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第一章 ギルベルト・ライズナー
新しい上司はドイツ人
しおりを挟む西島 航(25)はとある会社の広報担当だ。頭頂部が禿げた部長が左遷されることを知ったのが昨日。そして目の前には今、新しい上司が立っていた。
「本社より転勤になりました、新しくここの主任になるギルベルト・ライズナーです。こうみえて35歳なんだ。よろしくね」
新しい上司はドイツ人。白い肌に、ロマンスグレーの髪色は短く切りそろえられている。「こうみえて」と言った通り彼は40代後半に間違われる面立ちだ。しかし老けているというわけではなく、羨ましい造形美が顔一面に広がっている。挨拶と共に放たれた笑顔は女性を虜にする甘い笑顔。それは男らさも残しつつ、優しい眼差しは慈愛に満ちている。その落ち着きも年上に見られる所以だった。
それでも35歳。前の上司は51歳だった。皆、新しい上司の若さに驚き、更に名前を聞いて驚いた。同じ部署の夏川 歩(27)が、再度「あのギルベルト・ライズナーさんですか?」と聞き返し、ギルベルトが頷くと歓声を小さく上げた。
「すごい! あの有名なライズナーさんだ。でも、そんな方がどうして?」
と、少し高めの声で興奮していた。
ギルベルトは、本社で、とあるファッションサイトを企画・運営したウェブデザイナーだ。若者の間で一世を風靡し、知らぬものはいないサイト。その有名人が何故ここにいるのか皆分からなかった。
「単刀直入に言うと、この部署は業績が最下位だ」
難しい日本語も堪能に話す。そして昨日で役目を終えた禿げ主任の綺麗なデスクに書類がどっさり置かれる。
それは本社に提出した部署の業績報告書。グラフの数値は低く、大した取り組みもしていないせいで、毎年提出書類は少ない。だが、そこにはギルベルトが書き込んだであろう赤字と、彼が今まで使用してきた資料の数々が置かれ一気にデスクが騒がしくなった。
「異動すると決まった時、一通り目を通した。まだまだ伸びるサイトをここまで放置するのはいかがなものかと思うよ。君たち個々の能力は今から僕が見極める。必要とあらばスキルアップの手助けもするつもりだ」
やり手な男なだけはある。優しい面立ちには野心が滲んでいる。今までぬるま湯につかっていた航は
「そんなことしてどうするんですか?」
と、尋ねた。ここにきて初めてギルベルトの目が光る。
「どうするって? それはもちろん決まっている」
──この部署の業績を一番にしてみせる
「そんなの無理ですよ!」
食ってかかる航。
「何でそう思うのかな?」
「だってここは――」
航が狭いオフィスに視線を移す。この部署にいる社員はギルベルト、航、夏川、そしてもう一人若狭 俊次(37)の四人だけ。なのに部屋は個別に与えられ、まるで隔離されているかのよう。それはこの部署の業務があまり他者に披露出来ないからであった。
「ここ第二部署はゲイ専門のサイトを運営する部署です。それを一番だなんて無理ですよ。無謀な発言にも程があります」
吐き捨てるように言った航の意見を否定する者はいない。しかしギルベルトは違った。
「無理かどうかは僕が決める」
「?!」
「さっそくだけど、ミーティングしようか。資料はすでに用意した」
有無を言わさず、彼をトップとした第二部署の改革が今始まろうとしていた。
手始めに行われたミーティングで発足してまだ三年のこのサイトの成績の悪さを嫌という程ギルベルトは熱弁した。
「まだ三年とか甘い考えは捨ててほしい。伸びるサイトはすぐ伸びるんだ」
立ち上げて一か月も経たずに有名になったアプリを企画した男は簡単に言ってのける。
「ITエンジニアは夏川さんと若狭さんかな?」
この会社では外部に委託しているわけではなく、最初から内部にITエンジニアが在中していた。
黒のオールバックをかき上げる若狭はクールな中年で、航は仕事以外で会話したことがない。そもそも彼は定時ですぐに上がってしまうので、仕事以外の付き合いがないのだ。そしてもう一人、夏川は色白で可愛らしく身長もそこそこ、おまけに声まで高く中世的な印象を受ける。若狭や前の部長に比べると歳も近く話しやすいのでこの会社で一番会話をした人物かもしれない。
「西島さんは広報か。資格とか何も持ってないの?」
痛いところを突かれる。
「すみません」
「はい」と返事する前に刺々しい謝罪が口をついて出てしまった。
「君には別の業務を与えるから」
「?」
「とりあえず、サイトの運営状況や仕組みは昨日一通り目を通した」
サイトのスクリーンショットが並んだ書類を指で弾くギルベルト。
「サービスがなっていない。どこにでもあるようなサービス並べてあとはユーザー任せだ。使い勝手が悪すぎる。そこでだ……」
ギルベルトが自作の書類を配る。手渡しで各々に配られた書類には新しいサイトのデザインとシステム、そしてそれがもたらす効果まできめ細かく印字されていた。そして最後のページには各々の仕事内容も。
「若狭さんと夏川さんは機能の利便性の追求と変更を担当してもらう。若狭さんは主にメールや通話機能、夏川さんはユーザーの検索機能やホーム画面を。デザインはそこに書いてある通りだ。もし、もっと良い案があれば進言して欲しい。頼んだよ」
そしてギルベルトが航を見つめる。
「西島さんは広報の強化と──」
航の耳にギルベルトの声は届いていなかった。書類に並ぶ業務内容に釘付けになっていたからだ。
(何でこんなことを……)
《西島航 広報の強化及び猥褻画像・動画の入手》
航は書類を破りそうな程握りしめた。
「ちょっ……」
「では各々よろしく頼む」
反論を言う前に遮られ「少々席を外す」と言ったギルベルトが席を立つ。逃げられたと心の中で舌打ちをした航の腕を掴み「君もだ、西島さん」と外に連れ出した。
「ちょっと!」
と、躓きながら引っ張られる航は、ギルベルトにエレベーターへ連れ込まれ、一階まで下りて、そのまま社外にまででた。そしてタクシーを止めたギルベルトが航を中に押し込む。驚いた運転手も二人が上司部下だと知れば、仕事の表情に戻った。
「どちらへ?」
ギルベルトが運転手に伝えた住所は何と航のアパートの住所だった。
「はあ?! どうして知っているんですか?!」
「調べた。ちょっと静かにしててくれないかい。運転手さん困ってるよ」
バックミラーに映る運転手の泳いだ目に、黙るしかなかった。
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