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漂流物
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「親愛なる君へ
君にこの手紙を送ったことを、どうか許してほしい。
僕が自分について誰かに打ち明けようかと考えた時、頭に浮かんだのは君だった。
最後まで読み終えた後、この手紙を好きにしてもらって構わない。
手紙の行方については、君の手に任せたい。
その『瞬間』がやって来る前に、僕はこの手紙を書き残しておきたかった。
僕は今、それぞれ別の世界を跨いでいる。一つ目は絶え間なく流れる世界。二つ目は永久に変わることの無い世界。
僕はもう少しで、二つ目の世界へ踏み出してしまうかもしれない。
だけど、それは誰かに促されたものでもなければ、誰かを誘うものでもない。
僕は自分自身と向き合わなければならない日が来た。ただそれだけなんだ。だから、ただ静かに見守っていてほしい。
君はその静けさが、いかに僕にとって大事なものであるかを知っている。
僕はそのことに気がついた。だから手紙は、やっぱり君に託したいと思ったんだ。
君といる時間は本当に楽しかった。
講義や美術館への誘いに付き合ってくれた時は、まさか本当に来てくれるとは思わなくて驚いたよ。
だけど嬉しかった。講義について話したことも、美術館で一緒に作品を鑑賞したことも、良い思い出になった。
君とはできる限り一緒にいたいと思った。だけど僕は臆病者だから、君から遠ざかってしまった。
大事に思えば思うほど、離れたくなってしまうんだ。そのくせに、離れれば離れるほど苦しくなってくる。
僕は君をそんなことで巻き込んでばかりだった。だけど、そんな僕にも君は優しくしてくれた。
僕が絶望に打ちひしがれた時も、君は静かに寄り添ってくれた。
僕は君に何度も救われたよ。本当にありがとう。
僕は母さんにどう接すればいいのか、何もわからずにいた。
僕は母さんのためになることを、できる限り尽くしたいと思った。
だけど、僕は母さんにあまりにも多くを求めすぎたのかもしれない。
母さんは父さんがいなくなってから別人のようになってしまったと、僕は以前君に言ったけれど、もしかすれば、本当に変わったのは僕の方かもしれないんだ。
母さんは昔から嘘をつかない人だった。嬉しい時は喜び、悲しい時は悲しむ人だった。
だけど僕は、自分の感情を上手く言い表すことができなかった。嬉しい時も悲しい時も、とにかく笑っていなければと思う自分がいた。
僕はその表情に慣れすぎてしまった。そのせいで、本当の喜びや悲しみというものが何であるかを思い出せなくなってしまっていた。
母さんから思い出話を聞いている時、僕はいつも笑っていた。
母さんは嘘をつかない。だから、母さんが楽しそうに話す時は、それは本当に楽しいことだと思っていたんだ。
だけど時が経つにつれ、僕は楽しげに話す母さんから段々と遠ざかるようになった。
母さんは幸せそうな顔をしていたけれど、酒の量は日に日に増えて、身体はどんどん蝕まれていった。
何故だかどうしようもなく胸が締め付けられるような思いがしてきて、僕はついにその姿に耐えられなくなってしまった。
僕が母さんを何度も病院に連れて行こうとしたことも、母さんが必死に抵抗したことも、既に君に伝えたと思う。
僕にはもう正解がわからなくなってしまっていた。母さんから遠ざかるべきか、付き添うべきか、何もかもわからなくなってしまったんだ。
何もわからなくなって、母さんと同じように酒に入り浸って、破滅の道を辿ろうとした時だった。
僕は君と出会い、君のまっすぐな目を見た。
僕は『この人の前では、格好をつけなくては』なんて思ったりして、ちょっと構えた話をしてみた。
だけど、君はそんな僕の話にじっと耳を傾けてくれた。
君は僕のどんな話も、真剣に聞いてくれたね。
自分自身のした話を思い出すと、僕はほんの少し恥ずかしくなってしまうのだけれど、君はそんな僕でも懸命に理解しようとしてくれた。
君といる間、僕はありのままの自分でいられた。喜びとは何であるか、悲しみとは何であったかを思い出し、君に思いのままに語ることができた。
君と過ごしている時、僕はいつの間にか嘘のつき方を忘れて、心のままに笑っている自分がいることにも気がついたんだ。
君は僕に幸せをもたらしてくれた。そのことについては、再度礼を言わせて欲しい。
僕は直にあらゆるものから遠ざかってしまうかもしれない。
きっと、自分の意思で遠ざかるだろう。だけど、どうか思い詰めないでくれ。
僕は君と共有したものを手紙に添えておいた。だから、もし寂しくなった時は、その存在を思い出してほしい。
その存在は、朽ちることもなければ消えることもない。君が残したいと思う限り、いつまでも君のそばに残ってくれるだろう。
僕たちが分かちあった思い出を、ここで君に託そう。
別れの時間が来た。僕は人生で最後の一歩を踏み出した。
今までありがとう、そしてさようなら。またいつの日か。
何処かで君に会えることを願っているよ」
君にこの手紙を送ったことを、どうか許してほしい。
僕が自分について誰かに打ち明けようかと考えた時、頭に浮かんだのは君だった。
最後まで読み終えた後、この手紙を好きにしてもらって構わない。
手紙の行方については、君の手に任せたい。
その『瞬間』がやって来る前に、僕はこの手紙を書き残しておきたかった。
僕は今、それぞれ別の世界を跨いでいる。一つ目は絶え間なく流れる世界。二つ目は永久に変わることの無い世界。
僕はもう少しで、二つ目の世界へ踏み出してしまうかもしれない。
だけど、それは誰かに促されたものでもなければ、誰かを誘うものでもない。
僕は自分自身と向き合わなければならない日が来た。ただそれだけなんだ。だから、ただ静かに見守っていてほしい。
君はその静けさが、いかに僕にとって大事なものであるかを知っている。
僕はそのことに気がついた。だから手紙は、やっぱり君に託したいと思ったんだ。
君といる時間は本当に楽しかった。
講義や美術館への誘いに付き合ってくれた時は、まさか本当に来てくれるとは思わなくて驚いたよ。
だけど嬉しかった。講義について話したことも、美術館で一緒に作品を鑑賞したことも、良い思い出になった。
君とはできる限り一緒にいたいと思った。だけど僕は臆病者だから、君から遠ざかってしまった。
大事に思えば思うほど、離れたくなってしまうんだ。そのくせに、離れれば離れるほど苦しくなってくる。
僕は君をそんなことで巻き込んでばかりだった。だけど、そんな僕にも君は優しくしてくれた。
僕が絶望に打ちひしがれた時も、君は静かに寄り添ってくれた。
僕は君に何度も救われたよ。本当にありがとう。
僕は母さんにどう接すればいいのか、何もわからずにいた。
僕は母さんのためになることを、できる限り尽くしたいと思った。
だけど、僕は母さんにあまりにも多くを求めすぎたのかもしれない。
母さんは父さんがいなくなってから別人のようになってしまったと、僕は以前君に言ったけれど、もしかすれば、本当に変わったのは僕の方かもしれないんだ。
母さんは昔から嘘をつかない人だった。嬉しい時は喜び、悲しい時は悲しむ人だった。
だけど僕は、自分の感情を上手く言い表すことができなかった。嬉しい時も悲しい時も、とにかく笑っていなければと思う自分がいた。
僕はその表情に慣れすぎてしまった。そのせいで、本当の喜びや悲しみというものが何であるかを思い出せなくなってしまっていた。
母さんから思い出話を聞いている時、僕はいつも笑っていた。
母さんは嘘をつかない。だから、母さんが楽しそうに話す時は、それは本当に楽しいことだと思っていたんだ。
だけど時が経つにつれ、僕は楽しげに話す母さんから段々と遠ざかるようになった。
母さんは幸せそうな顔をしていたけれど、酒の量は日に日に増えて、身体はどんどん蝕まれていった。
何故だかどうしようもなく胸が締め付けられるような思いがしてきて、僕はついにその姿に耐えられなくなってしまった。
僕が母さんを何度も病院に連れて行こうとしたことも、母さんが必死に抵抗したことも、既に君に伝えたと思う。
僕にはもう正解がわからなくなってしまっていた。母さんから遠ざかるべきか、付き添うべきか、何もかもわからなくなってしまったんだ。
何もわからなくなって、母さんと同じように酒に入り浸って、破滅の道を辿ろうとした時だった。
僕は君と出会い、君のまっすぐな目を見た。
僕は『この人の前では、格好をつけなくては』なんて思ったりして、ちょっと構えた話をしてみた。
だけど、君はそんな僕の話にじっと耳を傾けてくれた。
君は僕のどんな話も、真剣に聞いてくれたね。
自分自身のした話を思い出すと、僕はほんの少し恥ずかしくなってしまうのだけれど、君はそんな僕でも懸命に理解しようとしてくれた。
君といる間、僕はありのままの自分でいられた。喜びとは何であるか、悲しみとは何であったかを思い出し、君に思いのままに語ることができた。
君と過ごしている時、僕はいつの間にか嘘のつき方を忘れて、心のままに笑っている自分がいることにも気がついたんだ。
君は僕に幸せをもたらしてくれた。そのことについては、再度礼を言わせて欲しい。
僕は直にあらゆるものから遠ざかってしまうかもしれない。
きっと、自分の意思で遠ざかるだろう。だけど、どうか思い詰めないでくれ。
僕は君と共有したものを手紙に添えておいた。だから、もし寂しくなった時は、その存在を思い出してほしい。
その存在は、朽ちることもなければ消えることもない。君が残したいと思う限り、いつまでも君のそばに残ってくれるだろう。
僕たちが分かちあった思い出を、ここで君に託そう。
別れの時間が来た。僕は人生で最後の一歩を踏み出した。
今までありがとう、そしてさようなら。またいつの日か。
何処かで君に会えることを願っているよ」
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