る途中、ゴロゴロと再び聞こえる音に身構える。そして昼間のようにリビングが明るく照らされ、窓際に立つ仁のシルエットが浮かび上がる。
スマートフォンのライトで照らせば、仁は停電した街を眺めていた。
「眩しいんだけど」
窓ガラスには不機嫌な顔の男が映っていて、反射するライトに目を顰めている。
「外、見えないだろ」
「こっちに向けないで外に向けたら?」
「ここら辺一帯が停電しているみたいだな」
仁の悪態を無視して外を見つめる。窓からはひんやりとした冷気が放たれ、ザーッと暗闇の街を包みこむ轟音が冷気と湿気の原因である雨の激しさを物語っている。
「ふう」
と横からため息が聞こえ、ため息をついた本人がその場を離れる気配がする。
「まさか帰るのか?」
「うん。酷くならないうちにね」
「いや、もうかなり酷いだろ」
相変わらず雨足と雷は落ち着きを見せない。それに仁自身も「雨宿りさせて」なんて甘えた姿を見せないのは分かっていた。まだほんの少しの間柄だがなんとなく彼の性格は理解している。
「この中帰るのは酷だろ?もうちょいうちにいる?」
「そうする」
と、即答した仁になぜか満足感がこみ上げる。
仁が床に胡坐をかいて座ったのを確認し、微かな明かりの中、棚を物色して蝋燭を探す。脆い物にもかかわらず投げ入れられたように棚の引き出しから発見された蝋燭にガスコンロで点火する。それをテーブルの上におく。
「携帯のライトでよくない?」
「雰囲気だよ。停電といえば蝋燭だろ?」
「蝋燭って言うか、それアロマキャンドルね」
「アロマキャンドル? 道理で何か匂うわけだ」
「知らないで買ったの? ロマンチックな物にその言い方もどうかと思うけど」
「前の彼女の置き土産だよ」
とりあえずと残しておいたものがまさかこんな形で役に立つとは思わなかった。仁の顔がぼんやりと照らされる。揺れる炎を眺めながら元彼女の顔を思い出そうとしたが、炎に被ってぼんやりと輪郭を思い出せるくらいだった。そのぼやけた輪郭も消えキャンドルの向こうに座る仁に視線がいく。
炎に照らされている顔には何やら哀愁のようなものが漂っていて、出会った頃、仁が失恋していたことを思い出させた。
だが、その話を聞いていなかった事にしている要には今の仁の心情を聞くことは出来ない。
この気不味い沈黙を破ったのはその失恋した男だった。
「結構な回数してるけど、合コンちゃんと行ってんの?」
「仕事いってるの? みたいな言い方すんなよ。最近は行ってない」
「彼女出来たの?」
「出来てたら、こんなことしていません。みんな仕事忙しくてタイミング合わねーだけ」
本当だ。
彼女を作ることも諦めていない。
「君、どうして彼女できないの?」
「えっ?」
「顔もそんなに悪くないし、性格は女ウケしそうな面倒見のいい感じだし」
あの焼きそばを思い出しながら仁が言う。
「何でだろうなー」
「まっ、何となく分かるけどね」
「なんだよ」
「秘密」
「言えよ!」
「秘密。ってか、ただモテないだけって可能性もあるしね!」
仁の頬のあたりに一筋の線が現れ始める。
「ちげーよ! いや、そうなのかな? あっでも理想が高いのが原因かも……」
仁の目が細くなり、その下では白い何かが炎に照らされる。そして、
「本当にそれだけー?」
と橙色の部屋に笑みが浮かび上がった。
「?!」
──ドクンッ
要の心臓が跳ね上がる。最初の愛想笑い以来の笑顔で、しかも今の笑顔はどう見ても素の笑顔だった。
黒い瞳は消え、白い歯が綺麗に並び、えくぼができている──ようやく見ることが出来た仁の笑顔。
しかしなぜその笑顔にドキッとしたのかが分からず焦る気持ちを隠そうと口調が強くなる。
「わ、笑うなよ!」
勢いがつき過ぎてアロマキャンドルの火が消える。
──ジュポ
と音がしたかと思うとアロマキャンドルが置いてある場所よりも奥で火が点る。
「煙草吸うのか?」
仁がライターでアロマキャンドルに火を点す。
「吸う」
「早死にするぞ」
「大きなお世話」
ライターを煙草の箱の中に押し込む仁。そして煙草の箱を見つめる。炎の明かりだけでは判断しづらいが赤いパッケージだろうか。それを見つめる仁の顔は先ほどの哀愁漂う顔に戻っていた。
(触りたい)
そう思ったときには手が伸びていた。
「何?」
と、顔を上げる仁。その顔に手を添え、手のひらで頬を包み込むかのように撫でる。
「仁」
「だから、何?」
嫌そうな顔はしているが仁は手を払いのけない。
「もう1回しよ」
「……」
何も答えない仁。しかし黙って背中を向けた。
「こっち向け」
「俺、男だよ」
「……わかった」
仁が快楽に落ち始めると、要は少しだけシャツをめくった。
儚い炎の光で照らされた背中の白は艶めかしく、要の雄を蜜壷の中で更に膨張させる。
襲う快楽、高まる興奮、しかし、しばらくすると、怪しい魔術の儀式をしているように背徳感にまみれる。白い肌は妖麗で、要にこの関係が道徳的に正しいことなのか問いかけているようだった。
その答えが恐ろしくて、今まで見た事ない仁の快楽に沈む表情を見ようと躍起になる。
「やっぱりこっち向け」
グイッと右手首を引き寄せる。
肩甲骨が浮き出た影すら目につく。
「……いや」
拒否した瞬間、カリでコリっと前立腺を擦る。
「あぁんッ!」
天を仰いでも額すら見えない。
それに苛立ちと焦燥感を募らせ、右の手首を更に引き寄せ、動きを封じてしまう。
それに抗うように、仁は身体を左手で支えるのを止め、額をフロアマットに付けてしまった。
(なんなんだよ。なんでこんなに……)
──気持ちが昂るんだ
快楽とは違う何かが、要の心の理性を奪っていく。
(こいつのせいか)
仁を抱きながらテーブルの上で甘い匂いを放つ炎を横目でちらりと睨んだ。
結局、仁がこちらを向くことはなかった。
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