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第2章 一日目

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「高遠さんはシングルの209号室ですね」
「ありがとうございます」
「それで、東京からのお二人の部屋は202号室で、鍵はこっち」
「ありがとうございます。あれ、かわいい鍵ですね」

 その鍵は平たい金属製で表面に小さな丸い窪みが多数彫られており、握り手の部分に付けられたチェーンの先には202と記された木彫りのクジラがぶら下がっていた。

「私のはイルカなんですよ。この宿のキーホルダーはシングルがイルカで、ダブルはクジラなんですよね」
「ええ、そうです。知人が長崎で工房をやってましてね。そこで作ってくれたんですよ」

 高遠さんの手に握られた鍵を見れば、確かに躍動するイルカの木彫りがついていた。

「ゴホン」
 そこで竜二さんは、わざとらしい咳をひとつして、僕たちの注意を集めた。

「それでは宿の説明をします。高遠さんはご存知でしょうが、念のためお聞きください」
「はい、もちろんです」
「ありがとうございます。えーまず約束事ですが、寝るときや部屋から出る時は、必ず施錠してください」
「ちょっと外へ出るだけでもですか?」
「まあ、洗顔くらいなら大丈夫ですが、入浴や食事の時は必ずお願いします」
「わかりました。気をつけます」

「すみませんね。昔、窃盗がありまして」
「泥棒ですか?」
「ええ、結局は漁師見習いで島に来ていた悪ガキがやってたんですがね。その時は犯人がわかるまで、宿泊客の間がかなりギクシャクしました」
「お互いが、あいつが怪しいと」
「そうです。なので、いらぬ疑いで関係が変にならないよう鍵はしっかりお願いします」
「承知しました」

 僕と三輪さんは声をそろえ返事した。

「次に宿の設備ですが、トイレは各部屋と一階にあります。部屋のトイレの手洗いは狭いので、洗面や歯磨きなどは二階中央の男女別の洗面所をお使いください。風呂は一階にあります。お風呂は夕方の五時から夜の十一時まで。洗面場に一つだけあるシャワーブースと、外の水シャワーはご自由にお使いください。玄関は夜の十一時に施錠します。あと建物は見ての通り東西に横長で建っていますが、二階の東側に外階段がついています」

「二階から外へ出入りができるんですね」

「いえこちらは施錠してあります。すぐに開けられますが、防犯上問題があるので普段は使わず、非常出口と考えてください」

 なるほど。そのドアは、昔あった窃盗事件で、もしかしたら侵入経路だったのかもしれない。非常時にすぐ解錠できるなら問題ないし、おそらく使うことはないだろう。我々が頷くのをみて竜二さんが説明を続ける。

「それから携帯電話は、島のこっち側では電波はつながりません」
「え、電波が? どの会社もダメですか?」

 三輪さんと思わず顔を見合わせた。僕のスマホはAUで、三輪さんのはドコモだったはず。

「いろいろ試しましたが、どの会社もダメでした。無料wifiがあるので使ってください。パスワードは部屋の壁に書いてあります。あと、この電話もお貸しできますよ」

 受付には、ファックス付きの電話が置かれている。しかしネットでメールや通話アプリが使えるなら電話は必要ないだろう……と思っていると、

「電話は、それ一台ですか?」

 三輪さんが、珍しく食いついている。

「先輩、電話なんて使わないでしょ」
「いやアオイ、お前はどうか知らんが、電話は重要なライフラインやで。俺は山小屋でも、電話があるときは必ず場所を確認している」
「はあ、それはお見それしました」

 恐縮する僕に竜二さんの笑い声が重なる。

「ははは、確かに重要ですよね。宿泊する方向けの電話はここだけですが、あと厨房奥のドアを開けたところ、その向こうは私たちの自宅なんですが、そこにもう一台あります」

「なるほど、ようわかりました。ありがとうございます」
「常識的な通話時間なら、ひとこと言っていただけたら、無料で大丈夫です」
「じゃあ、恋人との愛のささやきなら……」
「そのときに、相談しましょう」

 そう言って、竜二さんは楽しそうに笑ったのだった。この島の滞在は五日間の予定だ。いまどきインターネットが使えるなら何も問題はない。三輪さんもこう言ってはいるが、宿の電話を借りることはないだろう。

「食事は一階の食堂に来てください。夕食は六時から七時の間のお好きな時間に。朝食は七時から八時の間ですが相談には応じます」

「昼食をとれる店は、周辺にあるのですか」
「こっちの港は、この宿しかないので、沖ノ港周辺に出るしかないんですよ。有料ですが、カップラーメンや冷凍食品はお出しできます。お湯や電子レンジは自由に使ってください」

 竜二さんが指差す先を見ると、ソファーセットの奥の台に電子レンジと温水ポットがあった。その横には紙カップとインスタントコーヒー、ティーバック、ミルクが置かれいて「フリー」と書かれている。これは嬉しい!

「あとは自分で食事に行くか、買い出しするかですね。部屋には冷蔵庫もついてますよ」
「街までの足はどうすれば?」

 気になる点を三輪さんが聞いてくれる。

「事前に連絡があれば車を出しますし、町に行くついでに乗せていくことも可能です。その場合の迎えは応相談ですね。島にタクシーはありません。それから自由に使ってもらえる自転車が八台、建物裏に停めてあります」
「このペンションの裏手に?」
「そうです。ノートがあるので、借りる前と返した時に署名して使ってください」

 僕も三輪さんも普段の足は自転車だ。そういえば、さっき見たパンフレットにも自転車で冲ノ港までの移動時間が書いてあったな。

 「中心街まで自転車で片道一時間ですね」

 僕の思案げな顔に気づいたのか、竜二さんが所要時間を教えてくれた。往復で二時間程度。少し遠いが仕事できてるわけではないのだ。そのくらいの時間なら、逆にサイクリンが楽しめると思えば問題はない。
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