漂流物

九時木

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漂流者

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 砂浜には様々なものが落ちていた。
 遥か彼方から運ばれてきた流木、色褪せた海藻。
 真っ白な貝殻に、粉々に砕けたプラスチックやガラスの欠片。
 残骸を一掴みすれば、手のひらには木の粗さ、固形物の固さ、海藻のぬめりが一度に伝い、手の隙間からぼろぼろと落ちていく。
 それらを蹴り上げれば、砂埃とともに、塩の匂いがあちこちに漂う。


 私は冬の海を歩いていた。
 街灯は遠く離れた所にあり、薄明かりで海を照らしていた。
 砂浜がぼんやりと浮かび、白い貝殻が暗闇に浮かび上がるようにして目に映る。
 私は一枚の貝殻を拾った。まとわりついた砂を払い、息を吹きかけると、規則的に並んだひだが現れた。
 片割れを見つけるため、私はその場にしゃがみ込んだ。
 一枚一枚拾い、二枚を合わせてみるが、大きさや形が違い、なかなか揃わない。
 僅かなずれによって、小さな方が大きな方にきっちりと嵌ってしまい、取れなくなってしまった。
 爪でかき取っているうちに、貝殻にひびが入り、貝殻の縁が欠けた。
 それを何度か繰り返しているうちに、私は貝を探すのが段々と面倒になり、いつの間にか、遠い景色を眺めるようになっていた。


 彼が死んでから数日が経つ。
 横を振り向いてみたが、そこに彼の姿はない。ただ浜辺が奥まで広がっているだけだった。
 夜風が身体を吹き抜ける。凍てつくような温度が身を震わせ、私にくしゃみをさせる。
 海には誰一人いなかった。昼のような騒々しさはなく、犬の鳴き声も聞こえなければ、人の話し声も聞こえない。
 薄暗闇の中では、たださざ波が寄せては返り、耳をくすぐるか、自分のくしゃみが静寂を貫くばかりだった。

 単調な音と色が、夜の海を占めている。私の意識はその中に埋められ、人間としての存在を忘れていく。
 夜の海と一体化し、手足の感覚が失われる。
 夜は、何者かであったはずの私に、何者でもないという感覚を与え、更に自分の体を抜け殻としてここに置き去りしてしまっても構わないのだと、そう私に囁く。
 私はその言葉に従い、かつて足のあった箇所を海水に浸す。まもなく、凍てつくような冷たさが身体中に伝わる。
 その温度は痛みに変わり、全身を蝕む。私は顔に笑みを浮かべ、その瞬間に対して、満ち足りたような感情を抱く。


 『二つの存在は、唯一の存在を作る』


 ぱしゃぱしゃと音を立てながら、かつて彼が言った言葉を思い出す。


 『例えるなら、それは二枚の貝殻だ』


 それは、唯一の二つの存在でなければならなかった。
 どちらかが大きすぎるか、あるいは小さすぎるかでは、どうしてもぴったりと重ならない。
 同じ大きさと形を持った時、私たちは初めて二つの存在として海を漂い、隠れたもう一方の存在を追い求めるようになる。
 うねるような波の動きと、隙間から溢れ出るあぶくの動き。私たちはその中でもがき、足掻き、そして巡り会った。
 互いの存在を合わせると、ぴったりと重なった。それは私たちにとって、全てを意味していた。

 世界は海に覆われ、塩のにおいが辺りに漂った。私たちはほとんど毎日、この海を訪れ、水浴びや貝拾いをして遊んだ。
 幸せな日々だった。毎日が喜びと安らぎに満ちていた。
 しかし、今隣に見えるのは、何処までも続く砂浜だけだ。
 彼は砂埃になった。冷たい夜風になった。肌がそれらを受け止め、後ろへと流している。
 寒い夜だった。冬の海がこれほどに寒いものかと、初めて言った独り言が、誰もいない場所でこだましていた。
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