漂流物

九時木

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閉ざされた扉: 居酒屋〜マンション

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 居酒屋から離れ、まだ日が暮れて間もない頃、私たちは彼の母が住むマンションへ向かっていた。
 住宅街の通りを歩き、エレベーターで五階まで上がると、扉の前にたどり着いた。

 「予め言っておくと、母さんは断ってしまうだろうから」

 彼は母に対して、事前に私の訪問を告げなかった。
 彼はそのことを説明しながら、扉の前でぎこちない笑みを浮かべていた。


 彼が鍵を開けると、薄暗い室内が目に飛び込んだ。
 廊下には何十本もの空の瓶が置かれており、鼻をつくようなアルコールのにおいが漂った。
 彼は上着を脱ぎながら、居間に向かって帰宅の挨拶をした。
 しかし、居間からの返事はなかった。
 私たちは顔を見合せ、そっと奥へ進んだ。


 「誰だい」

 忍び足で歩いていると、唸るような声が薄暗闇から聞こえた。
 声の聞こえた方へ振り向くと、ソファで彼の母が寝転がりながら、こちらを睨めつけていた。
 彼の母は目が落ちくぼんでいた。首元は骨に皮膚が張り付いたように痩せこけ、老け込んで見えた。

 「ただいま、母さん。今日はお客さんを連れてきたよ。
 突然で申し訳ないのだけれど、彼女を紹介させてくれないかな」

 彼はそう言うと、そっと母に微笑みかけた。
 しかし、彼の母はしかめ面をし、ショットグラスを不機嫌そうに置きながら、返した。

 「さっさと出ていけ。余所者に用はないよ」

 彼の母がそう言うと、彼は少し慌てて「彼女は僕の友人だ」と付け足した。

 「バイト先で知り合ったんだ。彼女はお客さんとして通ってくれている。よく話す間柄なんだよ」

 彼は母を見つめながら、粘り強く説明を続けた。
 彼の母は何かを噛み締めるような顔をし、ソファから起き上がった。

 「うちの息子を連れ回しているのは、あんたかい」

 彼の母は空のショットグラスを再び持ち、鋭い音を立ててテーブルに置いた。
 「そろそろ酒を買わなくちゃいけないね、あんた」と、母は床に転がった瓶を眺めながら、彼に言った。
 母はまるで居間に二人しかいないような調子で、彼に話しかけていた。
 ふと私と目が合うと、母は「さっさと出ていきな」とぶっきらぼうに告げ、再び瓶に目を移した。
 彼は振り向き、私に申し訳なさそうな視線を送った。
 その視線に気がついた母は、早口でまくし立てた。

 「あたしが悪いとでも言うような顔だね。何も言わずに家に踏み込んだのは、あんたの方だと言うのに。
 それに、微塵も帰る様子を見せないなんて、あんたは、一体どういった根性をしているんだい」

 『あんた』と言った母の視線は、突き刺すように鋭く、まっすぐと私の方に向けられていた。
 母は私に対し、敵意をむきだしにしていた。
 私は引き返そうか悩んだが、そうするわけにもいかなかった。
 私は突然の訪問を謝ってから、母に向かって言った。

 「少し、お尋ねしても構いませんか」
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