14 / 85
第2章 一日目
11
しおりを挟む
「高遠さんはシングルの209号室ですね」
「ありがとうございます」
「それで、東京からのお二人の部屋は202号室で、鍵はこっち」
「ありがとうございます。あれ、かわいい鍵ですね」
その鍵は平たい金属製で表面に小さな丸い窪みが多数彫られており、握り手の部分に付けられたチェーンの先には202と記された木彫りのクジラがぶら下がっていた。
「私のはイルカなんですよ。この宿のキーホルダーはシングルがイルカで、ダブルはクジラなんですよね」
「ええ、そうです。知人が長崎で工房をやってましてね。そこで作ってくれたんですよ」
高遠さんの手に握られた鍵を見れば、確かに躍動するイルカの木彫りがついていた。
「ゴホン」
そこで竜二さんは、わざとらしい咳をひとつして、僕たちの注意を集めた。
「それでは宿の説明をします。高遠さんはご存知でしょうが、念のためお聞きください」
「はい、もちろんです」
「ありがとうございます。えーまず約束事ですが、寝るときや部屋から出る時は、必ず施錠してください」
「ちょっと外へ出るだけでもですか?」
「まあ、洗顔くらいなら大丈夫ですが、入浴や食事の時は必ずお願いします」
「わかりました。気をつけます」
「すみませんね。昔、窃盗がありまして」
「泥棒ですか?」
「ええ、結局は漁師見習いで島に来ていた悪ガキがやってたんですがね。その時は犯人がわかるまで、宿泊客の間がかなりギクシャクしました」
「お互いが、あいつが怪しいと」
「そうです。なので、いらぬ疑いで関係が変にならないよう鍵はしっかりお願いします」
「承知しました」
僕と三輪さんは声をそろえ返事した。
「次に宿の設備ですが、トイレは各部屋と一階にあります。部屋のトイレの手洗いは狭いので、洗面や歯磨きなどは二階中央の男女別の洗面所をお使いください。風呂は一階にあります。お風呂は夕方の五時から夜の十一時まで。洗面場に一つだけあるシャワーブースと、外の水シャワーはご自由にお使いください。玄関は夜の十一時に施錠します。あと建物は見ての通り東西に横長で建っていますが、二階の東側に外階段がついています」
「二階から外へ出入りができるんですね」
「いえこちらは施錠してあります。すぐに開けられますが、防犯上問題があるので普段は使わず、非常出口と考えてください」
なるほど。そのドアは、昔あった窃盗事件で、もしかしたら侵入経路だったのかもしれない。非常時にすぐ解錠できるなら問題ないし、おそらく使うことはないだろう。我々が頷くのをみて竜二さんが説明を続ける。
「それから携帯電話は、島のこっち側では電波はつながりません」
「え、電波が? どの会社もダメですか?」
三輪さんと思わず顔を見合わせた。僕のスマホはAUで、三輪さんのはドコモだったはず。
「いろいろ試しましたが、どの会社もダメでした。無料wifiがあるので使ってください。パスワードは部屋の壁に書いてあります。あと、この電話もお貸しできますよ」
受付には、ファックス付きの電話が置かれている。しかしネットでメールや通話アプリが使えるなら電話は必要ないだろう……と思っていると、
「電話は、それ一台ですか?」
三輪さんが、珍しく食いついている。
「先輩、電話なんて使わないでしょ」
「いやアオイ、お前はどうか知らんが、電話は重要なライフラインやで。俺は山小屋でも、電話があるときは必ず場所を確認している」
「はあ、それはお見それしました」
恐縮する僕に竜二さんの笑い声が重なる。
「ははは、確かに重要ですよね。宿泊する方向けの電話はここだけですが、あと厨房奥のドアを開けたところ、その向こうは私たちの自宅なんですが、そこにもう一台あります」
「なるほど、ようわかりました。ありがとうございます」
「常識的な通話時間なら、ひとこと言っていただけたら、無料で大丈夫です」
「じゃあ、恋人との愛のささやきなら……」
「そのときに、相談しましょう」
そう言って、竜二さんは楽しそうに笑ったのだった。この島の滞在は五日間の予定だ。いまどきインターネットが使えるなら何も問題はない。三輪さんもこう言ってはいるが、宿の電話を借りることはないだろう。
「食事は一階の食堂に来てください。夕食は六時から七時の間のお好きな時間に。朝食は七時から八時の間ですが相談には応じます」
「昼食をとれる店は、周辺にあるのですか」
「こっちの港は、この宿しかないので、沖ノ港周辺に出るしかないんですよ。有料ですが、カップラーメンや冷凍食品はお出しできます。お湯や電子レンジは自由に使ってください」
竜二さんが指差す先を見ると、ソファーセットの奥の台に電子レンジと温水ポットがあった。その横には紙カップとインスタントコーヒー、ティーバック、ミルクが置かれいて「フリー」と書かれている。これは嬉しい!
「あとは自分で食事に行くか、買い出しするかですね。部屋には冷蔵庫もついてますよ」
「街までの足はどうすれば?」
気になる点を三輪さんが聞いてくれる。
「事前に連絡があれば車を出しますし、町に行くついでに乗せていくことも可能です。その場合の迎えは応相談ですね。島にタクシーはありません。それから自由に使ってもらえる自転車が八台、建物裏に停めてあります」
「このペンションの裏手に?」
「そうです。ノートがあるので、借りる前と返した時に署名して使ってください」
僕も三輪さんも普段の足は自転車だ。そういえば、さっき見たパンフレットにも自転車で冲ノ港までの移動時間が書いてあったな。
「中心街まで自転車で片道一時間ですね」
僕の思案げな顔に気づいたのか、竜二さんが所要時間を教えてくれた。往復で二時間程度。少し遠いが仕事できてるわけではないのだ。そのくらいの時間なら、逆にサイクリンが楽しめると思えば問題はない。
「ありがとうございます」
「それで、東京からのお二人の部屋は202号室で、鍵はこっち」
「ありがとうございます。あれ、かわいい鍵ですね」
その鍵は平たい金属製で表面に小さな丸い窪みが多数彫られており、握り手の部分に付けられたチェーンの先には202と記された木彫りのクジラがぶら下がっていた。
「私のはイルカなんですよ。この宿のキーホルダーはシングルがイルカで、ダブルはクジラなんですよね」
「ええ、そうです。知人が長崎で工房をやってましてね。そこで作ってくれたんですよ」
高遠さんの手に握られた鍵を見れば、確かに躍動するイルカの木彫りがついていた。
「ゴホン」
そこで竜二さんは、わざとらしい咳をひとつして、僕たちの注意を集めた。
「それでは宿の説明をします。高遠さんはご存知でしょうが、念のためお聞きください」
「はい、もちろんです」
「ありがとうございます。えーまず約束事ですが、寝るときや部屋から出る時は、必ず施錠してください」
「ちょっと外へ出るだけでもですか?」
「まあ、洗顔くらいなら大丈夫ですが、入浴や食事の時は必ずお願いします」
「わかりました。気をつけます」
「すみませんね。昔、窃盗がありまして」
「泥棒ですか?」
「ええ、結局は漁師見習いで島に来ていた悪ガキがやってたんですがね。その時は犯人がわかるまで、宿泊客の間がかなりギクシャクしました」
「お互いが、あいつが怪しいと」
「そうです。なので、いらぬ疑いで関係が変にならないよう鍵はしっかりお願いします」
「承知しました」
僕と三輪さんは声をそろえ返事した。
「次に宿の設備ですが、トイレは各部屋と一階にあります。部屋のトイレの手洗いは狭いので、洗面や歯磨きなどは二階中央の男女別の洗面所をお使いください。風呂は一階にあります。お風呂は夕方の五時から夜の十一時まで。洗面場に一つだけあるシャワーブースと、外の水シャワーはご自由にお使いください。玄関は夜の十一時に施錠します。あと建物は見ての通り東西に横長で建っていますが、二階の東側に外階段がついています」
「二階から外へ出入りができるんですね」
「いえこちらは施錠してあります。すぐに開けられますが、防犯上問題があるので普段は使わず、非常出口と考えてください」
なるほど。そのドアは、昔あった窃盗事件で、もしかしたら侵入経路だったのかもしれない。非常時にすぐ解錠できるなら問題ないし、おそらく使うことはないだろう。我々が頷くのをみて竜二さんが説明を続ける。
「それから携帯電話は、島のこっち側では電波はつながりません」
「え、電波が? どの会社もダメですか?」
三輪さんと思わず顔を見合わせた。僕のスマホはAUで、三輪さんのはドコモだったはず。
「いろいろ試しましたが、どの会社もダメでした。無料wifiがあるので使ってください。パスワードは部屋の壁に書いてあります。あと、この電話もお貸しできますよ」
受付には、ファックス付きの電話が置かれている。しかしネットでメールや通話アプリが使えるなら電話は必要ないだろう……と思っていると、
「電話は、それ一台ですか?」
三輪さんが、珍しく食いついている。
「先輩、電話なんて使わないでしょ」
「いやアオイ、お前はどうか知らんが、電話は重要なライフラインやで。俺は山小屋でも、電話があるときは必ず場所を確認している」
「はあ、それはお見それしました」
恐縮する僕に竜二さんの笑い声が重なる。
「ははは、確かに重要ですよね。宿泊する方向けの電話はここだけですが、あと厨房奥のドアを開けたところ、その向こうは私たちの自宅なんですが、そこにもう一台あります」
「なるほど、ようわかりました。ありがとうございます」
「常識的な通話時間なら、ひとこと言っていただけたら、無料で大丈夫です」
「じゃあ、恋人との愛のささやきなら……」
「そのときに、相談しましょう」
そう言って、竜二さんは楽しそうに笑ったのだった。この島の滞在は五日間の予定だ。いまどきインターネットが使えるなら何も問題はない。三輪さんもこう言ってはいるが、宿の電話を借りることはないだろう。
「食事は一階の食堂に来てください。夕食は六時から七時の間のお好きな時間に。朝食は七時から八時の間ですが相談には応じます」
「昼食をとれる店は、周辺にあるのですか」
「こっちの港は、この宿しかないので、沖ノ港周辺に出るしかないんですよ。有料ですが、カップラーメンや冷凍食品はお出しできます。お湯や電子レンジは自由に使ってください」
竜二さんが指差す先を見ると、ソファーセットの奥の台に電子レンジと温水ポットがあった。その横には紙カップとインスタントコーヒー、ティーバック、ミルクが置かれいて「フリー」と書かれている。これは嬉しい!
「あとは自分で食事に行くか、買い出しするかですね。部屋には冷蔵庫もついてますよ」
「街までの足はどうすれば?」
気になる点を三輪さんが聞いてくれる。
「事前に連絡があれば車を出しますし、町に行くついでに乗せていくことも可能です。その場合の迎えは応相談ですね。島にタクシーはありません。それから自由に使ってもらえる自転車が八台、建物裏に停めてあります」
「このペンションの裏手に?」
「そうです。ノートがあるので、借りる前と返した時に署名して使ってください」
僕も三輪さんも普段の足は自転車だ。そういえば、さっき見たパンフレットにも自転車で冲ノ港までの移動時間が書いてあったな。
「中心街まで自転車で片道一時間ですね」
僕の思案げな顔に気づいたのか、竜二さんが所要時間を教えてくれた。往復で二時間程度。少し遠いが仕事できてるわけではないのだ。そのくらいの時間なら、逆にサイクリンが楽しめると思えば問題はない。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
旧校舎のフーディーニ
澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】
時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。
困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。
けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。
奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。
「タネも仕掛けもございます」
★毎週月水金の12時くらいに更新予定
※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。
※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。
学園ミステリ~桐木純架
よなぷー
ミステリー
・絶世の美貌で探偵を自称する高校生、桐木純架。しかし彼は重度の奇行癖の持ち主だった! 相棒・朱雀楼路は彼に振り回されつつ毎日を過ごす。
そんな二人の前に立ち塞がる数々の謎。
血の涙を流す肖像画、何者かに折られるチョーク、喫茶店で奇怪な行動を示す老人……。
新感覚学園ミステリ風コメディ、ここに開幕。
『小説家になろう』でも公開されています――が、検索除外設定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる