月神山の不気味な洋館

ひろみ透夏

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第3話 月神山(1)

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「ただいま……」


 しんと静まりかえった玄関に、おれの声だけがひびく。

 そうか。きょうはだれも家にいないんだっけ……。

 さっき家をとび出したとき、あせっていたから鍵をかけることも忘れてしまったらしい。
 あれほどしっかり戸締とじまりをしろと注意されていたのに、さっそくやってしまった。
 母さんは、おれのこういうだらしないところを、おれ自身よりもよく知っているのかもしれないな……。

 ごろんとソファに寝転んだ。
 こちこちと時をきざむ、時計の針の音だけが耳に届く。

 さっきは急いでいたから気がつかなかったけれど、だれもいない家は、おどろくほど静かで、まだ昼過ぎだというのに、なんとなく部屋の中が、うす暗く感じた。

 ふだんなら、キッチンのテーブルにすわっている母さんが、

 おかえりなさい。
 おそかったのね?
 なにをしていたの?
 どこにいっていたの?
 だれとあそんでいたの?

 こんな感じで質問攻めにされて、うんざりしているはずなのに、そんな声も聞こえないとなると、なにかもの足りない。

「ま、一日くらい、そんな日があったっていいよなぁ」

 おれはサトミとの約束の時間まで、ひと眠りすることにした。
 なんたって一晩中、起きていなくてはならないのだから――。

 しかし、いざ寝ようとしたところで、こんな昼間から寝られるものじゃない。
 それに、家のなかがみょうなほど静かなので、ちょっとした音が、逆に気になって仕方しかたがないのだ。

 時をきざむ、時計の針の音。
 ぽたりぽたりと落ちる、流し台のしずくの音。
 ときおりあげる、冷蔵庫の意味不明なうなり声。


 バタンッ!


 とつぜんの大きな音に、おれは飛び起きてしまった。
 見れば、キッチンのドアが閉まっている。
 風で閉まったのだろう。

「もしかしておれ、けっこう怖がりなのかも……」

 昼間でさえ静かな家にひとりでいると、こんなにも不安になるのだから、女の子のサトミが、夜にたったひとりで留守番るすばんするのが怖いというのも、わかる気がした。

 ふたたびソファに横になって、目を閉じる。
 ようやくうとうとしかけたとき、とつぜん電話のベルが鳴りだして、またもやおれは飛び起きてしまった。

 早鐘はやがねを打つ胸を押さえながら、電話にでる。


「あ、ケンヂ? おれおれ」

 電話をかけてきたのは、タカシだった。

「ああ、タカシか……。部活はどうしたんだよ」
「休んだ。というよりなくなった」

 あたまのなかに『?』マークが浮かぶ。
 なくなった……?

「きょう部活休んだの、ユキリンとおまえだけじゃなかったんだぜ。三分の一くらいしか部員が集まらなかったんだ。たぶんみんな、ファイクエ7を買いにいったんだよ」

 さすが国民的な人気ゲーム。
 しかし、ファイナルクエストのために、部活まで休みにするのは、いかがなものか。

「みんな頭痛だの腹痛だのってウソついて休んだもんだからさ、なんにも知らない顧問こもんのゴリセンがびびっちゃって……。急遽きゅうきょ『全員、自宅待機じたくたいき!』ってわけ」

 なるほど。危険なウイルスでも蔓延まんえんしたと思ったのだろう。
 まあ、ある意味、流行病はやりやまいと言えなくもない。

「しかし、タカシも災難さいなんだったな。ゲームも買えなきゃ、部活もなくなっちゃってさ」

「ところがどっこい、もう買っちまったよ」
 はずんだ声でタカシが言った。

「だって、おまえ、金ないって……」

「親に頼みこんで前借りしたんだ。おれよりさきにユキリンにファイクエ7をクリアされるなんて、耐えられないもんな。おまえも買ったんだろ?」

「買ってないよ。金ないもの」

「なんだ、買いに行ったんじゃないのかよ。なら、うちで一緒にやろうぜ。ついでにとまっちゃえよ。親に言っておくからさ。ふたりで協力して、ユキリンよりさきにクリアしようぜ。ケンヂはダンジョンマップ描いてくれよ。得意だろ?」

 おれはがっくりして、その場にすわりこんでしまった。
 タカシのうちでファイナルクエスト7ができるのなら、サトミの家に行く必要もないじゃないか……。

「もっと早くさそってくれればよかったのに……。夕方から予定が入っちゃったんだよ」

「そうか……」
 タカシが残念そうに言った。

「いやわかるよ。みんながファイクエ7で盛り上がってるときに、たったひとり仲間はずれになるだなんて、最低最悪の、どん底の気分だもんな」

 そこまでひくつになるもんか!
 それに、おれだって今夜、ファイナルクエスト7をプレイできるんだ。サトミの家で!

 ……と、大声で言い返したかったけれど、そんなこと言えるわけもない。

「じゃあおれ、これから大冒険に出かけるので。では!」

 そう言って、タカシは一方的に電話を切った。
 ふと疑惑ぎわくが浮かぶ。

 もしかしてタカシは、ファイナルクエスト7を買ったことを、おれに自慢するためだけに、電話してきたんじゃなかろうか……?


 おれはむかむかした気分のまま、結局それから、一睡いっすいもすることができなかった。


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