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最終章 夕顔達の十年間

第三話 Zの作戦

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 潜入捜査が上手くいった話まで聞き、福山は視線を落とした。

「でも辻本先生は覚せい剤を所持していただけで運んでいない……運んだのは……」

その続きが言えず唇を噛み締める。そこへまたキスが押し付けられる。

「お、お前さっきから何回キスする気だ!!」
「先生がわからず屋だからですよ! もー! 頭のいい仕事してるのに」
「わからず屋?」
「それとも俺とのセックスが気持ちよくて忘れたんですか? あの部屋でのこと」
「あの部屋? セックスしてた部屋が……あっ、そういうことか、それで荷物を……」

宇野はようやく理解してくれた福山にもう一度キスをしようとしたが避けられた。

「あの部屋で毎日、俺が先生のリュックの中を確認していたんです。もちろん先生が目隠しの準備している間に車の中も。先生、車の鍵閉めなきゃダメですよ?」
「それで毎回ガサゴソしてたのか。というか、よくそんな作戦思いついたな」
「発案者は俺ですよ!」


             *


 宇野の盗聴器設置が成功してから少しして、捜査本部が設置されている会議室はざわついていた。
別件の報告書を書き上げて合流した宇野は何事かと6つ上の先輩・久保田に尋ねた。

「何か動きがあったんですか?」

久保田がイヤホンを差し出す。

「えげつねーぞ、あの教師」
「えっ?」

急いでイヤホンをつける。
そこから流れてくる声は宇野の鼓膜と心臓を揺らした。
 
『い、いやだ……これ、ぬ、抜いてくだ……さい……ああん、はっ、んあ‼』
『気持ちいいのか?』
『ちが、違います、んんんッ』

(せ、先生?!)

「うっ!」

宇野は高校時代と同じく耳元を塞ぎそうになった。あの日、跳び箱の中で聞いた声と同じそれに、目の前が真っ暗になり、ガタガタと何処からか音が鳴っている。

(そんな……福山先生はまだ辻本に犯されている)

自分の犯した罪をまだ、担任がその身体で代償を払っている。

「おい宇野」
「……」

久保田は顔面蒼白になった宇野からイヤホンをひったくった。
そして「ちっ、場所変えやがった」と悪態をつき、それからしばらくして「動きがあったぞ」と目の色を変えた。
イヤホンをスピーカーに変えその場にいる全員で耳をすませる。

『……ああ、そうだ。今度の大阪の件、いいのが一人いるから運ばせようと思っている。人相は……』

誰かと電話する辻本の声。
誰かに何かを運ばせる話でみな覚せい剤だと悟った。
盗聴器からキャッチした運び人の人相は福山と一致する。

(先生に運ばせるなんて……)

『方法はまた思いついたら連絡する』

ここで電話は切れる。
みな、近々動きがあることが分かり、空気が張り詰めた。

その中、久保田が宇野を外に連れ出した。

「ちょっと入れ」

取調室に押し込まれる。

「大丈夫か?」
「え?」
「顔面蒼白だそ。ゲイが駄目なのか?」
「違います」
「隠すな、きちんと話せ」

久保田の眼差しは相手を凍らせる。取調べの鬼だ。その視線からは逃げられない。

「あの犯されてた先生、実は俺の担任なんです」

鬼の眉がピクリと動く。

「公私混同するから捜査から外れたいってことか?」
「逆です」

先程のオドオドした瞳が、真っ直ぐに久保田を見据え、燃えている。

「恩師だからこそ助けたいんです。さっきは挙動不審になってすみませんでした。刑事として失格です」
「ならいい。捜査の邪魔になるようならすぐ外すぞ。けど、その熱意が犯人逮捕に繋がるなら……」

久保田が宇野の肩を叩く。

「あの教師のために必死にやれ、いいな」
「はい!」
「話はそれだけだ」
「あの、先輩! 1つ俺に考えが……」
「なんだ? 言ってみろ」

 宇野は福山に運ばせたくなかった。それは福山には教師としての溢れんばかりの熱意があることを知っていたからだ。もし自分が法に背くようなことをしていた場合、福山は最悪命を絶つかもしれない──そう考えた。

「早速公私混同か?」
「違います。その公務員としての熱心さを逆手に取るんです。ちょっとやそっとのことじゃ、通報できやしない。だから、少し乱暴かもしれませんが──」

 福山を攫い、荷物を調べる作戦を提案したのだ。

「俺がその役引き受けます。どうでしょうか? 上に話をしてもいいでしょうか?」

少し頭をひねった久保田だったが、「言うだけ言ってみるか」と作戦に乗ってくれた。

そしてそれは決行されたのだ。

部屋が用意され、目印に夕顔の植木鉢が置かれた。試合終わりに帰宅した福山を宇野は攫った。

「殺すなら殺せ」

この言葉で福山がどれほど疲弊しているのか分かり、宇野は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

しかし、先輩の言葉を思い出し、せっかく通してもらったこの作戦に必死になったのだ。
福山は予想通り通報しなかった。それどころか会話までしてきた。
その間も宇野は必死に覚せい剤を探したが出てこなかった。

 そして、福山が大阪へ発つ直前のアパートの駐車場。この日が一番黒いと、宇野は気を引き締めていた。SUV車の中で待機していた宇野の前に福山の車がやってくる。

(あっ、先生、夕顔見てる……)

そして中に入ったのを確認して車の検査、その後、部屋でリュックの検査をした。

(ん? 何が震えてる)

スマートフォンの振動にしては小刻みなそれ。口に咥えたペンライトで中を照らしながら両手で探る。

(タオルが振動している)

無造作に巻かれたタオルを解く。だが、薄暗く、震えるそれを取りこぼした。

——カタン、ブブブブブ‼

 (ロ、ローター?!)

辻本の仕業かと、ペンライトをギリリと噛み締める。

「んああ」
「?!」

余裕のない声が微かにあがる。

(まさか、先生?)

本人を照らせば、いくら目隠しをしていてもバレる為、ベッドの縁を照らす。広がる微かな明かりに照らし出されたのはベッドに下半身を擦りつけている福山だった。

(エ、エロい……)

小さく喘ぐ福山に宇野の理性が軋む。我慢できずに伸びた手が福山の頬を辿る。そしてガムテープを外し、更に上がる声で理性が暴れ出す。

手にしていたローターを耳元に近づけると「ッ‼ ぁあ、あっ、やめ……」と声が上がり、職務も忘れて福山を玩具で攻めた。

(ダメだ……これ以上は……)

——ブブブブブブ

ローターをリュックに戻そうとしたその時……

「ッ、お、お願いだ……俺を……抱いてくれ」

宇野の理性が切れた。無我夢中でベルトを外すと、先に理性がなくなっていた福山がしゃぶりついてきた。

(あっ、うっ……先生のフェラ……)

あまりのバキュームに腰を引いたが福山がそれを離さない。雄の本能を剥き出しにしたその仕草に、宇野は嬉しくなる。

「んはッ……はぁ、はぁ……挿れてくれ」

二人でベッドに倒れ込み、勃起した性器をあてがう。
そこは既に湿っていた。

(辻本の精液か……)

唇を噛み締める。
しかし辻本は盗聴器からある事も教えてくれた。

(第二関節だっけ?)

おおよその場所を予想し、福山の肉壁を突き上げる。

「ッあああ! そこッ、ああ……もっと……もっと突いてくれッ」

一回で探り当てたようだ。
盗聴器からは聴けない、福山の本能の声に、宇野は自ずと腰使いが激しくなる。

「あんッ! はあ……痺れ……て……はあ、気持ち……いい……ッ」

(俺もだよ、先生。いつぶりかな? 木田としたのが最後だから……10年か)

「うッ、うう……こういうのが……いいッ……のに……」

 (俺でよければ抱いてあげるよ)

欲しがる福山に宇野は腰をうねらせる。

その時、ふとベッドの上で震え続けるローターに目がいった。
器用に腰を振りながらペンライトを咥え、ローターを照らす。

(まさか……)

喘ぐ福山の上でローターを解体する。はめるだけの簡単な作りはドライバー要らずですぐに開いた。
中からは機械とテラテラした感触の何か。
ペンライトを咥えた顔を上にあげ、その何かをかざす。

それはビニールに入った白い粉──覚せい剤だ。

(こんな所に……)

それを床に捨てる。
そして無音カメラでローターの写真を取り、ダミーで用意しておいた白い粉の入った袋を詰め、再び閉じた。

その作業の間に……

——ビュクッ

「ああッッ‼」

福山は全てを吐きだした。

「きもち……よか、った……すごく……ぁあ……ッは……はあ……はあ……」

ぐったりとする福山。

(先生、出張は?!)

ペンライトを消して福山を揺り動かす。慌てて起き上がった福山に言われ、クローゼットの中へ隠れた。その後、初めて福山より後に部屋を出る。

「とりあえず、運搬手段は分かったぞ」

今回の為に契約した仕事用のスマートフォンから久保田に連絡をする。

《ローターに仕込まれていました。今、対象者が部屋を出ました。大阪までの尾行、よろしくお願いします》

ここから大阪まで福山を尾行し、取引場所を確認するのは久保田の仕事だ。

《了解。もしかすると大阪からも覚せい剤を持って帰ってくる可能性があるから、明日も接触してくれ》

と連絡があった。

《分かりました》

と返信し、初日から誘拐犯の振りをしてやり取りをしている自分の心を集中させ福山に連絡した。
 残念ながら福山が持って帰ってきたのは土産のみで、それをX線に通したが、何も見つからず、翌朝早くに本人の玄関先に返した。
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