NATE

61. アラン

　私はダンを探しに、待合室や外を探し回った。
　しかし、彼は既に姿を消していた。彼は病院の何処にもいなかった。

　私は肩を落とし、腕時計を見た。
　時刻は午前11時を過ぎていた。ウィルとの約束があったので、私はひとまず彼の家に向かうことにした。


　彼の家に着き、私はインターホンを数回鳴らした。
　ウィルは応答しなかった。ドアノブに手をかけると、扉が自ずと開いた。

　不穏な気配がした。私は訝しみながら、そのままそっと中に入った。


　廊下はひどい有様だった。ワインボトルがボウリングピンのように倒れており、私は足の置き場に困った。

　部屋はアルコールの臭いが充満していた。恐る恐るリビングに向かうと、私は驚きのあまり叫び声を上げた。

　「ウィル！」

　ウィルは床に倒れ、ぐったりとしていた。
　私は彼のもとに駆けつけ、背を腕で支えた。

　彼の目はぼんやりとしており、焦点が定まっていなかった。
　彼は手にワインボトルを持ったまま、薄ら笑いを浮かべていた。

　「何があったのですか」私は脈が速くなるのを必死に抑えながら、ウィルに尋ねる。
　ウィルは天井を見つめながら、たった今私に気がついたようにこちらを見つめ、か細い声で言った。

　「どうやら、僕は飲みすぎてしまったようだよ」


　ソファに彼を寝かせ、コップ一杯の水を彼に差し出す。
　「悪いね」と、ウィルは参ったように額に手を当てながら、私に礼を言った。

　私は机の上のペンに目を移した。ペンは真っ二つに折れ、原稿用紙は黒いインクで染まっていた。

　「何があったのか、教えていただけますか？」

　私はウィルの方へ振り向き、その真っ青な顔を眺める。
　
　「『若者よ、お前の若さを喜ぶがよい。青年時代を楽しく過ごせ……』」

　ウィルは私の問いに答える様子もなく、独り口ずさむ。

　「教えてください」私はウィルに詰め寄り、彼の顔を覗き込んだ。
　ウィルは私の顔をじっと見ていた。私がそのまま見返していると、彼は何気なく話を始めた。

　「今日は友人の命日でね。色々と思い出して、飲みすぎてしまったんだよ」

　ウィルの意外な言葉に、私は目を丸くする。彼はコップの水をちびちびと飲みながら、私に言った。


　「彼はまだ16歳だった。あんな死に方をするには、まだ早すぎたんだ……。
　彼には夢があった。人を幸せにしたいという夢が。だが、それもついに叶わなかった。

　わかってくれるかい。僕はね、これ以上若者が夭折ようせつするのを見たくはないんだ」

　ウィルがコップを握りしめ、テレビに視線を向ける。
　テレビは付けっぱなしだった。画面には、昨晩の発砲事件の映像が流れており、JACKのメンバーが次々と倒れていった。

　「あまりにもあっけない死だった。彼は自ら車道に飛び出した。その死は僕の心に大きな傷を残したんだ」

　ウィルは横たわったまま、コップをテーブルに置く。
　ソファには、彼の書いた『分身』がページを開いたままひっくり返されていた。

　彼は『分身』を手に取り、ぱらぱらとページをめくった。


　10月24日。その日は確かにアランの命日だった。
　主人公の友人アランは、父と喧嘩をした後、車道に出てそのまま轢かれてしまったのだ。

　「僕は家を出て、長い旅に出かけた。エスニックレストランから地元のバーまで、行ける所は何処にでも行った。それでも傷は癒えなかった」

　主人公は、アランを失った後、心を癒すために長旅に出る。
　しかし、その傷はなかなか癒えることがない。ウィルは今、『分身』の物語を思い出し、心を痛めているのかもしれなかった。
　私はその小説の表紙を見ながら、静かに口を開いた。

　「あなたの書いた『分身』は、私にとっても心に残る小説です。
　主人公が友人を失った時の喪失感は、今でも忘れられません」

　私がそう言うと、ウィルは真面目な表情で私を見た。
　しばらく沈黙が訪れたが、次の彼の言葉は、私に衝撃を走らせた。

　「『分身』は、ほとんどノンフィクション小説なんだよ」