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第13章 麦わら帽子

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 ――瞬間、終わりを悟った。

 触れただけで肉をえぐるような研ぎ澄まされた空気が全身をねぶり、巨大な手でわしづかみされたように、体が背後に引き寄せられていく。

 圧倒的な捕食者を前にした小動物のように覚悟を決めて、サヤカがふり返る。

 崩れ落ちたはずのメグルが、『魔捕瓶まほうびん』を右手に、そこに立っていた。


「お前の姿は鏡に映らない。初めて旧校舎に来たとき、腰を抜かしたぼくを引き起こしてくれたサヤカの姿は、鏡に映っていなかった……。
 ぼくは瞬間移動して、鏡に映らないお前の背後に移動していたんだ。お前が倒したのは鏡に映ったぼくの幻。そしてお前自身が開いた、魔界からの越界門えっかいもんだ」

 サヤカの背中から蝶の羽がはらりと落ちる。
 その体を包んでいた黒い霧が、『魔捕瓶まほうびん』の中へと吸い込まれていく。

 「さすがね、六道リクドウメグル……。だが覚えてなさい。我らを裏切り、第六天魔王だいろくてんまおう楯突たてついた罪は重い。ただでは置かないわ……」

 サヤカが廊下にくずおれた。
 黒く染まっていたサヤカの服は、もとに戻っている。

 メグルは『魔捕瓶まほうびん』の栓を閉めてカバンに押し込むと、サヤカのもとに駆け寄った。


 「サヤカ!」

 抱き上げたサヤカの体は、とても六年生とは思えないほど軽く、せていた。

 腕時計の隙間から、どくどくと血があふれる。メグルはマントを脱いでサヤカの手首に巻き付けるが、マントが紅く染まるばかりで血が止まることはなかった。


 「サヤカ、しっかりして! もう一人じゃないんだ! もう一度、やり直すんだ!」

 メグルの叫びに、サヤカのまぶたが開いた。
 うつろな瞳でメグルを見つめながら、乾いた唇をかすかに動かす。


 「お……かあ……さ……」

 紅く染まった手を、メグルの頬にのばした。


 「サヤカ……。わたしだよ……、お母さんだよ!」

 その手を強く握りしめながら、自分でも意識せずにメグルは叫んでいた。

 「ごめんね、お母さん、サヤカの気持ちに応えられなくて……。でも本当は心の底からサヤカを愛してた! これからもずっと、いつだってずっと、サヤカのことを想っているよ!」

 サヤカの頬を一筋の涙が伝う。
 あふれる涙をそのままに、微笑みながら天を仰ぐ。


 「わたしにも見えたよ……。あたたかい……光……」

 やがてサヤカは、ゆっくりと目を閉じた。


 「サヤカ……、サヤカ……。サヤカぁああああーっ!!」


 月明かりに照らされた廊下に、メグルの号泣がこだました。


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