上 下
5 / 86
序章 輪廻(メグル)と土竜(モグラ)

04

しおりを挟む
 「雑なおさめ方だねぇ」

 屋上からとなりのビルに飛び移り、非常階段からその場を去ろうとしたメグルの背中に、突然、声がかかった。
 目をらすと暗闇のなかにひとりの男が立っている。

 細身の長身に黒のスーツと蝶ネクタイ。
 黒いステッキを持ち、黒い革靴を履いていた。
 黒いシルクハットからは、ぼさぼさの髪と丸いサングラスをのぞかせ、弓なりにぴんっと天に向かった口髭を伸ばしている。

 紳士ぶった気取った格好をしているが、どれもが薄汚れてぼろぼろ、スーツの膝にはぎが当てられ、体中から生ゴミのような匂いを放っていた。

 「昔の管理人はもっとスマートに事をおさめていたぜ。センスがあったね」

 全身黒ずくめの男の口から『管理人』という言葉が出たとたん、メグルは素早くカバンから分厚いレンズの黒ぶち眼鏡、『星見鏡ほしみきょう』を取り出して掛けた。
 男の頭上には、人間ならあるはずの水晶玉がひとつも見えない。

 「だいたい、関係ない少女を自殺志願者に仕立てるなんてよう? めちゃくちゃだぜ」

 そんな男の言葉などまったくかいさず、メグルは淡々とこたえた。

 「あの少女は自暴自棄じぼうじきになっていて、放っておいたら命も落としかねない様子でした。沢山の人からはげまされた現実は、たとえそれが偽りの体験だったとしても、あの少女には生きるかてとなるでしょう……。それにしても、ここらは越界者えっかいしゃだらけだな。前任者は何をしていたんだ、まったく」

 文句を言いながらも胸ポケットからすばやく名刺を一枚ぬき取り、男に差し出す。

 「先日配属されました、人間界管理局日本支部担当 六道リクドウ 輪廻メグルです。どうぞよろしく」
 練習通りにすらりと一息で言い切ると、にやりと笑ってこう続けた。

 「人間界をたった一度で卒業した、二五〇〇年ぶりの超エリートです!」
 そしておもむろにカバンの中から、越界者えっかいしゃを閉じ込める小瓶『魔捕瓶まほうびん』を取り出した。

 「ちょちょ、待った待った! おいらはお前さんの協力者なんだぜ?」

 「協力者?」

 メグルは眼鏡のフレームを人差し指でついとずり上げ、男を睨みつけた。
 「前任者は越界者えっかいしゃなんかと協力していたのか……。堕落だ」

 「お前さんはそんなこと言うけどね。越界者えっかいしゃを探し出すってえのは、けっこう骨なんだぜ」

 しかしメグルは胸を張った。
 「先月、人間界に降りてきたばかりだけど、さっき捕まえたやつで、もう三人目です」

 「ほう、やるねぇ新人。しかし一ヶ月で三匹捕まえた程度で胸張られてもな……。近頃やつらは、毎月千匹単位で、この人間界へ侵入しているって噂だぜ」

 男はサングラスを外してシルクハットのつばの上に掛け直すと、だらしなく垂れた目をあらわにしながら、ふところから取り出した黒革の手帳をのぞき込んだ。

 「とりわけ日本では、ええと……。いま現在、魔界側の世界から侵入した越界者えっかいしゃが、約六百匹ほど潜んでいるね。お前さんの捕まえた数なんて、まあ、微々びびたるもんよ」

 垂れ目がちの笑顔を向ける男に、メグルも同じ表情を真似まねながら言った。
 「ふうん、六百人もねぇ……。で、その数にあなたは含まれているの?」

 「そらぁ、お前……。おいらは別だよ……」
 男はばつが悪そうに口髭をなでた。

 「いいかね、新人くん。自慢じゃないが、おいらは人間界に不法に入界して彼此かれこれ三〇〇年。言わば越界者えっかいしゃのベテランよ! この実績を買われて、いままで何人の管理人がおいらを頼って来たものか……。いいかげんその小瓶しまえったら!」

 いまいち納得はできなかったが、男が危険なやつにも見えなかったので、メグルは『魔捕瓶まほうびん』をカバンにしまった。

 「三〇〇年も、人間界で何をやっていたんです?」

 「なあんも。静かにひっそり暮らしつつ人間界を観察するのが、おいらの趣味なのさ」

 「趣味? 人間界の観察が?」


 「そ。人間界は【十層界じっそうかい】で唯一、『善』と『悪』が混沌こんとんとした世界。見てて飽きないね!」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話

赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~

友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。 全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

処理中です...