上 下
72 / 86
第13章 麦わら帽子

03

しおりを挟む


「助けて欲しいんじゃない。愛して欲しかった……」

 差し出された、血まみれの手――。
 迂闊うかつに近寄れば、鋭く尖るその爪で、またたに体を引き裂かれるかも知れない。

 だがメグルには血まみれのその手が、求めては裏切られ、傷付きながらも必死に愛をつかもうと、もがいているように見えた。

 「ぼくにはわからないんだ」

 メグルがサヤカのもとに歩みだす。
 サヤカの瞳には、求めても得られなかった愛情への渇望かつぼうの色が、確かに宿っている。

 「なんでサヤカのお母さんが、サヤカから目をそむけるようになったのか。サヤカを見つめるやさしい眼差しが、どこへ行ってしまったのか……。サヤカがこんなにも、求めているというのに……」

 そして差し出された血まみれの手を、力強く握りしめた。

 「ぼくにはなんの力もない。サヤカが求めているのは、お母さんだから……。
 お母さんが笑いかけてくれたら、それだけでサヤカは幸せになれたというのに……。
 ぼくがサヤカのお母さんだったら、サヤカのことを、思いきり抱きしめてあげるのに……」

 自分の無力さに、メグルの目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
 その姿を見つめていたサヤカが、とつぜん自分の頬をさわった。
 頬を伝う自分の涙に驚くサヤカ。

 そのとたん、全身を包んでいた黒い霧が、内側から発するまばゆい光に吹き飛ばされた。

 漆黒に染められたワンピースは白く、肌には血色が戻っていく。
 鋭く尖った爪は消え、メグルの手の中で、覚えのある、あのやわらかな手の感触がよみがえる。


 「わたし、もう一人きりだと思ってた……。この世界でわたしを愛してくれる人は、もう誰もいないかと……」

 「一人じゃないよ! ぼくやトモルが一緒にいる! きみは愛に包まれてる!」

 メグルはサヤカの手を両手で握りしめた。
 人間と魔鬼とのあいだを危うく揺れ動くサヤカの魂を、二度と再び魔鬼に奪われないように。

 そして……。

 脳裏をよぎるモグラの言葉をふり払うように、メグルはその手に力を込めた。
 やわらかく温かなサヤカの手に、命の温もりが感じられる。


 (サヤカは生きている!)

 メグルは喜びにあふれる涙をそのままに、サヤカに笑いかけた。
 サヤカも涙を流したまま、微笑む。

 「ずっと夢を見てたみたい。それとも、まだ夢なのかな……? 目を覚ましてあの部屋にいたとしても、わたしまだ、生きていける気がする……」

 「夢じゃないよ! もう一度きみはやり直せる! 今度こそ精一杯、幸せになるんだ!」


 ……しかし、その微笑みが長く続くことはなかった。

 サヤカの瞳から次第に光が失せ、視線が宙をさまよう。
 握っていた手からは、温もりまでもが消えていく。


 『魔鬼を体から追い出したところで、その者は自ら命を絶っている。十層界の掟において自殺は大罪。試練星の数に関係なく、地獄界へ直行だ』

 モグラの言葉が再び脳裏をよぎり、メグルはその場にくずおれた。

 しかしその手は決して離さず、サヤカの魂をつなぎ止めるように両手で包み込み、額に押し付け必死に祈った。


 「お願いサヤカ、逝かないで。せっかく魔鬼から魂と体を取り戻したんだ。これで終わりだなんて、悲しすぎるじゃないか……」

 懇願こんがんするメグルの言葉に、サヤカが再び意識を取り戻した。
 うつろな瞳でメグルを見つめると、血染めの手を必死で握るメグルの両手に、そっともう片方の手を添えた。

 そして、やさしく微笑む。

 「この体が欲しいか? 六道リクドウメグル」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話

赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~

友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。 全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

処理中です...