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第1章 萌の部屋にいたものは

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 いつものようにフリルやレースがたくさんついた、パステルカラーの服装に身を包んだもえちゃんだったけど、いつもと違うのは頭の先からつま先まで、ずぶ濡れになっていたこと。

 ママさんに心配されながらも、しょんぼりとうつむいて、ずっと黙っていたもえちゃんだったが、美玲みれいちゃんと部屋でふたりきりになって安心したのか、せきを切ったようにわんわんと泣き出した。

 とうぜんもえちゃんは、ぼくが部屋にいることなんて知らないからね。

 美玲みれいちゃんは、片方の手でもえちゃんの背中をやさしくなでながらも、もう片方の手で、ぼくを追い払うように、(部屋から出て行け!)と、ジェスチャーを送った。

 だけど、ぼくだって、もえちゃんの涙の理由が知りたい。

 首を横にふってタンスの上から動かずにいたら、美玲みれいちゃんは、鬼の形相ぎょうそうこぶしをふり上げるポーズをした。

 ぼくはとっても恐ろしくなって、一目散いちもくさんに部屋から退散したよ。

「すごい迫力。きっと地獄の閻魔えんまさまだって、美玲みれいちゃんに睨まれたら逃げ出すよ……。閻魔えんまさまになんか、会ったことないけど」




 一階に下りると、キッチンのテーブルでママさんが雑誌を読んでいた。
 テーブルに飛び乗り、のぞき込んでみる。
 夏物の服がたくさんっている雑誌は、誌面のあちこちで、ママさんぐらいの歳の女性が、いろんなポーズでにこやかに笑っていた。

 あいかわらず、ママさんはぼくのことなんか見えてないという態度で雑誌を読み続けるので、ぼくはちょっとからかってみたくなったんだ。

 雑誌の上で、ごろんと寝転ぶ。ママさんは何でもないといった様子でページをめくり続けた。ぼくの体を、次々とページがすり抜けていく。

 無視されて面白くないぼくは、にゃあにゃあと鳴きわめいてやった。

 なんだか、そのうち楽しくなってきて、歌でも歌うように鳴き続けていたら、とつぜんママさんが、ドンッ! と大きな音を立ててテーブルを叩いたんだ。

 我に返ったぼくは、恐る恐るママさんの顔を見上げた。

 その直後、ぼくは腰を抜かして、ぶるぶると震える後ろ足を引きずりながら、テーブルから飛び降りたよ。

 金輪際こんりんざい、ママさんをからかうことはやめようと心に誓ったね。
 だってほら、ぼくを睨みつけるママさんの顔を思い出しただけで、ちょっぴりだけど、おしっこ漏らしちゃってるからね。

「ママさんの怒った顔は、まるで夜叉やしゃだ……。夜叉やしゃなんかに会ったことないけど」



 キッチンから逃げ出すと、ちょうどもえちゃんが玄関で見送られているところだった。

 ぼくも一緒に玄関で見送ってから、(何があったの?)という顔で美玲みれいちゃんを見上げる。

 美玲みれいちゃんは、ふうっとため息をつくと、(ついてきなさい)とぼくに目で合図して、階段を上がって行った。



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