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第5章 闇夜の訪問者

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「よっしゃ! その鏡、ぶち割ってこようぜ!」

 勢いよく立ち上がったモグラの腕を、メグルはあわてて引っぱった。

 「待てモグラ! 教頭の話を聞いた直後に大鏡が壊されていたら、ぼくらの仕業しわざってバレバレじゃないか。教頭が魔鬼なら真っ先にぼくらを消しに来るぞ。それに満月の夜まであと二日。そのあいだに鏡が修復されたら、また越界門えっかいもんが開かれてしまう。やるなら直前さ」

 「そら、そうだな」

 モグラはすとんを腰を下ろすと、今度は首をかしげた。

 「しかしあの教頭、本当に魔鬼かね? わざわざ越界門えっかいもんの場所をバラすようなことしてよう」

 「これはきっとわなさ。教頭はわざと越界門えっかいもんの場所を教えて、ぼくらが管理人かどうか、出方をうかがっているんだ。いま迂闊うかつに鏡に手を出したら、返り討ちにされるぞ」

 メグルはカバンの中から『星見鏡ほしみきょう』を取り出して、さっと掛けた。

 「今度この『星見鏡ほしみきょう』でこっそり教頭を見てやろう。人間以外は『星』がないんだ。これで見分けがつく」

 どうだとばかりに、メグルが胸を張る。
 冷めた目つきで、モグラが睨み返した。

 「新人とはいえ勉強不足だぜ。魔鬼には『星』がある!」

 「ああやっぱり……。当然だよね。魔鬼も『擬星玉ぎぼしだま』くらい持ってるか」

 メグルは肩をすくめて『星見鏡ほしみきょう』をカバンにしまった。

 「いや、魔鬼の『星』は本物だ」
 「本物?」

 いぶかしげな顔を向けるメグルに、モグラは続けた。

 「魔鬼はかつて『天魔てんま』の兵として革命軍と戦い、魔界まかいへ追放された奴らの末裔まつえいだ。魔界まかい十層界じっそうかいとは別の精神世界。故に、この十層界じっそうかいでは体を持つことができないんだ。
 さあ、ここで問題だ。魔鬼が人間界に潜り込んで悪さをしようってとき、奴らはどうすると思う?」

 無言で首を横にふるメグルの顔をのぞき込み、モグラが静かにささやいた。

 「……死者の体に乗り移るのよ」

 口を開けて凍りつくメグルに、モグラが追い討ちをかける。

 「正確には今際いまわきわ、まだ魂が抜けていない死体に憑依ひょういするんだ。だがそんな死体がそうそう都合良く転がってるわけもねぇ。そこで魔鬼は、あらゆる手を使ってひとりの人間を精神的に追いつめるのさ。生きる希望を奪い、自ら命を絶つのを待ち、ついに訪れるその瞬間、昇天しかけた魂を強引に死体に縛りつけて乗り移る!
 憑依ひょういされた人間の魂は煉獄れんごくにも行けず、死ぬこともできず、夢現ゆめうつつの状態で操られることになる。魔鬼が体から出て行くその時まで、永遠にな……」

 メグルが息をのんだ。

 「魔鬼の『星』は、縛りつけられた人間のものなのか……!」

 やがてその顔は怒りに満ち、握りしめた拳をどんっと座卓に叩き付け、叫んだ。

 「許せない! 自殺に追い込んで、魂ごと体を奪うなんて!」

 「もちろんすべての魔鬼がそうするとは限らねぇ。だが都合がいいのさ。自殺者は大抵ひとりで死ぬからな。看取みとるやつらがいる前で、死人の体を奪う訳にもいくめぇよ」

 モグラはそう言うと、立ち上がって部屋のあかりを消した。部屋は一瞬闇に沈むも、窓から差し込む月明かりに、うっすらと青白く照らし出されていく。

 「なんとかして救えないのか?」

 両の拳を握りしめ、じっとうつむいたままメグルがつぶやく。

 思い詰めるメグルの姿に立ち尽くしたモグラは、腕を組んで窓の外に目を移した。
 夜空に浮かぶ月が映ったのか、モグラの瞳が銀色に輝く。


 「魔鬼を体から追い出したところで、その者は自ら命を絶っている。十層界の掟において自殺は大罪。試練星の数に関係なく、地獄界へ直行だ」


 きっぱりと言い放つその物言いは、モグラの言葉とは思えないほど重く、メグルの心にずしりと響いた。


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