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07 救世教団
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雨が降り始めた。夢の世界特有の、星屑のような輝きを帯びた雨滴が、静かに地面を濡らしていく。クロードは古びた建物の窓から、その光景を眺めていた。
「みんな揃いましたよ」
背後から、少年の声が響く。振り返ると、「洗脳」の能力を持つ現人神、カイトが立っていた。その瞳には、12歳とは思えない不自然なほどの冷静さが宿っている。
「ご苦労」
クロードは頷き、階下の広間へと向かった。
壁には無数の手紙が貼られていた。それらは全て、死者たちへの思いを綴ったもの。手紙から立ち昇る邪気が、幽かな光となって部屋を照らしていた。
クロードは集まった信者たちの前に立つ。そこには、二十人ほどの人々が集まっていた。現人神もいれば、一般の人々もいた。彼らの目には、同じ光が宿っていた。救世への渇望。そして、現世への憎悪。彼らの多くは、大切な人を失った者たち。その悲しみと怒りが、邪気となって部屋に満ちている。
「皆さん、よく来てくれました」
クロードは静かに口を開いた。声が、薄暗い広間に響く。
「私たちは、この歪んだ世界を変えようとしている。そのために、今日という日が必要なのです」
言葉を区切りながら、クロードは一人一人の顔を見つめた。彼らの多くは、カイトの能力によって導かれた者たち。しかし、それは重要ではない。大切なのは、彼らが確かにここにいるという事実だ。
「救世教団」
その言葉を口にした瞬間、部屋の空気が変わった。期待と不安が入り混じった空気。それは、まるで濃い邪気のようにも見えた。
「私たちは、新しい世界を作る。現の世界と夢の世界、その境界を溶かし、全ての魂が自由に行き来できる世界を」
クロードの言葉に、誰もが頷いた。彼らの中には、大切な人を失った者も多い。死に別れた家族や恋人に、もう一度会いたいと願う者たち。その想いこそが、私たちの力となる。
集会が終わった後、カイトがクロードに近寄ってきた。
「順調ですね」
彼は薄く笑みを浮かべた。その表情には、どこか歪な影が見える。
「ああ。お前の力のおかげだ」
「いいえ」
カイトは首を振った。
「みんな、自分の意思で来ているんです。私の能力は、ただのきっかけ。彼らの心の中にある闇が、本当の原動力なんです」
その言葉に、クロードは深く頷いた。
「確かにその通りだ。人の心には必ず闇がある。憎しみ、怒り、悲しみ。そして、それらが混ざり合って生まれる邪気が」
教団の活動は、着々と広がっていった。
夜の公園。信者たちが輪になって座り、目を閉じている。カイトが中央に立ち、両手を広げる。
「現実(うつつ)の壁が薄くなる時間です」
深夜零時。現実と夢の境界が最も曖昧になる瞬間。信者たちの前に置かれた手紙が、不思議な光を放ち始める。
「これが、私たちの力の源」
クロードの言葉に、邪気が渦を巻く。死者たちの未練が、確かな力となって立ち現れる。
現の世界では、このような秘密の集会が各地で開かれ始めた。夢の世界でも、彼らの影響力は徐々に浸透していく。
しかし、全てが順調というわけではなかった。ネフィリア家の動きが、次第に活発になってきたのだ。
「シャーロットが、私たちの集会を追跡しているようです」
ある日、カイトがそう報告してきた。
「予想通りだな」
クロードは静かに答えた。
シャーロットの部下たちが、町を巡回し始めたようだ。彼らは、不自然な邪気の発生を探知している。教団員たちは、より慎重に活動を行っているようだ。
だが、むしろこれは好機かもしれない。彼女の存在が、教団の結束をより強固にする。敵の存在は、時として最高の接着剤となるのだから。
そして、ある出来事が起きた。教団員の一人が、ネフィリア家の監視によって逮捕されたのだ。
「助けに行きましょう」
カイトが提案した時、クロードは一瞬だけ躊躇った。これは、一つの分岐点になる。表立った行動を起こせば、もう後戻りはできない。
しかし、その躊躇いは長くは続かなかった。彼の心の中で、妻の悲鳴が再び響いていた。
「そうだ、私たちは既に後戻りできない道を歩んでいるのだ……行こう」
その夜、彼らは行動を起こした。カイトの能力で警備を欺き、教団員を救出する。作戦自体は成功したが、その代償は大きかった。
逃走の過程で、一人の警備員が死亡したのだ。
警備員の死体の傍らで、クロードは立ち尽くしていた。血の匂いが、かすかに空気を染めている。カイトが震える声で言った。
「これは、事故です」
その言葉に、クロードは微かに首を振った。少年の目には、恐れと罪悪感が交錯している。その表情は、どこか人間らしさを取り戻した12歳児のものだった。
「いや」
クロードは静かに告げた。その声には、もはや迷いはなかった。
「これは、必要な犠牲だ」
その瞬間、彼の内側で何かが永遠に変わった。これまで心の中で保っていた一線が、まるでガラスが砕けるように音を立てて崩れ落ちる。善悪の境界など、もはや意味を持たない。残されたのは、ただ目的を達成することへの冷徹な執着だけ。
窓の外では、夢の世界の星々が不安げに明滅していた。その光は、かつて見た妻の最期の瞬間を思い起こさせる。あの時、彼女の目に映った最後の光もまた、こんな風にちらついていただろうか。
カイトが小さく震えている。その姿に、クロードは奇妙な安堵を覚えた。少年の中に残る人間性が、自分の選択の正しさを証明しているかのように。
「行くぞ」
クロードは短く言った。後ろ髪を引かれる思いなど、もうない。ただ、確かな足取りで闇の中へと歩み出す。これが運命の分岐点だと、彼は明確に理解していた。そして、自分がどちらの道を選んだのかも。
その出来事以降、教団の性質は大きく変化していった。より過激に、より大胆に。そして、より多くの邪気を集めることに執着するようになった。
手紙システムも、彼らの武器となってしまった。死者たちの未練が生み出す邪気。それを集め、力に変える。その技術は、既に確立されていた。
また、ネフィリア家の取り締まりが強化された。どうやらシャーロットは、教団を「現実と夢の境界を脅かす存在」と認定したようだ。全てが計画通りだ。
「もうすぐですね」
ある夜、カイトがそう呟いた。クロード達は、夢の世界の高層ビルの一室にいた。窓の外には、相変わらず夢の星々が輝いている。
「ああ」
クロードは静かに答えた。計画は、最終段階に入ろうとしていた。現の世界と夢の世界、その境界を溶かし、全てを混沌に陥れる。そして、その混沌の中から新たな世界を作り出す。
「本当に、これでいいんですか?」
カイトの声には、かすかな迷いが混じっていた。
「後戻りはできない」
クロードは断言した。窓の外を見つめながら、妻の顔を思い浮かべている。
「私たちは、既に一線を超えている。だからこそ、最後まで突き進むしかないんだ」
その言葉に、カイトは黙って頷いた。彼もまた、自分の選択の重みを理解している。
彼は再び、夜空を見上げた。星々の輝きは、どこか不安げに揺らめいているように見える。まるで、これから起こる破滅的な変化を予感しているかのように。
「見えますか、クロードさん」
カイトが空を指さす。そこには、現実の月と、夢の月が重なって見えている。
「ああ」
クロードは頷く。二つの月の重なりは、彼らの計画の成功を予感させていた。しかし同時に、それは世界の秩序が乱れ始めている証でもあった。
「これが、私たちの目指す世界の始まり。もう迷う必要はない。これが、私の選んだ道。たとえそれが、取り返しのつかない過ちだとしても……さあ、準備を始めよう」
クロードは静かに告げた。その言葉に、誰も異を唱えなかった。
これから始まる戦いは、全てを賭けた賭けとなる。勝てば新しい世界。負ければ、全ての終わり。
その時、妻の声が聞こえた気がした。しかし、それが励ましなのか、それとも警告なのか。もう、判断することすらできない。
彼の心は、既に暗闇に溶けていたのだから。
---
「洗脳の能力者が出てきたね。そんなに幼かったんだ……。クロードに唆されたのかな?」
「んー……世界の記憶にも残ってないんだよね。彼の記憶は」
「そうなんだ……夢羽の話聞いてたら、最初は人を殺めたくなかったみたいだね」
「どのみち彼の計画では大量の人が死んじゃうから、遅かれ早かれだったけどね。風羽、一息つきたいから紅茶お願いしてもいい?」
「うん、わかった」
結構話していたから喉が乾いたのだろう。私は温めておいたティーポットに紅茶を入れてお湯を注ぐ。
「次もクロードの話?」
「いえ。次はソラの話よ」
紅茶を淹れ、夢羽の前に出す。夢羽はそれの香りを楽しみ、そして熱いまま一口飲んだ。
「続き、話すから座りなさいな」
「はいよ。よろしく」
私は対面のソファに座った。
「みんな揃いましたよ」
背後から、少年の声が響く。振り返ると、「洗脳」の能力を持つ現人神、カイトが立っていた。その瞳には、12歳とは思えない不自然なほどの冷静さが宿っている。
「ご苦労」
クロードは頷き、階下の広間へと向かった。
壁には無数の手紙が貼られていた。それらは全て、死者たちへの思いを綴ったもの。手紙から立ち昇る邪気が、幽かな光となって部屋を照らしていた。
クロードは集まった信者たちの前に立つ。そこには、二十人ほどの人々が集まっていた。現人神もいれば、一般の人々もいた。彼らの目には、同じ光が宿っていた。救世への渇望。そして、現世への憎悪。彼らの多くは、大切な人を失った者たち。その悲しみと怒りが、邪気となって部屋に満ちている。
「皆さん、よく来てくれました」
クロードは静かに口を開いた。声が、薄暗い広間に響く。
「私たちは、この歪んだ世界を変えようとしている。そのために、今日という日が必要なのです」
言葉を区切りながら、クロードは一人一人の顔を見つめた。彼らの多くは、カイトの能力によって導かれた者たち。しかし、それは重要ではない。大切なのは、彼らが確かにここにいるという事実だ。
「救世教団」
その言葉を口にした瞬間、部屋の空気が変わった。期待と不安が入り混じった空気。それは、まるで濃い邪気のようにも見えた。
「私たちは、新しい世界を作る。現の世界と夢の世界、その境界を溶かし、全ての魂が自由に行き来できる世界を」
クロードの言葉に、誰もが頷いた。彼らの中には、大切な人を失った者も多い。死に別れた家族や恋人に、もう一度会いたいと願う者たち。その想いこそが、私たちの力となる。
集会が終わった後、カイトがクロードに近寄ってきた。
「順調ですね」
彼は薄く笑みを浮かべた。その表情には、どこか歪な影が見える。
「ああ。お前の力のおかげだ」
「いいえ」
カイトは首を振った。
「みんな、自分の意思で来ているんです。私の能力は、ただのきっかけ。彼らの心の中にある闇が、本当の原動力なんです」
その言葉に、クロードは深く頷いた。
「確かにその通りだ。人の心には必ず闇がある。憎しみ、怒り、悲しみ。そして、それらが混ざり合って生まれる邪気が」
教団の活動は、着々と広がっていった。
夜の公園。信者たちが輪になって座り、目を閉じている。カイトが中央に立ち、両手を広げる。
「現実(うつつ)の壁が薄くなる時間です」
深夜零時。現実と夢の境界が最も曖昧になる瞬間。信者たちの前に置かれた手紙が、不思議な光を放ち始める。
「これが、私たちの力の源」
クロードの言葉に、邪気が渦を巻く。死者たちの未練が、確かな力となって立ち現れる。
現の世界では、このような秘密の集会が各地で開かれ始めた。夢の世界でも、彼らの影響力は徐々に浸透していく。
しかし、全てが順調というわけではなかった。ネフィリア家の動きが、次第に活発になってきたのだ。
「シャーロットが、私たちの集会を追跡しているようです」
ある日、カイトがそう報告してきた。
「予想通りだな」
クロードは静かに答えた。
シャーロットの部下たちが、町を巡回し始めたようだ。彼らは、不自然な邪気の発生を探知している。教団員たちは、より慎重に活動を行っているようだ。
だが、むしろこれは好機かもしれない。彼女の存在が、教団の結束をより強固にする。敵の存在は、時として最高の接着剤となるのだから。
そして、ある出来事が起きた。教団員の一人が、ネフィリア家の監視によって逮捕されたのだ。
「助けに行きましょう」
カイトが提案した時、クロードは一瞬だけ躊躇った。これは、一つの分岐点になる。表立った行動を起こせば、もう後戻りはできない。
しかし、その躊躇いは長くは続かなかった。彼の心の中で、妻の悲鳴が再び響いていた。
「そうだ、私たちは既に後戻りできない道を歩んでいるのだ……行こう」
その夜、彼らは行動を起こした。カイトの能力で警備を欺き、教団員を救出する。作戦自体は成功したが、その代償は大きかった。
逃走の過程で、一人の警備員が死亡したのだ。
警備員の死体の傍らで、クロードは立ち尽くしていた。血の匂いが、かすかに空気を染めている。カイトが震える声で言った。
「これは、事故です」
その言葉に、クロードは微かに首を振った。少年の目には、恐れと罪悪感が交錯している。その表情は、どこか人間らしさを取り戻した12歳児のものだった。
「いや」
クロードは静かに告げた。その声には、もはや迷いはなかった。
「これは、必要な犠牲だ」
その瞬間、彼の内側で何かが永遠に変わった。これまで心の中で保っていた一線が、まるでガラスが砕けるように音を立てて崩れ落ちる。善悪の境界など、もはや意味を持たない。残されたのは、ただ目的を達成することへの冷徹な執着だけ。
窓の外では、夢の世界の星々が不安げに明滅していた。その光は、かつて見た妻の最期の瞬間を思い起こさせる。あの時、彼女の目に映った最後の光もまた、こんな風にちらついていただろうか。
カイトが小さく震えている。その姿に、クロードは奇妙な安堵を覚えた。少年の中に残る人間性が、自分の選択の正しさを証明しているかのように。
「行くぞ」
クロードは短く言った。後ろ髪を引かれる思いなど、もうない。ただ、確かな足取りで闇の中へと歩み出す。これが運命の分岐点だと、彼は明確に理解していた。そして、自分がどちらの道を選んだのかも。
その出来事以降、教団の性質は大きく変化していった。より過激に、より大胆に。そして、より多くの邪気を集めることに執着するようになった。
手紙システムも、彼らの武器となってしまった。死者たちの未練が生み出す邪気。それを集め、力に変える。その技術は、既に確立されていた。
また、ネフィリア家の取り締まりが強化された。どうやらシャーロットは、教団を「現実と夢の境界を脅かす存在」と認定したようだ。全てが計画通りだ。
「もうすぐですね」
ある夜、カイトがそう呟いた。クロード達は、夢の世界の高層ビルの一室にいた。窓の外には、相変わらず夢の星々が輝いている。
「ああ」
クロードは静かに答えた。計画は、最終段階に入ろうとしていた。現の世界と夢の世界、その境界を溶かし、全てを混沌に陥れる。そして、その混沌の中から新たな世界を作り出す。
「本当に、これでいいんですか?」
カイトの声には、かすかな迷いが混じっていた。
「後戻りはできない」
クロードは断言した。窓の外を見つめながら、妻の顔を思い浮かべている。
「私たちは、既に一線を超えている。だからこそ、最後まで突き進むしかないんだ」
その言葉に、カイトは黙って頷いた。彼もまた、自分の選択の重みを理解している。
彼は再び、夜空を見上げた。星々の輝きは、どこか不安げに揺らめいているように見える。まるで、これから起こる破滅的な変化を予感しているかのように。
「見えますか、クロードさん」
カイトが空を指さす。そこには、現実の月と、夢の月が重なって見えている。
「ああ」
クロードは頷く。二つの月の重なりは、彼らの計画の成功を予感させていた。しかし同時に、それは世界の秩序が乱れ始めている証でもあった。
「これが、私たちの目指す世界の始まり。もう迷う必要はない。これが、私の選んだ道。たとえそれが、取り返しのつかない過ちだとしても……さあ、準備を始めよう」
クロードは静かに告げた。その言葉に、誰も異を唱えなかった。
これから始まる戦いは、全てを賭けた賭けとなる。勝てば新しい世界。負ければ、全ての終わり。
その時、妻の声が聞こえた気がした。しかし、それが励ましなのか、それとも警告なのか。もう、判断することすらできない。
彼の心は、既に暗闇に溶けていたのだから。
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「洗脳の能力者が出てきたね。そんなに幼かったんだ……。クロードに唆されたのかな?」
「んー……世界の記憶にも残ってないんだよね。彼の記憶は」
「そうなんだ……夢羽の話聞いてたら、最初は人を殺めたくなかったみたいだね」
「どのみち彼の計画では大量の人が死んじゃうから、遅かれ早かれだったけどね。風羽、一息つきたいから紅茶お願いしてもいい?」
「うん、わかった」
結構話していたから喉が乾いたのだろう。私は温めておいたティーポットに紅茶を入れてお湯を注ぐ。
「次もクロードの話?」
「いえ。次はソラの話よ」
紅茶を淹れ、夢羽の前に出す。夢羽はそれの香りを楽しみ、そして熱いまま一口飲んだ。
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