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第1章 死と再生

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 エントランスから続く長い廊下を歩いていると、突き当りに見上げるほど巨大な観音開きのドアが現れた。
 ドアプレートには『煉獄長れんごくちょう室』と書かれている。
 しかしよく見れば『中有ちゅうう』という文字の上に紙を貼って『煉獄れんごく』と書き換えられていた。

 「中有ちゅううより迫力のある『煉獄れんごく』という呼び方を広めたのは、じつは煉獄長れんごくちょう自身だという噂があったけど、本当みたいだな……」

 ドアをノックする。
 すると、ぎりぎりと錆びついた音を響かせながら、観音開きの巨大なドアが、ゆっくりとひとりでに開いた。
 廊下の明かりが一本の道となって部屋の中へのびる。
 そこは吸い込まれそうな深い闇に包まれた空間だった。

 男は緊張で高鳴る胸を押さえ、そろそろと部屋に足を踏み入れた。

 「失礼します……」
 蚊の鳴くような男の声が、暗闇のなかをこだまする。

 (ここはずいぶんと広い部屋のようだけど……)
 ぐるりと辺りを見渡そうとしたとき、背後で激しい音をたててドアが閉まった。
 漆黒の闇が男を包み込む。

 すると闇の奥から、年老いた男の返事が聞こえてきた。

 「おお……来たか」
 しわがれているが優しい声。

 『煉獄長れんごくちょう』などと威圧感のある呼称を好むあたり、ドスのいた恐ろしい声を想像していた男は、拍子抜けしてしまった。
 しかし姿は見えない。

 男が奥へ進もうとすると、再び声が聞こえた。
 「そこでよい。まぁ掛けなさい」

 暗闇のなか、男は手をのばして辺りを探ってみたが、椅子のようなものは何処どこにもなかった。男を囲むようにして四本の柱が立っているだけだ。

 それが巨大な椅子の足だとようやく気付いた男は、柱をよじ登って四畳半ほどの広さがある座面の中央に正座した。座面の四隅に置かれたロウソクに、ぽうぽうと火が灯る。男の姿がぼんやりと朱色の明かりで照らし出されたとき、煉獄長が静かに話を始めた。

 「今回のきみの人生についてだが……」

 男が緊張しつつ耳を傾ける。

 「きみのように人間界へ昇界しょうかいして来たばかりの魂は、まず十二個の試練星を持っておる。大抵の者が一回の人生で乗り越えられる試練は二、三個。よって、よくできた魂でも四、五回は転生を繰り返すことになるじゃろう」

 ばつが悪そうにくせっ毛頭をきながら、男はうなづいた。
 「それはもちろん、承知しています……」

 男の頭に苦い思い出がよみがえる。
 それは、ひとつ下の世界『修羅しゅら界』をただの一度で卒業し、意気揚々と煉獄へやって来たときのことである。

 「ぼくなら人間界も一度でパスさ。『天界』行きも楽勝だね!」
 自信満々でそう語る男に、人間界の常連である先輩たちは口々にこう言ったのだ。

 「おのぼりさんが笑わせんなよ。人間界はそんなに甘くないぜ」

 「長い長い十層界じっそうかいの旅も、おれたち凡人にとっちゃ、ここが終着点。地獄界へ帰りたいなら、おれが案内してやるけどな」

 確かに、人間界は魔界と真如しんにょ界側との境界線。そう簡単には卒業できないか……。

 己の考えの甘さに、顔から火が出るほど恥をかいた男は、先輩たちの罵声を浴びつつ、地道にがんばろうと心を改めたのである。


  「快挙じゃ」

 煉獄長の言葉に男ははっと我に返った。

 「ありえぬ話ではない。が、一回の人生で十二個すべての試練を乗り越えた者は……。わしの記憶が確かなら、およそ二五〇〇年ぶりの快挙である」

 暗闇が静寂に包まれる。ロウソクの明かりだけが、ちりちりとかすかな音を立てて揺れている。
 男は煉獄長の言葉を、何度も心の中で繰り返していた。

 「…………!」

 ようやくその意味を理解できた瞬間、マグマのように心の奥底でくすぶっていた男の野望が、火山の爆発のごとく一気に噴き出した。

 (やったあああっ!)飛び上がり、心の中で叫ぶ。

 (やはりそうだ。ぼくは普通じゃない!
 エリート! それも二五〇〇年に一度の、超エリート!!
 『人間界』など、ぼくにはただの通過点。ぼくの住むべき世界は六道ろくどうの頂上『天界』!
 いや、十層界じっそうかいの頂上『真如しんにょ界』でさえ、夢ではないかも……)


 「……続けて、よいかの?」

 突如聞こえた煉獄長の言葉に、男はどきりとした。
 (こちらからは暗闇しか見えなくても、煉獄長様には、ロウソクの明かりの中で、さもしくはしゃぐ姿を見られていたはず……)
 全身に滝のような冷や汗をかきながら、再び男はその場に正座した。

 「超エリートのきみに、たくしたい使命がある」

 男の顔が真っ赤に染まる。
 (超エリートだなんて煉獄長様の言葉とは思えない。やはり煉獄長様は、すべてお見通しなのだ……)

 必死に落ち着こうと努めた男は、その直後の聞き慣れない言葉に、思いがけず平静を取り戻すことになる。


 「管理人じゃ」


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