崖先の住人

九時木

文字の大きさ
上 下
3 / 72
1章: 健忘

3. 栗髪の女

しおりを挟む
 次に目を覚ました頃、時刻は午前10時を過ぎていた。
 いつもより遅れた目覚めだった。もしかすれば、薬が少し効きすぎたのかもしれない。 

 僕はベッドからゆっくりと起き上がり、コップ一杯の水を飲んだ。
 背伸びをすると腹が鳴ったので、僕はとりあえず朝食を摂ることにした。
 家で作るのは面倒だった。手っ取り早く外で済ませようと、僕は外出の準備をした。


 近所にカフェが見つかったので、僕は中に入った。
 人はまばらで、席は十分に空いていた。僕はテーブル席に座り、トーストとコーヒーのモーニングセットを注文した。

 無料でゆで卵がついた。僕は殻を爪でちまちまとむしり、艶めく卵にかぶりついた。
 やけに腹が減っていたので、朝食はあっという間に済んだ。10分後には残りのコーヒーをすすりながら、窓の景色を眺めていた。


 窓を眺めていると、一人の女がこちらに向かって手を振った。
 女は栗色の長い巻き毛をしており、ハイヒールでつかつかと歩きながら、カフェに入店した。
 ドアのベルが鳴り、女が席にやって来た。
 女は嬉しそうにこちらに歩み寄り、目の前の席に座った。
 僕は顔をしかめながら、女を見た。

 「久しぶりね!」

 女は馴れ馴れしく挨拶をした。
 さらに口元を手でおさえ、さも驚いたかのような素振りを見せた。

 「あなたと会うのは、何年ぶりかしら。5年?10年?いや、もっと前かも……」

 「どちら様ですか?」

 僕は指をティッシュで拭きながら、女に言った。
 相手は全く知らない女だった。恐らく、女は人違いをしているのだろう。

 「あら、忘れちゃった?だけど、自然なことだわ。私、すっかり見た目を変えたから」

 女はそう言うと、スマートフォンの画面をこちらに向かせ、一枚の写真を見せた。
 写真には黒髪の少女が映っていた。

 「髪をすっかり染めたから、一目じゃわからないわよね。身長もすっかり伸びたわ。
 覚えてる?クラスで一番背が低かった子がいるでしょう。それが私よ」

 女はそう言うと、満足げにスマートフォンをテーブルに伏せた。
 そして、通りがかった店員にサンドイッチを注文し、水を飲んだ。

 「あなたは変わっていないわね。なんというか、昔と同じ見た目だわ」

 「だから、見てすぐにわかったのよ」と、女はテーブルに肘をつきながら笑った。

 僕は何となく居心地が悪くなったので、席を立とうとした。
 しかし、女に引き止められた。女は僕の腕を掴みながら、「ゆっくり話しましょうよ」と言った。
 僕は口を歪めたが、結局座ることにした。


 「それで、今はどうしてるの?」

 女はサンドイッチを指先で摘みながら、僕に話しかけた。
 僕は女を訝しげに思いつつも、答えた。

 「今年、大学に入ったばかりだよ。講義が多くて忙しいんだ」

 そう言うと、女は前のめりになり、「大学生になったのね!」と嬉しそうな顔をした。
 サンドイッチの具材がこぼれ落ちそうになっていたので、僕は「危ないよ」と返した。

 「どこの大学なの?」と女は興味深そうな目で僕を見た。相手が知らない女だったので、僕は念のため実際とは違う大学名を伝えた。
 女は「よく聞く名前ね!」と大はしゃぎし、栗色の髪を左右に揺らした。

 「私、あなたと会えて本当に嬉しいわ」

 女はサンドイッチを掴んだまま、僕をまっすぐに見つめた。

 「ほら、昔の友達に会えることって、なかなかないでしょう。だから、一つプレゼントさせてよ」

 女はそう言うと、サンドイッチを置き、鞄を探りだした。
 僕は女の様子を見ながら、自分の脈が乱れるのを感じ取った。
 「ちょっとしたお土産だと思って」と、女は言い、中身を素早く取り出した。
 直後、僕の額に固いものが当たった。目を上げてみると、女が手にしているのは一丁の拳銃だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

あなたに誓いの言葉を

眠りん
BL
仁科一樹は同棲中の池本海斗からDVを受けている。 同時にストーカー被害にも遭っており、精神はボロボロの状態だった。 それでもなんとかやっていけたのは、夢の中では自由になれるからであった。 ある時から毎日明晰夢を見るようになった一樹は、夢の中で海斗と幸せな時を過ごす。 ある日、他人の夢の中を自由に行き来出来るというマサと出会い、一樹は海斗との約束を思い出す。 海斗からの暴力を全て受け入れようと決意してから狂いが生じて──。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

孤独な戦い(1)

Phlogiston
BL
おしっこを我慢する遊びに耽る少年のお話。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...