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最終章 夕顔達の十年間

第一話 Zの罪

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「離せ宇野!」
「ダメです! 離したらどっかに行く気でしょ?」

宇野は福山の手を強く握ったまま階段を下りる。

「行かないから離せ! 流石に誰かに見られたら……」

宇野は「本当ですね?」と確認して渋々離した。離れて行く腕には交通安全課ではつけないであろう腕章が巻かれている。

「お前、刑事なのか? でもこの前は制服で……」

あの時は警察官特有の制服を纏っていたが、今はスーツだ。この姿ならどこからどう見ても刑事にしか見えない。

「刑事ですよ。詳しくは刑事部組織犯罪対策課にいます」
「なんだそれは」

危険な香りしかしない部署名に福山は宇野の背中を心配そうに見つめる。学生の時より逞しくなった背中はどんどん先へ行き、体育館で足を止めた。

そして「KEEP OUT」と印字された黄色いテープで体育館の入り口を閉鎖する。
その奥から福山を呼ぶ。

「こっちに来て先生」
「いいのか?」

頷く宇野が手を差し出す。その手をとって福山はテープを潜った。

「あのテープがあるとここが事件現場みたいだな」
「ここが事件現場ですよ」
「え? ここで覚せい剤が見つかったのか?」
「それは今から捜索します」
「じゃ、事件はまだ起こっていないんじゃないのか?」
「いえ、起きました。今から10年前に」

宇野が目を細めて福山を見つめ、教官室のドアレバーに手をかけた。
そして第一段階——少しだけ扉が開く。

「10年前、高校生だった俺はここから目撃しました」

福山の足が止まる。

「先生と辻本先生がやっているのを」

血の気が身体から体育館の床に吸い込まれるように引いていく。心臓の音が、広い体育館で反響している。


——10年前の体育館

「まじ辻本むかつく」

宇野は悪態をつきながら意味をなさなくなった指導日誌を壁にベシベシ叩きつけ、教官室に向かっていた。

「それに比べて福山先生はかっこいいな」

最後まで自分を信じてくれた担任はたったの五歳差。その背中は大きく見え、もっと歳の離れた大人に見える。

(好きになったかも……)

だからこそ、福山に横暴な態度を取っていた辻本に怒りが沸く。

(これもう必要ないですねって突き返してやる)

 子どもの小さな仕返し。
 敬意を払っていない気持ちは行動に出てしまい、宇野は教官室の扉をノックするのを忘れた。やばいと思った時には、少しだけ空いた扉から洩れてきた苦しげな声に、ノックを忘れた事など消え去った。

「い、嫌だッ‼」

(福山先生?!)

好意を抱き始めた担任の聞いた事もない声に、いけないと分かっていても、中を覗いてしまう。

 福山の姿は何処にもない。だが辻本が宇野に背を向けたソファーで誰かに覆い被さっているのは分かる。

「止めて、下さいッ!」

福山の声はソファーから聞こえる。
その瞬間何が起こっているのか全て理解した。

「いいから脱げ‼」
「嫌だ、な、何で……こんなこと……」
「お前がいらん事するからだ‼ 黙って宇野を犯人に仕立て上げればいいのに、お前が……お前が……」

辻本の怒りは凄まじかった。
大人がここまでなる姿を見た事がない宇野は足が竦み、中に入る事ができない。

(うわッ)

宇野は思わず口元を覆った。
辻本が赤黒い性器を露わにしたからだ。

「やだ……ここじゃ、嫌……」

押さえつけられ疲弊した福山も必死に抵抗する。

「生徒が……来たら……」

それに辻本も少しだけ冷静になるが怒りが収まったわけではない。
一度性器を仕舞い、福山の襟首を引っ掴んだ。

(やばっ、こっちに来る)

 急いで扉を閉める。
教官室は体育館の奥で、今から体育館の出口までいくのは不可能だ。

(仕方ない、あそこに……)

慌てて体育館倉庫に隠れたが、間違いだった。

「おらッ」
「ううッ」

跳び箱の中に宇野が隠れているのも知らずに、辻本はここで福山を犯した。

「いっ?! あっ、ぐっ、やだ! やめてッください!! ……ッあああ!!」

(嫌だ、聞きたくない!)

必死に耳を塞いでも、担任の悲痛な叫び声と、ガタガタと揺れる跳び箱を身体が感じ取ってしまう。
 
(ごめんなさい、ごめんなさい先生)

悔し涙を流しながら、高校生だった宇野は跳び箱の中で謝り続けた。

(俺が……俺が……バイクの持ち主を直ぐに言ってればこんなことには……)

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