漂流物

九時木

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漂流物

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 目が覚めると、時刻は十五時を過ぎており、窓から昼光が差していた。
 私は茶封筒を棚にしまい、手に握っていた貝殻を服のポケットに入れた。
 それから上着を羽織り、向かわねばならない場所のために準備をした。


 私は彼の母の家に着き、インターホンを鳴らした。
 再度鳴らし、しばらく待ってみたが、やはり返事はなかった。
 ドアノブに手を掛けると、ドアが開いた。
 家には鍵が掛かっていなかった。私は薄明かりに照らされた室内をそっと覗きながら、靴を脱ぎ、中に入った。

 リビングは酒瓶で散らかっていた。
 全ての瓶が倒れ、リビングのあちこちが酒浸しになっていた。
 彼の母は床で眠り込んでいた。修復されたばかりのソファは既に掻きむしった跡が見られ、使い古された家具のような有様になっていた。
 衣服はタンスから出されたまま、床に広がった酒を吸収し、アルコールのにおいを放っていた。
 彼の母は目をつむったまま唸り、寝返りを打っていたが、ふとこちらの気配に気がついた。

 「お終いさ」

 彼の母は生気のない声で呟いた。
 母の瞼は腫れ上がっており、泣き濡れた跡が残されていた。
 腫れた瞼が視界を遮っているせいか、彼の母にはほとんど目の前の光景が見えていないようだった。

 「何もかもお終いだ」

 彼の母は衰弱していた。身体は酔いで動かなくなり、小刻みに震えた手がだらりと床に向かって垂れ下がっていた。
 私は彼の母のもとにしゃがみ込み、母の腕を持った。
 腕の肉は削げ、枝のように細かった。私はあまりにも軽すぎるその腕を支えながら、彼の母をソファへと導いた。
 彼の母は意識が曖昧になっており、ソファへ倒れ込むようにして横たわった。
 私は彼の母の顔を覗き込み、相手の様子を伺っていた。

 「あたしももうお終いだよ」

 彼の母は天井に向かってせせら笑っていた。
 ふらついた腕を照明へと伸ばし、枯れた声で長く笑い続けた後、手をソファへと落とした。
 私は母の手にそっと触れ、両手で包み込んだ。
 そうして、彼の母の笑いが収まるのを待った。


 「何もしてやれなかった」

 私が彼の母の手を撫でていると、疲れきった彼の母が独り言のように呟いた。

 「あたしは息子に何もしてやれなかったんだ」

 彼の母には涙が滲んでいた。
 私は彼の母を見つめながら、そっと口を開いた。

 「彼はあなたを愛していました」

 私がそう言うと、彼の母はこちらに向かって目を動かし、尖った視線を送った。

 「知ったようなことを言うんじゃないよ」

 「愛していました」

 「やめておくれ」

 私がその言葉を繰り返すと、彼の母は懇願するように返し、大粒の涙を溢れさせた。
 私は母の手を撫で続けながら、目を合わせ、横たわったままの母をそっと抱いた。
 腕の中で、彼の母は声を上げて泣いた。詰まるような声で、私の背を固く掴むようにして泣いていた。
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