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第2章 一日目
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「ああ、ここです。カフェブルーム。懐かしいな。まだあって良かったです」
カフェブルームは、港町の小さな繁華街といえるストリートの真ん中に、ポツンと看板を出していた。港として栄えた時代があったのだろう。この小道には多くの居酒屋やレストラン、そして少し怪しげなスナックやキャバレーらしき店が軒を連ねている。
しかし今現在、生き残っている店がどれだけあるのか、夜の喧騒など想像もつかなかった。
そんななか我らがカフェブルームは、なかなか活気のあるカラフルな店構えだ。南国リゾートの休憩所などを意識したのか、コンクリのビル壁には装飾用の木の板をめぐらし、入り口前には黒板看板なんかも出している。
今日のスペシャルランチはロコモコセットらしい。窓から覗く店内も清潔で明るそうだが、いかんせん両隣や同じビルの階上がさびれていて、少し物悲しくなってしまう。
「ロコモコも美味そうや。よし入りましょ」
そう言って三輪さんは木製の厚板にガラス窓が入った扉を開いた。
カララーン
扉の上端に鈴のような物が取り付けられていたらしい。あたりに涼やかな音が鳴り響く。
「さあ、どうぞ」と、背と腹に自分と僕の大きなザックを担いだまま、三輪さんは扉を押さえて彼女を招き入れた。レディファースト。なかなか気の利く男なのである。
「え、私もですか?」
彼女は驚きの声を上げる。言われてみれば、お互いの名前も知らない初対面の他人同士だ。ふらつく僕を心配して、親切にカフェまで付き添ってくれただけなのだろう。
「もちろんですよ、さあどうぞ」
そんな彼女の動揺を気にも留めず、我が先輩はグイグイと話を進めていく。
「でも、えーと、どうしましょう?」
「なに、どうせあなたもここで昼食を取られる予定やったんでしょ?」
「ええ、そのつもりでしたが……、え、なぜわかるんです?」
「別に驚くこともないでしょう。そんな大きな鞄を引っ張って、あの時間にあの場所にいたということは、この島へフェリーで着いたばかり。しかもこのカフェを我々に紹介してくれたときの話から、来島は久しぶりなことがわかります」
「確かに二年ぶりです。すごいですね」
「いえいえ。そしてあなたはこのカフェに着いたとき、嬉しいと言いましたね。我々に無駄足を踏ませたくなかったのもそうでしょう。でも、それ以上にあなたも、また来てみたいと考えていた思い出の店。違いますか?」
無理な標準語と関西弁のチャンポンで、猛然とまくし立てた三輪さんが、左腕を胸に当て、燕尾服姿の執事が来客を招き入れるかのように恭しくポーズを取った。
カフェブルームの店内は、やはり南国の島がコンセプトなのだろう。焦げ茶の板をワイルドに貼り付ける形で壁はデコレーションされ、照明や椅子、テーブルにもオリエンタルリゾート風デザインのものが使われている。ボリュームが抑えられたレゲエミュージックの陽気なリズムが、微かに鼓膜を刺激した。
「俺はロコモコ大盛りにアイスコーヒー!」
元気の良い大声で先輩は、注文を取りに来た、ちょび髭の店員さんにオーダーした。年格好から見て彼がこの店のマスターだろう。
「アオイ。お前も同じでええか?」
「勘弁してくださいよ、先輩。今の僕の胃に、肉とご飯は無理ですって」
そう言った僕の目の前に、洒落たデザインのメニューブックが差し出された。
「ほらここに、バニラアイスがありますよ。それにこのジャマイカンスープがとても優しい味で、美味しかった記憶があります」
彼女がメニューを指差してくれる。それにしてもまだ名前も聞いていないのか僕たちは。
「ありがとうございます。では、その二つにコーラを。えっと、それであなたは?」
「わたし? そうねわたしもロコモコ丼にしようかな。それとアイスティをください」
ちょび髭マスターは、笑顔でOKのサインをつくると、厨房へと引っ込んでいった。
「やっと落ち着いたな。船旅は疲れるわ」
そんなことを言いつつも、この人は全然疲れてない風に見える。当然だろう、夜行バスで早朝の登山口に降り立ち、三千メートル級の山へ向かうことも少なくない山男なのだ。飛行機と船のゆっくり旅で疲れるはずもない。
「えーっと、自己紹介が遅れましたね。今回は、ありがとうございました。僕は東京の東都文化大学二年の向井向葵と言います。この人は僕の先輩で、同じ大学の四年生の……」
「三輪旅人です。どうぞよろしく」
僕の紹介をぶったぎり入ってくるな。やはりどう見ても疲れてはいないだろう。
彼女はクスッと笑ったように見えた。丸く大きな目に、スッと通った鼻筋。ふんわりと少し大きく膨らんだ頬が、ややアンバランスだが、それが逆に彼女の優しい笑顔に合っている。まあ誰に聞いても、美人と答えるに違いないだろう。先輩がにやけるのも当然だ。
「こちらこそ、よろしく。高遠穂波です」
「ほなみさん?」
「ええ、稲穂の穂に、海の波で穂波です」
「ほなみさんか、可愛い響きで、高藤さんにピッタリですね」
「ありがとうございます。私は長崎の西国海洋大に通っていて、今は三年生です」
大学三年生ということは、現役合格なら僕より一つ歳上か。そっと横目で先輩の表情を窺う。先ほどより、やや厳粛な顔つきに変わっている。それはそうだろう。このタイミングで、行方不明の友人と同じ大学の人に会うなんて、そんなことが偶然であるはずがない。
「西国海洋大の三年生で、そしてこの時期に、皆島列島へ来られたということは……、これから向かう先は、大風島ですか」
「まあ、あなたは探偵さんなんですか。先ほどといい、何でも当ててしまうんですね」
そうでもないですよ、高遠さん。これには、僕でも答えが見えていたのだから。
「いや、そんなたいそうなもんやないです。恐らくですが、僕たちが大風島へ向かう理由が、あなたと一緒やからですよ」
「え、あなた方も大風島へ?」
「そうです。二年前に亡くなった友人を弔うためにね」
高遠さんの丸く可愛らしい目が、カッと見開かれ、ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。ああそうなのだ。彼女も友人を亡くしたのだ。二年前に、その島で。僕が何か口を開こうとしたそのとき、我々の目の前にちょび髭のマスターが、トレーを持って静かに現れた。
カフェブルームは、港町の小さな繁華街といえるストリートの真ん中に、ポツンと看板を出していた。港として栄えた時代があったのだろう。この小道には多くの居酒屋やレストラン、そして少し怪しげなスナックやキャバレーらしき店が軒を連ねている。
しかし今現在、生き残っている店がどれだけあるのか、夜の喧騒など想像もつかなかった。
そんななか我らがカフェブルームは、なかなか活気のあるカラフルな店構えだ。南国リゾートの休憩所などを意識したのか、コンクリのビル壁には装飾用の木の板をめぐらし、入り口前には黒板看板なんかも出している。
今日のスペシャルランチはロコモコセットらしい。窓から覗く店内も清潔で明るそうだが、いかんせん両隣や同じビルの階上がさびれていて、少し物悲しくなってしまう。
「ロコモコも美味そうや。よし入りましょ」
そう言って三輪さんは木製の厚板にガラス窓が入った扉を開いた。
カララーン
扉の上端に鈴のような物が取り付けられていたらしい。あたりに涼やかな音が鳴り響く。
「さあ、どうぞ」と、背と腹に自分と僕の大きなザックを担いだまま、三輪さんは扉を押さえて彼女を招き入れた。レディファースト。なかなか気の利く男なのである。
「え、私もですか?」
彼女は驚きの声を上げる。言われてみれば、お互いの名前も知らない初対面の他人同士だ。ふらつく僕を心配して、親切にカフェまで付き添ってくれただけなのだろう。
「もちろんですよ、さあどうぞ」
そんな彼女の動揺を気にも留めず、我が先輩はグイグイと話を進めていく。
「でも、えーと、どうしましょう?」
「なに、どうせあなたもここで昼食を取られる予定やったんでしょ?」
「ええ、そのつもりでしたが……、え、なぜわかるんです?」
「別に驚くこともないでしょう。そんな大きな鞄を引っ張って、あの時間にあの場所にいたということは、この島へフェリーで着いたばかり。しかもこのカフェを我々に紹介してくれたときの話から、来島は久しぶりなことがわかります」
「確かに二年ぶりです。すごいですね」
「いえいえ。そしてあなたはこのカフェに着いたとき、嬉しいと言いましたね。我々に無駄足を踏ませたくなかったのもそうでしょう。でも、それ以上にあなたも、また来てみたいと考えていた思い出の店。違いますか?」
無理な標準語と関西弁のチャンポンで、猛然とまくし立てた三輪さんが、左腕を胸に当て、燕尾服姿の執事が来客を招き入れるかのように恭しくポーズを取った。
カフェブルームの店内は、やはり南国の島がコンセプトなのだろう。焦げ茶の板をワイルドに貼り付ける形で壁はデコレーションされ、照明や椅子、テーブルにもオリエンタルリゾート風デザインのものが使われている。ボリュームが抑えられたレゲエミュージックの陽気なリズムが、微かに鼓膜を刺激した。
「俺はロコモコ大盛りにアイスコーヒー!」
元気の良い大声で先輩は、注文を取りに来た、ちょび髭の店員さんにオーダーした。年格好から見て彼がこの店のマスターだろう。
「アオイ。お前も同じでええか?」
「勘弁してくださいよ、先輩。今の僕の胃に、肉とご飯は無理ですって」
そう言った僕の目の前に、洒落たデザインのメニューブックが差し出された。
「ほらここに、バニラアイスがありますよ。それにこのジャマイカンスープがとても優しい味で、美味しかった記憶があります」
彼女がメニューを指差してくれる。それにしてもまだ名前も聞いていないのか僕たちは。
「ありがとうございます。では、その二つにコーラを。えっと、それであなたは?」
「わたし? そうねわたしもロコモコ丼にしようかな。それとアイスティをください」
ちょび髭マスターは、笑顔でOKのサインをつくると、厨房へと引っ込んでいった。
「やっと落ち着いたな。船旅は疲れるわ」
そんなことを言いつつも、この人は全然疲れてない風に見える。当然だろう、夜行バスで早朝の登山口に降り立ち、三千メートル級の山へ向かうことも少なくない山男なのだ。飛行機と船のゆっくり旅で疲れるはずもない。
「えーっと、自己紹介が遅れましたね。今回は、ありがとうございました。僕は東京の東都文化大学二年の向井向葵と言います。この人は僕の先輩で、同じ大学の四年生の……」
「三輪旅人です。どうぞよろしく」
僕の紹介をぶったぎり入ってくるな。やはりどう見ても疲れてはいないだろう。
彼女はクスッと笑ったように見えた。丸く大きな目に、スッと通った鼻筋。ふんわりと少し大きく膨らんだ頬が、ややアンバランスだが、それが逆に彼女の優しい笑顔に合っている。まあ誰に聞いても、美人と答えるに違いないだろう。先輩がにやけるのも当然だ。
「こちらこそ、よろしく。高遠穂波です」
「ほなみさん?」
「ええ、稲穂の穂に、海の波で穂波です」
「ほなみさんか、可愛い響きで、高藤さんにピッタリですね」
「ありがとうございます。私は長崎の西国海洋大に通っていて、今は三年生です」
大学三年生ということは、現役合格なら僕より一つ歳上か。そっと横目で先輩の表情を窺う。先ほどより、やや厳粛な顔つきに変わっている。それはそうだろう。このタイミングで、行方不明の友人と同じ大学の人に会うなんて、そんなことが偶然であるはずがない。
「西国海洋大の三年生で、そしてこの時期に、皆島列島へ来られたということは……、これから向かう先は、大風島ですか」
「まあ、あなたは探偵さんなんですか。先ほどといい、何でも当ててしまうんですね」
そうでもないですよ、高遠さん。これには、僕でも答えが見えていたのだから。
「いや、そんなたいそうなもんやないです。恐らくですが、僕たちが大風島へ向かう理由が、あなたと一緒やからですよ」
「え、あなた方も大風島へ?」
「そうです。二年前に亡くなった友人を弔うためにね」
高遠さんの丸く可愛らしい目が、カッと見開かれ、ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。ああそうなのだ。彼女も友人を亡くしたのだ。二年前に、その島で。僕が何か口を開こうとしたそのとき、我々の目の前にちょび髭のマスターが、トレーを持って静かに現れた。
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