44 / 49
不在: 居酒屋〜海
44
しおりを挟む
彼と私は堤防に座りながら、海を眺めていた。
海は街灯の薄明かりによって、ほんのわずかに輪郭が見えていた。
波は寄せては返し、私たちの目の前で、紺色の海水をひたすらかき混ぜていた。
「家を出たのは昼頃だったんだ」
波の動きを目で追っていると、彼が隣で静かに話を始めた。
「家の中は今朝、母さんが寝込んでいる間に片付けた。
それから街中まで出かけて、しばらく歩いていたんだけれど、ふと海を見たくなってさ」
私は波から彼に視線を移した。
彼は膝に腕を置き、淀んだ目で海を眺めていた。
彼は疲れ果てているようだった。髪は風でやや乱れ、目は半分ほど瞼で覆われていた。
「一日中歩いていたのか」と私が尋ねると、彼はこちらに振り向き、ぎこちない笑みを浮かべてみせた。
その後、彼は口を閉ざし、再び海に目を移した。
眼前では、波が絶え間なく打ち寄せ、白っぽい泡を吐き出していた。
私は目をつむり、波音に耳を澄ませた。
波音は奥から手前へと移動し、迫り来るようなざわめきを立てた直後、静かに横へと広がった。
「以前、君が『海へ行こう』と誘ってくれた時さ」
しばらくすると、暗闇に波音が響く中、彼の声がそっと聞こえた。
「正直、本当に行こうか迷っていたんだ。昔の出来事を思い出してしまいそうだったから」
私は彼の呟きに意識を集中させ、ゆっくりと目を開けた。
隣を振り向くと、彼が海に視線を向けながら、話を続けていた。
「だけど、君と貝拾いをしているうちに、段々と楽しくなってさ。あれほど夢中になれたのは久々だったよ。
海はやっぱり、僕にとって思い出深い場所なんだ。君はそのことを思い出させてくれた。僕と貝を一緒に探して、新しい思い出も作ってくれた。
僕が今ここにいるのは、君のおかげなんだ。だから、再度礼を言わせてほしい。あの時、海に誘ってくれてありがとう」
その言葉を言い終えると、彼は私の方を振り向き、柔らかな笑みを浮かべた。
私は彼と目を合わせながら、彼の首に手を掛けた。
私たちは静かに抱き合った。長い間、互いの思いを確かめるようにして身体を寄せ合い、じっとしていた。
「また貝拾いをしようか」
私は彼の腕の中で温められながら、彼に話しかけた。
「真っ暗だからね。果たして見つかるかな」
彼は少し悪戯っぽく笑い、私の頭をそっと撫でた。
私は彼を見上げ、「それでは、海に足を浸からせるのはどうか」と別の遊びを提案をした。
彼は「足が凍ってしまうだろうね」と笑ったが、直後にこう付け加えた。
「試してみる価値はあるかもしれないな」
私たちは靴を脱ぎ、二人で夜の海を歩いた。
裸足になった片足を、恐る恐る海水に浸すと、冷たい温度が全身に伝った。
私たちは軽い悲鳴を上げ、そして笑った。
辺りには誰もおらず、私たちの声と波音だけが暗闇の中で響き渡っていた。
私たちは砂浜に座り込み、固まった片足に砂をまぶした。
砂の滑らかな感触が肌を流れ、地面へと落ちた時、私たちは顔を見合わせ、互いの顔に満足げな表情を読み取った。
遊び疲れた私たちは、砂浜に寝転がり、夜空を眺めた。
空は漆黒に塗りつぶされ、星々が爛々と光って見えた。
夜風が通過した時、私は彼の方を向いた。
彼は私の視線に気がつき、頭を私の方に向けた。
彼の目は鮮やかな色に戻りつつあった。私はその瞳の奥を覗きながら、彼の言葉を待った。
彼はそっと口を開き、その言葉を彼特有の朗らかな声に乗せた。
「幸せだな」
海は街灯の薄明かりによって、ほんのわずかに輪郭が見えていた。
波は寄せては返し、私たちの目の前で、紺色の海水をひたすらかき混ぜていた。
「家を出たのは昼頃だったんだ」
波の動きを目で追っていると、彼が隣で静かに話を始めた。
「家の中は今朝、母さんが寝込んでいる間に片付けた。
それから街中まで出かけて、しばらく歩いていたんだけれど、ふと海を見たくなってさ」
私は波から彼に視線を移した。
彼は膝に腕を置き、淀んだ目で海を眺めていた。
彼は疲れ果てているようだった。髪は風でやや乱れ、目は半分ほど瞼で覆われていた。
「一日中歩いていたのか」と私が尋ねると、彼はこちらに振り向き、ぎこちない笑みを浮かべてみせた。
その後、彼は口を閉ざし、再び海に目を移した。
眼前では、波が絶え間なく打ち寄せ、白っぽい泡を吐き出していた。
私は目をつむり、波音に耳を澄ませた。
波音は奥から手前へと移動し、迫り来るようなざわめきを立てた直後、静かに横へと広がった。
「以前、君が『海へ行こう』と誘ってくれた時さ」
しばらくすると、暗闇に波音が響く中、彼の声がそっと聞こえた。
「正直、本当に行こうか迷っていたんだ。昔の出来事を思い出してしまいそうだったから」
私は彼の呟きに意識を集中させ、ゆっくりと目を開けた。
隣を振り向くと、彼が海に視線を向けながら、話を続けていた。
「だけど、君と貝拾いをしているうちに、段々と楽しくなってさ。あれほど夢中になれたのは久々だったよ。
海はやっぱり、僕にとって思い出深い場所なんだ。君はそのことを思い出させてくれた。僕と貝を一緒に探して、新しい思い出も作ってくれた。
僕が今ここにいるのは、君のおかげなんだ。だから、再度礼を言わせてほしい。あの時、海に誘ってくれてありがとう」
その言葉を言い終えると、彼は私の方を振り向き、柔らかな笑みを浮かべた。
私は彼と目を合わせながら、彼の首に手を掛けた。
私たちは静かに抱き合った。長い間、互いの思いを確かめるようにして身体を寄せ合い、じっとしていた。
「また貝拾いをしようか」
私は彼の腕の中で温められながら、彼に話しかけた。
「真っ暗だからね。果たして見つかるかな」
彼は少し悪戯っぽく笑い、私の頭をそっと撫でた。
私は彼を見上げ、「それでは、海に足を浸からせるのはどうか」と別の遊びを提案をした。
彼は「足が凍ってしまうだろうね」と笑ったが、直後にこう付け加えた。
「試してみる価値はあるかもしれないな」
私たちは靴を脱ぎ、二人で夜の海を歩いた。
裸足になった片足を、恐る恐る海水に浸すと、冷たい温度が全身に伝った。
私たちは軽い悲鳴を上げ、そして笑った。
辺りには誰もおらず、私たちの声と波音だけが暗闇の中で響き渡っていた。
私たちは砂浜に座り込み、固まった片足に砂をまぶした。
砂の滑らかな感触が肌を流れ、地面へと落ちた時、私たちは顔を見合わせ、互いの顔に満足げな表情を読み取った。
遊び疲れた私たちは、砂浜に寝転がり、夜空を眺めた。
空は漆黒に塗りつぶされ、星々が爛々と光って見えた。
夜風が通過した時、私は彼の方を向いた。
彼は私の視線に気がつき、頭を私の方に向けた。
彼の目は鮮やかな色に戻りつつあった。私はその瞳の奥を覗きながら、彼の言葉を待った。
彼はそっと口を開き、その言葉を彼特有の朗らかな声に乗せた。
「幸せだな」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
姉らぶるっ!!
藍染惣右介兵衛
青春
俺には二人の容姿端麗な姉がいる。
自慢そうに聞こえただろうか?
それは少しばかり誤解だ。
この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ……
次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。
外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん……
「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」
「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」
▼物語概要
【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】
47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在)
【※不健全ラブコメの注意事項】
この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。
それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。
全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。
また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。
【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】
【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】
【2017年4月、本幕が完結しました】
序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。
【2018年1月、真幕を開始しました】
ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
診察券二十二号
九時木
現代文学
拒否の原理、独断による行動。
正当性、客観性、公平性を除去し、意思疎通を遮断すること。
周囲からの要求を拒絶し、個人的見解のみを支持すること。
ある患者は診察券を携帯し、訳もなく診療所へ向かう。
ノイズノウティスの鐘の音に
有箱
現代文学
鐘の鳴る午前10時、これは処刑の時間だ。
数年前、某国に支配された自国において、原住民達は捕獲対象とされていた。捕らえられれば重労働を強いられ、使えなくなった人間は処刑される。
逃げなければ、待つのは死――。
これは、生きるため逃げ続ける、少年たちの逃亡劇である。
2016.10完結作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる