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第13章 麦わら帽子

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 「この体が欲しい? 六道リクドウメグル」

 サヤカのものとは違う、ざわざわと心をかき乱す女の声だった。
 微笑みに妖しい色が帯び、瞳が深紅に染められていく。
 真っ白なワンピースも透き通るような白い肌も、再び黒く染まっていく。

 絶望に歪んでいくメグルの顔を、あざけるような眼差しでまっすぐに見つめながら、サヤカは背中から激しく黒い霧を噴射させた。
 その姿はまるで、黒い揚羽蝶あげはちょうが、とつぜん羽を広げたかのごとく。

 メグルはとっさにマントをひるがえし、距離を取った。


 「欲しいなら奪うがいいわ。わたしがこの体から完全に立ち去れば、この娘はおのれの手首から噴き出す血を浴びて、一瞬のうちに絶命するでしょう。それでも欲しいのなら、さあ、わたしからこの娘を奪ってみるがいい!」

 背中から噴き出す黒い霧を蝶の羽のようにはばたかせ、サヤカが飛び上がる。
 巨大な蝶の羽は、理科室を漆黒の闇に包みこんだ。

 「さっきの言葉、めてあげる……。この娘も心を惑わされ、あやうく魂も体も奪い返されるところだった。
 だが簡単には渡さない。この娘の心の闇は樹海のように深く、暗く、出口がない……。まさに我ら魔鬼のとりことなるにふさわしい逸材いつざいだからね」

 サヤカの嘲笑ちょうしょうが、理科室中に響きわたる。
 メグルは漆黒の闇で覆われた天井を見上げながら、カバンから『魔捕瓶まほうびん』を取り出した。

 瞬間、背中から右腕にかけて激痛が走る。

 手からこぼれ落ちた『魔捕瓶まほうびん』は床で砕け、マントが鋭い刃物で切られたように破かれた。
 腕と背中から血が噴き出す。


 「メグルくん、もう少し楽しませて……」

 メグルの背筋が凍りつく。
 サヤカの声音こわねで発せられたその言葉は、熱い吐息といきが感じられるほど耳元近くでささやかれたのだ。

 したたるほどの血で濡れる、鋭く尖った爪が、メグルの喉元のどもとにゆっくりと喰い込む。
 メグルは必死にその手を払いのけ、床を転がりその場を逃れた。

 壁にもたれて、理科室中に目を走らせる。
 狂ったような笑い声だけが、漆黒の闇にこだましている。


 「他愛もない。ここまで堕ちたか、六道リクドウメグル……。わたしをお忘れかい?」

 暗闇を見上げて、メグルは叫んだ。

 「お前など知るか。たとえ何処どこかの世界で会っていようと、サヤカの命をもてあそんだお前は、絶対に許さないっ!」

 「…………。転生てんせいを繰り返すうちに、おのれの決意まで見失うとは……。やはり、始末するべきか」

 理科室のうしろの引き戸が弾け飛び、吸い込まれるように漆黒の闇が廊下へ移動した。
 メグルは血だらけの手をカバンに突っ込み、闇雲にまさぐった。

 つかんだのは最後の『魔捕瓶まほうびん』がひとつ。


 「ああ、サヤカ……」 膝を抱えてうずくまる。

 あふれる涙が、握りしめた『魔捕瓶まほうびん』の上にぽたぽたと落ちる。
 メグルは絶望に暮れる気持ちを強引に抑え込んで顔を上げると、乱暴に涙をぬぐい、深く静かに息を整えた。

 覚悟を決めて立ち上がり、廊下に飛び出す。
 その目に、眩しい光が飛び込んできた。

 すでに窓の外には不気味に紅く輝く満月が浮かび、月明かりが長い廊下を照らしていた。


 「さあ、ふたりきりの、月見祭りと参りましょう……」


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