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第6話 探索(2)- 館1階のマップ -
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「なんてことないや。鏡にうつっていた女の人も、きっと気のせいだな」
なにごともなく用をたせたことで、すこし気が軽くなってきた。
余裕が出てくると、この不気味な雰囲気の館も、ゲームの世界に入り込んだみたいで面白く見えてくる。
「ちょっと、探索してみるか」
洗面所を出て、すぐとなりにあるドアに足を向けた。
右側の壁にならぶ三つのドアの、まんなかのドア。
ひんやりと冷たいドアノブを回して、そのドアをあけると、まぶしい光が目に飛び込んできた。部屋の奥の小さな窓からさしこむ月明かりに反射して、部屋じゅうが銀色に輝いていたのだ。
よく見ると、それらは業務用の大きな冷蔵庫だったり、流し台だったり、ガス台だった。
「ここ厨房だ……。こんなに広いなんて、まるでレストランの厨房みたいだ」
しずかにドアを閉めて、こんどは、となりの観音開きのドアをあけてみる。
右側の壁の、一番手前のドア。
静まりかえった館内に、きしんだ音が無遠慮に響く。
ひかえめにあけたドアの隙間から、なかをのぞくと、そこは長いテーブルが置かれた食堂だった。
入ってすぐ左側に見えるドアは、となりの厨房とつながっているはずだ。
きっと、あのドアからたくさんの料理が運び込まれ、招かれた来賓たちとともに夕食を楽しんでいたのだろう。
談笑しながら食事をしている人々が目に浮かぶ。しかし、いまやテーブルの上にあるのは、すすけた銀の燭台と、つもりにつもった埃だけ。
どうやら長いこと使ってないらしい。
「ひとり息子のお父さんが婿養子に行ってから、どんどん廃れていったって、サトミが言ってたもんな……」
食堂のドアを閉めながら、ふと疑問が浮かぶ。
婿養子に行ったって、いったいどこに? サトミはここで、両親と一緒に暮らしているんじゃないのか……?
首をかしげながら玄関ホールを歩いていると、誰かに見られてる気がしてふりむいた。
やはりそこは、階段のまえ。
顔を上げれば、階段つきあたりの踊り場に飾られた、肖像画が見える。
黒いスーツを着た、男の肖像画。
首から上は、暗くて見えない。
ぞくりと背筋に冷たいものが走って、思わず目をそらした。
「二階は、見なくてもいいや……」
ひとりつぶやいて、階段のまえを通りすぎようとした。でも……。
「ゲームのなかでは勇者なんてよばれているくせに、現実世界じゃ、びびりでなにもできないなんて……」
踏みとどまって階段を見上げた。
「よし。あの肖像画の男が、不気味な森の古城にひそむ、最後の敵だ。あいつからお姫さまを守りきったら、ゲームクリアってことにしよう」
まるでおさない子どもが、ひとり遊びをするときのようにルールを決めると、ゆっくりと一歩ずつ、階段をあがっていく。
肖像画の男の顔が、すこしづつあらわになってくる。
真一文字に閉じられた口。
高く筋の通った鼻。
そして、男の目を見たとき、おれは恐ろしさで階段から転げ落ちそうになってしまった。
眉間にしわを寄せた男は、とてもするどい視線で、おれを見おろしていたのだ。
それはもう、にらみつけていると言ってもいいぐらいの、きびしい目つき。
思わずまわれ右をして、階段をかけ下りようとしたとき、サトミの顔が目に浮かんだ。
「こんなことじゃ、だれも守れやしないじゃないか!」
なんとか踏みとどまると、肖像画から目をそらしつつ、階段をかけあがった。
つきあたりの踊り場から、さらに左右に分かれてのびる階段を、左へ曲がる。
階段はどちらに進んでも二階の廊下につづいていた。
玄関ホールの吹き抜けに面したこの廊下は、天井からつりさげられた巨大なシャンデリアをかこむようにして、館の正面側でつながっている。
おれは吹き抜けの手すりに手をかけ、ほっと息をついた。
灯りの消えたシャンデリアのガラスが、二階のバルコニーから入る月明かりをうけて、きらきらと輝く青い光を、あちこちにちりばめている。
ここまでくると、ずいぶんと恐怖心がやわらいだ。
肖像画の男の視線から、逃れられたせいだろうか?
「さすが、最後の敵だけはある。眼光だけでも恐ろしい威力だ……」
おれは気を取り直して、館の探索をつづけた。
なにごともなく用をたせたことで、すこし気が軽くなってきた。
余裕が出てくると、この不気味な雰囲気の館も、ゲームの世界に入り込んだみたいで面白く見えてくる。
「ちょっと、探索してみるか」
洗面所を出て、すぐとなりにあるドアに足を向けた。
右側の壁にならぶ三つのドアの、まんなかのドア。
ひんやりと冷たいドアノブを回して、そのドアをあけると、まぶしい光が目に飛び込んできた。部屋の奥の小さな窓からさしこむ月明かりに反射して、部屋じゅうが銀色に輝いていたのだ。
よく見ると、それらは業務用の大きな冷蔵庫だったり、流し台だったり、ガス台だった。
「ここ厨房だ……。こんなに広いなんて、まるでレストランの厨房みたいだ」
しずかにドアを閉めて、こんどは、となりの観音開きのドアをあけてみる。
右側の壁の、一番手前のドア。
静まりかえった館内に、きしんだ音が無遠慮に響く。
ひかえめにあけたドアの隙間から、なかをのぞくと、そこは長いテーブルが置かれた食堂だった。
入ってすぐ左側に見えるドアは、となりの厨房とつながっているはずだ。
きっと、あのドアからたくさんの料理が運び込まれ、招かれた来賓たちとともに夕食を楽しんでいたのだろう。
談笑しながら食事をしている人々が目に浮かぶ。しかし、いまやテーブルの上にあるのは、すすけた銀の燭台と、つもりにつもった埃だけ。
どうやら長いこと使ってないらしい。
「ひとり息子のお父さんが婿養子に行ってから、どんどん廃れていったって、サトミが言ってたもんな……」
食堂のドアを閉めながら、ふと疑問が浮かぶ。
婿養子に行ったって、いったいどこに? サトミはここで、両親と一緒に暮らしているんじゃないのか……?
首をかしげながら玄関ホールを歩いていると、誰かに見られてる気がしてふりむいた。
やはりそこは、階段のまえ。
顔を上げれば、階段つきあたりの踊り場に飾られた、肖像画が見える。
黒いスーツを着た、男の肖像画。
首から上は、暗くて見えない。
ぞくりと背筋に冷たいものが走って、思わず目をそらした。
「二階は、見なくてもいいや……」
ひとりつぶやいて、階段のまえを通りすぎようとした。でも……。
「ゲームのなかでは勇者なんてよばれているくせに、現実世界じゃ、びびりでなにもできないなんて……」
踏みとどまって階段を見上げた。
「よし。あの肖像画の男が、不気味な森の古城にひそむ、最後の敵だ。あいつからお姫さまを守りきったら、ゲームクリアってことにしよう」
まるでおさない子どもが、ひとり遊びをするときのようにルールを決めると、ゆっくりと一歩ずつ、階段をあがっていく。
肖像画の男の顔が、すこしづつあらわになってくる。
真一文字に閉じられた口。
高く筋の通った鼻。
そして、男の目を見たとき、おれは恐ろしさで階段から転げ落ちそうになってしまった。
眉間にしわを寄せた男は、とてもするどい視線で、おれを見おろしていたのだ。
それはもう、にらみつけていると言ってもいいぐらいの、きびしい目つき。
思わずまわれ右をして、階段をかけ下りようとしたとき、サトミの顔が目に浮かんだ。
「こんなことじゃ、だれも守れやしないじゃないか!」
なんとか踏みとどまると、肖像画から目をそらしつつ、階段をかけあがった。
つきあたりの踊り場から、さらに左右に分かれてのびる階段を、左へ曲がる。
階段はどちらに進んでも二階の廊下につづいていた。
玄関ホールの吹き抜けに面したこの廊下は、天井からつりさげられた巨大なシャンデリアをかこむようにして、館の正面側でつながっている。
おれは吹き抜けの手すりに手をかけ、ほっと息をついた。
灯りの消えたシャンデリアのガラスが、二階のバルコニーから入る月明かりをうけて、きらきらと輝く青い光を、あちこちにちりばめている。
ここまでくると、ずいぶんと恐怖心がやわらいだ。
肖像画の男の視線から、逃れられたせいだろうか?
「さすが、最後の敵だけはある。眼光だけでも恐ろしい威力だ……」
おれは気を取り直して、館の探索をつづけた。
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