緑の丘の銀の星

ひろみ透夏

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第12話 ゆがんだ月

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 わたしが緑が丘にもどったのは、空にひとつめの星が輝きだしたころだった。

「トモミー、アユムー、どこだー」

 小型宇宙船の上に立ち、大声で呼びかけてから耳をすます。
 黄昏たそがれ時の涼しい風が、さわさわと草原全体をゆらしている。

 アユムとは、ここで落ち合う約束をしている。あるいはトモミも、いつものこの場所で、わたしを待っているのではと期待したが……。

 もう一度、呼びかけようとしたとき、うしろの草むらが、ガサリと音をたててゆれた。

「トモミ?」

 しかし草かげのあいだから、ひょっこりと顔を出したのはクモだった。

 細長い足をぴんっとのばして、地面にへばりつくようにして隠れていたクモは、ひざを折り曲げ立ちあがると、黒くて丸い体をわたしに近づけた。

「博士、キリ星の船の修理は完了しました。しかし、あくまで応急処置です。この小さな宇宙船の反重力装置はんじゅうりょくそうちを使ったのですから」

 クモはわたしの足もとにある小型宇宙船を、細長い足の先でコンコンとつついた。

「この船の中はもうからっぽです。……ところで博士、誰かお探しだったのですか?」

「ちょっと、ある地球人を探していてね」

「そういえば、洞窟の中で地球人の少女を見ましたよ。それなりに発展している星だと思っていましたが、いまだに洞窟暮らしもいるだなんて、まだまだ地球人も原始的……」

 クモの話が終わる前に、わたしは洞窟に向かって走りだしていた。

「博士ぇ~、わたしはいったん母船にもどります! さっきはあんなこと言いましたが、わたしは博士の味方ですよ~」

 わたしの背中に向かって声を張り上げるクモに、わたしも手をふって叫んだ。

「ありがとうクモ! もしわたしが牢屋ろうやに入らずにすんだら、絶対に絶対に、お礼をするよ!」




「パワーオン、オープン、ライト!」

『全宇宙生物図鑑』の明かりをたよりに、わたしは洞窟の中を走った。

 ばさばさと鳥のように飛んでついてくる、この図鑑を見られたら、いくら鈍感どんかんなトモミでも、これが地球のテクノロジーでは作れない物だとわかるだろう。

 だが、そんなことはもうどうでもいい。いまは一刻いっこくも早くトモミのそばに飛んで行きたかった。

 トモミの名を呼びながら洞窟を走る。
 しかし、地下の泉にたどりついても、トモミの姿はどこにもなかった。

 なおもトモミの名を呼びながら泉のほとりを歩きまわっていると、暗闇に黄緑色に光る目を見つけた。


「トモミはもういませんよ」

 暗闇からゆっくりと姿を現したのは、キリル王子だった。




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