緑の丘の銀の星

ひろみ透夏

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最終話 旅立ちの朝

02

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「ママだよ! ママ! トモミのママ!!」

 わたしはトモミの手を引っぱり、小型宇宙船をかけ上がった。

 朝もやを吹き飛ばすような陽射ひざしが草原を走る。
 やさしくいろどられられていく地平線に、ひとりの女性が立っていた。

「ママ!」トモミが叫んだ。

「ママ、ママ……。ママの心に、わたしの居場所がまだあった……」

 トモミの目から、大粒の涙があふれだす。
 トモミを見つけた母親は大きく手をふると、草につまずき、よろめきながら走ってくる。

「あたりまえじゃないか」

 そう言いながらも、わたしの目からも、ぽろぽろと涙があふれ出ていた。

「きみと出会えたすべての人の心にきみはいる。これからもみんなの心に、あのはじけるようなトモミの笑顔を焼き付けるんだ。いっぱい、いっぱい、楽しい思い出とともに……。さあ、行って!」

 トモミは涙で顔をぐしゃぐしゃに濡らしながら、力強くうなずいた。
 そして、わたしに抱きつき、震える声でささやく。


「ありがとう」


 トモミは手のこうでごしごしと涙をふくと、ワンピースをひらめかせて小型宇宙船から勢いよく飛び降りた。

 力いっぱい走って、思いっきりママに抱きつく。


「トモミのママはねぇ、とってもトモミのことを大切に想っているんだ。もちろん、このまえ出て行ったトモミのパパも、クラスのみんなもね」

 トモミの背中に男のひとが声をかけた。驚いてふり返るトモミのまわりを、地平線から次々と現れた子どもたちが、とりかこんでいく。

「どうやらトモミのママは、パパを探すためにずっと家を空けてたらしいんだ。きのうの夜、出て行ったパパをようやく見つけ出して家にもどったら、今度はトモミが家にいないだろ? あわててうちのママに電話して……、それを知ったクラスのみんなも、夜中なのに声をかけあって……」

 大人や子ども、次から次へと現れる人たちで、緑が丘の地平線が色とりどりに染められていく。

 トモミを心配して、こんなにもたくさんの人たちが集まったのだ。

「これが……地球人……」

「そ、これが地球人。笑ったり、泣いたり、怒ったり……。ハカセたちには厄介やっかいな生き物に見えるだろうけど、ちょっとしたきっかけで、こんなにも温かくなれるんだぁ」

 はにかみながら涙ぐむトモミの笑顔が、たくさんの子どもたちの笑顔にかこまれている。

 その光景を、やさしいまなざしで見つめていたアユムの笑顔が、ふと寂しげに変わった。

「トモミの両親、いっぱい話し合って、結局故郷こきょうの国へ帰るそうだよ……。トモミも一緒に行くだろうね……。トモミ、両親の故郷とはいえ、ほとんど記憶がない街にひとりで大丈夫かな? ぼくたち、みんなお別れだね……」

 見知らぬ土地に降り立つトモミの姿を想像し、わたしは少し不安になった。
 だがすぐに、その不安は吹き飛んだ。この宇宙船の上での出会いを思い出したのだ。


 銀河の果ての惑星で友だちができた。
 環境も習慣も文化も違う、どんな人とだって友情は生まれる。
 その瞬間が、わたしは大好きだ。


「トモミは大丈夫。それに絶対、もどってくるさ。こんなにも温かい人たちがいる、もうひとつの故郷の街があるんだから」

 アユムは力強くうなずくと、わたしに握手をもとめてきた。

「ハカセもね。この丘の上で、きっとまた三人で会おう。約束だよ!」

 しかしその手には、紙袋がにぎられていた。

「あっ、これ。トモミに渡し忘れちゃった。トモミのママねぇ、こんなの持って、トモミのことを探してたんだって。笑えるよねぇ。……せんべつ代わりにハカセにあげるよ」

 紙袋をわたしに押しつけて、アユムはずるずると小型宇宙船をすべり降りた。


「ぼくもママにいっぱい心配かけちゃったから、もう行くね。ぼくのママ、電話がつながらないからって、警察に捜索そうさく願い出したんだ。そりゃあ、つながらないよね。宇宙にいたんだから……。あ、ママ? いまそっちに行くよう……」

 ポケットから取り出したスマホを耳にあてながらウインクすると、アユムはみんなのいる地平線に手をふりながら走っていった。


「ハカセー」


 たくさんの笑顔にかこまれたトモミが、地平線で大きく手をふる。

「待ってるから、きっと、きっと、もどってきてね! 約束だからね! 緑の丘の……」

「……銀の星! トモミもアユムも元気で! 絶対にまた、この場所で会おう!」

 トモミやアユム、そしてたくさんの人々が、地平線の彼方かなたへ消えていく。


 それを追うように、波をたてて草原に風が走った。




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