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第6択
色気と選択
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小野塚秀夫の資料をチラリとは見たが、それをそのまま長谷川先生が持ち帰ってしまったために詳細は不明である。
先生から折り返しの連絡がなく2日が経とうとしている。佐々木や山田のように、謎の存在に危害を加えられてしまったのだろうか。いや、本業が忙しいと思いたいところだが果たして――。
「先に言っておくけど、友樹……長谷川先生が黒幕ってことも想定しておいてね」
俺だって薄々と分かっている。いや、むしろ黒幕であったほうが腑に落ちるってもんだ。先生がなぜ詩奈殺害の隠蔽に協力してくれたのか、なぜ白馬ペンションでの事件を経ても俺を警戒しないのか。その理由を探らなければ。
静岡に行くことも彼に知らせていた。その先で山田が死ぬ事態に見舞われる。偶然か? いや、俺が自白しないように消したのだろう。
ならば、あの頭痛も人為的に働いたと考えてもおかしくはない。まさか遠隔操作で?
待て待て、そもそも山田との会話を聞いていたってことにならないか? すると、俺は盗聴されていたことになる。どこで仕組まれた?
全てが赤字になったタイムリミット付きの選択肢について思い出す。確かあの時、まるで俺の考えを読んでいたかのように≪悪魔の脳≫が選択した気が……。
(くそっ! どうして先生は連絡をくれないんだ!)
先生が黒幕でないことを信じているが、やはり連絡が遅ければ遅いほど疑心が沸いてくる。いや、身の危険を感じて隠れている可能性だってあるはず。
「長谷川先生に話を聞けない以上、別の方向から調べよっか」
「小野塚に向き合えますか?」
「舐めないでよ。無理なときは大人しく君に頼るから」
そこまでハッキリと言われちゃ清々しい。無理して頑張られるのも迷惑なので、そういった姿勢の方が、こちらとしては助かる。
「長野までの交通費は出ますか?」
「……君って意外とチャッカリしているのね。山田君にそっくりよ」
褒められているのかはさておき、再び長野に足を運ぶとは想像だにしていなかった展開だ。事故に遭ってからの俺はというと、人並みでは体験できないほど色濃い日々を送っている気がする。これを充実した日々と呼ぶかはさておき、どうにもこの目まぐるしい日々が終わりに近づいている予感がしているのだ。
「仕方がない。お姉さんの運転で向かいますか」
▽
須藤刑事と2人きりの車内はとても落ち着かないものであった。何を問われるか分かったものではないし、油断をしていると墓穴を掘りかねない。常に気を張り巡らせる必要があったので、片道2時間の道のりは永遠に感じる長さであった。
彼女と2人で行動することに家族は不安視していた。その中で、妹の茜だけは別のことを想像していた。男と女が2人きりになるシチュエーションは、彼女にしてみればデートの他に思い当たらなかったのだ。
「須藤さんは家族は?」
「……」
「あ、その、そうじゃなくて、結婚とかは?」
彼女の血族は強盗殺人によって他界していることを忘れていた。思わず沈黙の空気に耐えかねて適当に質問したことが、余計に面倒な空気を作り出す。
「仕事人間だし、もう年齢も年齢だからね。今から結婚して子供を産んでなんて、私には無理かも」
「須藤さんが望まなければ、子供を無理に産む必要はないと思いますけど」
「へぇ。柔軟な考え方を持っているんだね、君は」
「まあ、俺は別に子供欲しいとは思っていないんで」
「今はね。もう少し年齢を重ねれば、考えも変わってくる。変わらない場合もあるけどね」
考えは変わる、か。
言われてみればここ最近の俺は、生命に関する考えが少し変わった気がする。
「考えが変わるのは自然なことなんですね」
「色々と学んで、いい歳の取り方をしなさい」
須藤は刑事として絡まなければ、結構気さくなお姉さんであった。それに何となく頼りにしたくなるような――俺に姉がいたらこんな感じなのだろうか。
彼女に考えが変わると言ってもらえて、なんだか救われた気がした。最近の俺ときたら、考え方が以前とは大きく変化し始めていたので不安だったのだ。
そうか、そうか。
俺の考えは自然の成り行きで変化した思考だったのか。
「どうしたのよ。顔が綻んでいるよ」
「いえ。ちょっと嬉しくなっちゃって」
「え、なにが?」
貴女が俺の考えを肯定してくれたから。
――”自分のためであっても、他人を傷つけてはいけない”
これが以前まで考えだった。
――”自分のためであれば、他人を傷つけるのは当たり前”
今ではこう思うのだ。だって、自分の人生を良くするためには、誰かの邪魔を阻止しなければならない。生半可な対応では、相手も追いすがるだろう。一番効果的なのは、やはり相手が嫌がるほどの苦痛。痛み、痛み、痛み!
「女の人とドライブをしているのが」
「はは。大学生に口説かれるとは思わなかったな」
間もなく長野県に入る案内板を目にしながら、俺と須藤は他愛ない会話をするのであった。勿論、彼女は俺から何かを引き出そうと狙っているのが見え見えだったし、俺も慎重に言葉を選んだつもりである。
熟れた動作で、須藤は受付を担当する刑務官に警察手帳を見せ、免許証を提示する。俺が保険証を提示すると、刑務官は俺と須藤を較べるように目を動かす。
「困りましたねぇ。貴方、小野塚による被害者遺族ですよね? 直接、加害者と被害者を会わせるのは避けたいところですが」
「今日は警察として尋ねたいことがあって来ました。遺族であることは配慮として無視してください」
「いいでしょう。向こうが面会拒否する可能性も高いし、上の人間にも確認しないといけませんので、しばらくお待ち下さい」
そう言うと、刑務官は所内の内線で誰かとやり取りを始めた。須藤は首を動かし、少しだけこの場から離れようと合図する。
彼女の目的は適当な場所での喫煙だった。マルボーロのカプセルをプチッと噛み潰し、スパーッと煙を炊く。その煙にはやや甘い匂いが含まれていたが、俺はどうにも受け付けなかった。
「吸ったことは?」
「あります。けど、気持ち悪くて」
「最初はそんなものよ」
「経済的にも体にも悪いでしょ」
「何言ってるの。タバコ税のお陰で経済は回せているんだし、ストレスを吐き出せているから必ずしも身体に悪いわけじゃない。世間が言う正義なんて偽善が多いの。覚えておいて」
納得したようなしなかったような。兎に角、彼女は死ぬまでタバコを止める気はないようだ。
俺の家族にはタバコを吸う人がいない。だから、副流煙を鼻に入れることに抵抗があって、俺は彼女の傍から離れることにする。
腰を屈めて須藤を待っている間、俺はタバコを吸う彼女の横顔を見ていた。べっぴんというわけではないが、30代前半と言われても納得してしまいそうな肌艶をしている。
妙に色気がある。
そんなことを思っていた自分に気が付き、無理矢理頭から振り払って顔を逸らす。
「須藤さーん、面会の手立てが整いましたぜ」
先程の刑務官が中年太りの腹を揺らして歩み寄ってくる。許可証と書かれた紙がナイロン袋に入れられて手渡される。
「今の小野塚は落ち着いているって話で許可が下りましたが、くれぐれも刺激を与えんようにしてくだせえ」
「分かっています。≪悪魔の脳≫なんか発動されたら面倒なので」
「え、なんです? あ、悪魔の」
「お気になさらず」
そう言った須藤は俺の顔を見てウインクをしてくるのだった。思わずドキッと胸が驚いたが、彼女はただ単に面白がっていただけだろう。気が付いた時には、せっせかと先を歩いて面会室に向かっていた。
俺は慌てて駆け、緊張した面持ちの彼女に追いつくのであった。
先生から折り返しの連絡がなく2日が経とうとしている。佐々木や山田のように、謎の存在に危害を加えられてしまったのだろうか。いや、本業が忙しいと思いたいところだが果たして――。
「先に言っておくけど、友樹……長谷川先生が黒幕ってことも想定しておいてね」
俺だって薄々と分かっている。いや、むしろ黒幕であったほうが腑に落ちるってもんだ。先生がなぜ詩奈殺害の隠蔽に協力してくれたのか、なぜ白馬ペンションでの事件を経ても俺を警戒しないのか。その理由を探らなければ。
静岡に行くことも彼に知らせていた。その先で山田が死ぬ事態に見舞われる。偶然か? いや、俺が自白しないように消したのだろう。
ならば、あの頭痛も人為的に働いたと考えてもおかしくはない。まさか遠隔操作で?
待て待て、そもそも山田との会話を聞いていたってことにならないか? すると、俺は盗聴されていたことになる。どこで仕組まれた?
全てが赤字になったタイムリミット付きの選択肢について思い出す。確かあの時、まるで俺の考えを読んでいたかのように≪悪魔の脳≫が選択した気が……。
(くそっ! どうして先生は連絡をくれないんだ!)
先生が黒幕でないことを信じているが、やはり連絡が遅ければ遅いほど疑心が沸いてくる。いや、身の危険を感じて隠れている可能性だってあるはず。
「長谷川先生に話を聞けない以上、別の方向から調べよっか」
「小野塚に向き合えますか?」
「舐めないでよ。無理なときは大人しく君に頼るから」
そこまでハッキリと言われちゃ清々しい。無理して頑張られるのも迷惑なので、そういった姿勢の方が、こちらとしては助かる。
「長野までの交通費は出ますか?」
「……君って意外とチャッカリしているのね。山田君にそっくりよ」
褒められているのかはさておき、再び長野に足を運ぶとは想像だにしていなかった展開だ。事故に遭ってからの俺はというと、人並みでは体験できないほど色濃い日々を送っている気がする。これを充実した日々と呼ぶかはさておき、どうにもこの目まぐるしい日々が終わりに近づいている予感がしているのだ。
「仕方がない。お姉さんの運転で向かいますか」
▽
須藤刑事と2人きりの車内はとても落ち着かないものであった。何を問われるか分かったものではないし、油断をしていると墓穴を掘りかねない。常に気を張り巡らせる必要があったので、片道2時間の道のりは永遠に感じる長さであった。
彼女と2人で行動することに家族は不安視していた。その中で、妹の茜だけは別のことを想像していた。男と女が2人きりになるシチュエーションは、彼女にしてみればデートの他に思い当たらなかったのだ。
「須藤さんは家族は?」
「……」
「あ、その、そうじゃなくて、結婚とかは?」
彼女の血族は強盗殺人によって他界していることを忘れていた。思わず沈黙の空気に耐えかねて適当に質問したことが、余計に面倒な空気を作り出す。
「仕事人間だし、もう年齢も年齢だからね。今から結婚して子供を産んでなんて、私には無理かも」
「須藤さんが望まなければ、子供を無理に産む必要はないと思いますけど」
「へぇ。柔軟な考え方を持っているんだね、君は」
「まあ、俺は別に子供欲しいとは思っていないんで」
「今はね。もう少し年齢を重ねれば、考えも変わってくる。変わらない場合もあるけどね」
考えは変わる、か。
言われてみればここ最近の俺は、生命に関する考えが少し変わった気がする。
「考えが変わるのは自然なことなんですね」
「色々と学んで、いい歳の取り方をしなさい」
須藤は刑事として絡まなければ、結構気さくなお姉さんであった。それに何となく頼りにしたくなるような――俺に姉がいたらこんな感じなのだろうか。
彼女に考えが変わると言ってもらえて、なんだか救われた気がした。最近の俺ときたら、考え方が以前とは大きく変化し始めていたので不安だったのだ。
そうか、そうか。
俺の考えは自然の成り行きで変化した思考だったのか。
「どうしたのよ。顔が綻んでいるよ」
「いえ。ちょっと嬉しくなっちゃって」
「え、なにが?」
貴女が俺の考えを肯定してくれたから。
――”自分のためであっても、他人を傷つけてはいけない”
これが以前まで考えだった。
――”自分のためであれば、他人を傷つけるのは当たり前”
今ではこう思うのだ。だって、自分の人生を良くするためには、誰かの邪魔を阻止しなければならない。生半可な対応では、相手も追いすがるだろう。一番効果的なのは、やはり相手が嫌がるほどの苦痛。痛み、痛み、痛み!
「女の人とドライブをしているのが」
「はは。大学生に口説かれるとは思わなかったな」
間もなく長野県に入る案内板を目にしながら、俺と須藤は他愛ない会話をするのであった。勿論、彼女は俺から何かを引き出そうと狙っているのが見え見えだったし、俺も慎重に言葉を選んだつもりである。
熟れた動作で、須藤は受付を担当する刑務官に警察手帳を見せ、免許証を提示する。俺が保険証を提示すると、刑務官は俺と須藤を較べるように目を動かす。
「困りましたねぇ。貴方、小野塚による被害者遺族ですよね? 直接、加害者と被害者を会わせるのは避けたいところですが」
「今日は警察として尋ねたいことがあって来ました。遺族であることは配慮として無視してください」
「いいでしょう。向こうが面会拒否する可能性も高いし、上の人間にも確認しないといけませんので、しばらくお待ち下さい」
そう言うと、刑務官は所内の内線で誰かとやり取りを始めた。須藤は首を動かし、少しだけこの場から離れようと合図する。
彼女の目的は適当な場所での喫煙だった。マルボーロのカプセルをプチッと噛み潰し、スパーッと煙を炊く。その煙にはやや甘い匂いが含まれていたが、俺はどうにも受け付けなかった。
「吸ったことは?」
「あります。けど、気持ち悪くて」
「最初はそんなものよ」
「経済的にも体にも悪いでしょ」
「何言ってるの。タバコ税のお陰で経済は回せているんだし、ストレスを吐き出せているから必ずしも身体に悪いわけじゃない。世間が言う正義なんて偽善が多いの。覚えておいて」
納得したようなしなかったような。兎に角、彼女は死ぬまでタバコを止める気はないようだ。
俺の家族にはタバコを吸う人がいない。だから、副流煙を鼻に入れることに抵抗があって、俺は彼女の傍から離れることにする。
腰を屈めて須藤を待っている間、俺はタバコを吸う彼女の横顔を見ていた。べっぴんというわけではないが、30代前半と言われても納得してしまいそうな肌艶をしている。
妙に色気がある。
そんなことを思っていた自分に気が付き、無理矢理頭から振り払って顔を逸らす。
「須藤さーん、面会の手立てが整いましたぜ」
先程の刑務官が中年太りの腹を揺らして歩み寄ってくる。許可証と書かれた紙がナイロン袋に入れられて手渡される。
「今の小野塚は落ち着いているって話で許可が下りましたが、くれぐれも刺激を与えんようにしてくだせえ」
「分かっています。≪悪魔の脳≫なんか発動されたら面倒なので」
「え、なんです? あ、悪魔の」
「お気になさらず」
そう言った須藤は俺の顔を見てウインクをしてくるのだった。思わずドキッと胸が驚いたが、彼女はただ単に面白がっていただけだろう。気が付いた時には、せっせかと先を歩いて面会室に向かっていた。
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