診察券二十二号

九時木

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半月の錠剤、目、そして笑み

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 意識が半分眠っているようだ。
 水中のような、ぼんやりとした世界に包まれている。
 水面が気だるげに揺れる中、いつまで経っても暮れない日がこちらを見下ろしている。
 真っ白な日差しが視界を覆い尽くす。頭の形をした錨が、海に沈んでいく。光と酸素の届かない世界へ、意識が静かに落ちていく。


 昨夜に薬を飲んでから、僕の意識は曖昧になっていた。
 夜中は何度目が覚めたか覚えていない。ただ途切れ途切れに意識があったりなかったりした感覚だけが残っている。
 何度も中途覚醒しているはずなのだが、寝不足の時のような眠気はない。
 筋肉のこわばりが消え、今は脱力感が身体を制している。薬特有の感覚だ。


 何をするにも力が上手く入らない。
 いつも通りには荷物を持ち上げたり、皿を洗ったりすることができない。
 腕で作業をしているというよりも、全身の力を使って作業をしているような感覚がある。
 心臓の動きも妙だ。運動時は、通常なら心拍数が上がり、ある程度の鼓動を実感するはずなのだが、薬の服用時にはそれがない。
 外部から脈動を押さえつけられているような感覚があり、恐ろしいほどに脈が静まり返っている。
 どれだけ歩いても、体温が上昇しても、心臓は安静時と同じように静かなままだ。
 全力で走っているのに、身体はぐっすり眠っているような、そんな奇妙な感覚だ。


 「以前の薬は、お身体に合いませんでしたか」

 数日前の医師は僕に問うていた。僕は先日処方された漢方薬について、医師に相談していた。

 「やはり、副作用が強く出ました」

 服用後、早速激しい頭痛に見舞われた。薬が原因かは定かでないが、中断した後に症状は和らいだ。
 しかし、頭痛という副作用は、以前処方された時には起こらなかったものである。
 総合的に見れば、薬が原因かは定かではない。が、僕は敢えて薬に疑いをかけてみる。

 「血行不良か、別の理由だと思ったんですが。服用を中断した後、症状は治まりました」

 「そうか。それなら、原因は薬だね」

 医師は微笑む。信じるのか、いとも簡単に。なんだかこちらが試されているような気分だ。

 「今回のものは、副作用が強く出たけどね。薬は他にもあるんだよ」

 この医師は、一体何をする気なのだろう。
 僕はある知り合いが治験バイトに参加したことについて思い出す。妙なタイミングで思い出が蘇るものだ。

 「そうだな。比較的、副作用が弱いものがあるから、一度そちらを試してみるのはどうだい」


 そういうわけで、僕の意識は曖昧になった。
 僕が副作用を懸念する患者であることに、ある程度配慮したのだろう。医師が処方した薬は、ご丁寧にも一錠を半分に割って袋詰めされていた。
 半錠の薬が手のひらに乗っている。その断面は粉っぽく、石灰岩を砕いたように白い。

 一体何が入っているというのだろう。僕はインターネットで調べ始める。
 最近開発された新薬のようだ。聞き慣れない化学名が並んでおり、何とも人工的な響きをしている。
 半錠の薬が半月のように笑っている。きっと、僕の気のせいだろう。
 僕は薬を口に放り込み、水で喉へ、胃へと流し込んだ。


 体内で溶けた錠剤が、僕の意識を底へ沈める。
 一日で効果が出るような薬ではなく、単なるプラセボ効果であり、これは僕の思い込みなのしれない。
 しかし、思い込みで心臓が静まり返るというのならば、それはそれでめでたい話だ。

 世界は恐ろしい。無防備なままでは恐ろしいので、僕は錠剤を握る。
 握ってはみるが、手にしたものが安全な武器であるという保証はない。
 武器を手にしても、かえって恐ろしくなるばかりで、世界や武器に対する恐怖心だけが、唯一僕の自我を支えているようだ。
 この内に潜んだ盾が、いつまで持つのかはわからない。手にするべきものであるかも定かでない。
 定かでないが、僕は笑う。盾を構えながら、錠剤の前で笑う。
 力が入らずとも、笑うことはできるらしい。
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