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第5章 闇夜の訪問者
04
しおりを挟む「よっしゃ! その鏡、ぶち割ってこようぜ!」
勢いよく立ち上がったモグラの腕を、メグルはあわてて引っぱった。
「待てモグラ! 教頭の話を聞いた直後に大鏡が壊されていたら、ぼくらの仕業ってバレバレじゃないか。教頭が魔鬼なら真っ先にぼくらを消しに来るぞ。それに満月の夜まであと二日。そのあいだに鏡が修復されたら、また越界門が開かれてしまう。やるなら直前さ」
「そら、そうだな」
モグラはすとんを腰を下ろすと、今度は首をかしげた。
「しかしあの教頭、本当に魔鬼かね? わざわざ越界門の場所をバラすようなことしてよう」
「これはきっと罠さ。教頭はわざと越界門の場所を教えて、ぼくらが管理人かどうか、出方を窺っているんだ。いま迂闊に鏡に手を出したら、返り討ちにされるぞ」
メグルはカバンの中から『星見鏡』を取り出して、さっと掛けた。
「今度この『星見鏡』でこっそり教頭を見てやろう。人間以外は『星』がないんだ。これで見分けがつく」
どうだとばかりに、メグルが胸を張る。
冷めた目つきで、モグラが睨み返した。
「新人とはいえ勉強不足だぜ。魔鬼には『星』がある!」
「ああやっぱり……。当然だよね。魔鬼も『擬星玉』くらい持ってるか」
メグルは肩をすくめて『星見鏡』をカバンにしまった。
「いや、魔鬼の『星』は本物だ」
「本物?」
訝しげな顔を向けるメグルに、モグラは続けた。
「魔鬼はかつて『天魔』の兵として革命軍と戦い、魔界へ追放された奴らの末裔だ。魔界は十層界とは別の精神世界。故に、この十層界では体を持つことができないんだ。
さあ、ここで問題だ。魔鬼が人間界に潜り込んで悪さをしようってとき、奴らはどうすると思う?」
無言で首を横にふるメグルの顔をのぞき込み、モグラが静かにささやいた。
「……死者の体に乗り移るのよ」
口を開けて凍りつくメグルに、モグラが追い討ちをかける。
「正確には今際の際、まだ魂が抜けていない死体に憑依するんだ。だがそんな死体がそうそう都合良く転がってるわけもねぇ。そこで魔鬼は、あらゆる手を使ってひとりの人間を精神的に追いつめるのさ。生きる希望を奪い、自ら命を絶つのを待ち、ついに訪れるその瞬間、昇天しかけた魂を強引に死体に縛りつけて乗り移る!
憑依された人間の魂は煉獄にも行けず、死ぬこともできず、夢現つの状態で操られることになる。魔鬼が体から出て行くその時まで、永遠にな……」
メグルが息をのんだ。
「魔鬼の『星』は、縛りつけられた人間のものなのか……!」
やがてその顔は怒りに満ち、握りしめた拳をどんっと座卓に叩き付け、叫んだ。
「許せない! 自殺に追い込んで、魂ごと体を奪うなんて!」
「もちろんすべての魔鬼がそうするとは限らねぇ。だが都合がいいのさ。自殺者は大抵ひとりで死ぬからな。看取るやつらがいる前で、死人の体を奪う訳にもいくめぇよ」
モグラはそう言うと、立ち上がって部屋の灯りを消した。部屋は一瞬闇に沈むも、窓から差し込む月明かりに、うっすらと青白く照らし出されていく。
「なんとかして救えないのか?」
両の拳を握りしめ、じっとうつむいたままメグルが呟く。
思い詰めるメグルの姿に立ち尽くしたモグラは、腕を組んで窓の外に目を移した。
夜空に浮かぶ月が映ったのか、モグラの瞳が銀色に輝く。
「魔鬼を体から追い出したところで、その者は自ら命を絶っている。十層界の掟において自殺は大罪。試練星の数に関係なく、地獄界へ直行だ」
きっぱりと言い放つその物言いは、モグラの言葉とは思えないほど重く、メグルの心にずしりと響いた。
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