No.《number》

響 志宇

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No.3:転機

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エンジンを鳴らし、れいなを乗せて去って行くリムジン。
「…これで分かっただろう。あたしが頑なにあの子と関わらせなかった理由。昨日街で神堂ちゃんとあの子の手を払ったのも、あたしさ。でもね、これは意地悪じゃないんだよ。サカサは子を成せないからこそ神堂ちゃんは孫のように可愛いんだ。これは神堂ちゃんの為なんだよ。同じサカサで優しい女の子を知っているからさ。あの子は諦めな」
入隊試験案内用紙を高く振り上げて、田中が奪えないようにする。
「試験は5月2日か~。今日の穴埋めで、この日シフト代われよな田中。ヨロシク~」
「神堂ちゃん!その紙は捨てな!サカサがMFSに入るなんて聞いた事無いよ!自殺行為さ!最初は良くてもいつかバレる!ニンゲンと関わり過ぎたら傷付くだけさ!あの子と何があったかは知らない。けど、さっきのでまだ気付けないのかい?!あの子はNo.666を見ていない。神堂聖弥を見ているんだよ?!」
田中の悲痛な説得を無視して、聖弥は嗤う。普段の彼らしくない邪悪な笑み。瞳はサカサ特有の十字模様が浮かんでいる。
「何も分かってねぇのな。あいつは神堂聖弥を知らねぇんだよ。ほんの一瞬会っただけだ。だから俺があいつの神堂聖弥になってやる!」
「…神堂ちゃんは若いから教えてあげる。サカサはね、標的のニンゲンの口調、動作、癖、交友関係を事前に隈無く調べてからそのニンゲンに成り代わるんだよ。周りにバレないよう。そうやってニンゲン社会に溶け込む。…食べたニンゲンに成りきれず、本当の自分を見てもらいたい神堂ちゃんのようなサカサは100%死ぬ」
「っ…!」
昨夜浅月と対峙した時と同じ険しい顔をする田中に、返す言葉が見つからない。
「神堂ちゃんは普段の言動から危ういからね。字も上手く書けないだろう?それに、人前でも食事を全く摂らない。どっちもサカサである証拠になってしまうよ。神堂聖弥君の癖や言動は食べる前に調べているんだよね?れいなが彼を知らなくても、彼の周りにバレる可能性は高いよ。…まさか調べもせず食べちゃいないだろうね?」
「…っ、」
全て図星…といった表情の聖弥。
「…で、」
「?」
「何で俺らは自分の心に嘘吐いて生きなきゃならねぇんだよ!!」
先程までの怒りは何処。今は瞳も元に戻り、切ない表情でそう声を上げると走り去る聖弥。
「神堂ちゃん!!」
「あ。田中さん。元気なら神堂君の代わり、シフト入ってね~」


























都営団地、アパート302号室ーーーーーー

まだ学校中の天音は居ない。自室のベッドで1人、顔を伏して横たわる聖弥。
『4年振りでしてよ』
『化物サカサから守ってくれてありがとう』
れいなの声がよみがえる。
「…だから4年振りだったのかよ」
『あの子はNo.666を見ていない。神堂聖弥を見ているんだよ?!』
「端から俺なんざ見ていなかったのに浮かれてクッソ馬鹿じゃん。ダッセー…」
くしゃくしゃに丸めた入隊試験案内用紙を床へ放り投げた。
「…寝よ」





























9年前、如月公園ーーーーーー

「またね~」
「ばいばーい」
幼女2人が去り、人っ子一人居なくなった公園内。その時を待ってましたとばかりに物陰からひょっこり姿を現したのは、ニンゲンの小学生くらいの背丈をした真っ黒いヒトガタの生物サカサ。このサカサは当時10歳のNo.666だ。当時はまだ神堂聖弥はおろか、ニンゲンを誰も食べていない。
ニンゲンが去ったのを見計らっては、毎日こうして1人で公園で遊んでいる。今日は砂遊び。
「今日はさっきのニンゲンが作ってた砂山を真似しよーっと」
サカサに親や家族は居ない。自然発生する生き物だ。彼ら自身、自分がどう産まれ何者なのかは知らない。だが確かな事は、ニンゲンと同じで"心"を持つ生き物という事。
生きていく内に他のサカサから"ニンゲンは敵"と聞き、認識する。だからこうして、ニンゲンが居なくなる夜に公園で遊ぶ。サカサは産まれてすぐ自分の影に表れたナンバーが自分の名前という認識。ナンバーが早い程、長く生きている証。
「本当は皆で遊びてぇけど周りはニンゲン食った悪りぃ大人のサカサしか居ねぇからな。べ、別に1人で寂しくねぇし?!んじゃ、次はすべり台行くかぁ」
すべり台の頂上に立ち、見下ろす。
ーー高くてちょっと怖ぇな…ーー
「わっ!」
「おわーっ?!」
誰も居ないはず。なのに突然背後から同い年の当時10歳のれいなに驚かされ、その拍子にズザーッ!と勢い良く滑り落ちてしまったNo.666。
「あらま」
ーー何だよあいつ!?クソっ!落っこちたじゃねぇか!つーかニンゲン?!いつの間に?!全員帰ったんじゃねぇのかよ?!ーー
「お邪魔でしてよ」


ドスン!

「ぎゃっ!?」
起き上がったNo.666にお構いなくすべり台から滑り降りて激突するれいな。タンコブを2つ作ったNo.666は拳を握り締めて、れいなに激怒。
「てめぇ!ふざけんじゃねぇぞ!」
「次はこっちでしてよ~!」
「……」
全く悪気無しで、砂山を作りながら砂場からNo.666を呼んで手を振るれいな。No.666はれいなの隣に座る。
「貴方もお友達が居りませんのね。だからお1人で遊んでいたのでしょう。わたくしもですの!ですから、このわたくしが遊んであげましてよ!」
「うるせぇ!つか何でそんなに偉そうなんだよ!」
真っ黒くて口しか無い顔の無いこんな自分を見ても全く物怖じしないどころか、いたって自然と接してくるれいなにNo.666は恐る恐る尋ねる。
「…お前、俺を変だと思わねぇの?」
「わたくし霊感がありますの。おばけさんでしょう?慣れていますわ」
「死んでねぇよ!!」
「ほらほら早く!見つかってしまいますから、それまでたくさん遊んであげましてよ~!」
「だから何でそんなに偉そうなんだよ!」
飄々としているれいな。そんな彼女に悪態つきつつも遊ぶNo.666だった。

























ブランコ、機関車のトンネル…など様々な遊具で遊び、今は2人ジャングルジムのてっぺんに腰掛けている。れいなが、真っ白い満月へ右手を伸ばす。
「お月様は遠いですわ」
「……」
バサッ!
「まあ!」
No.666は自分の純白の羽を現した。この時はまだ両方ある。
「綺麗な羽!貴方は天使さんでしたのね!」
「そんなんじゃねぇけど。ほら、手貸せ」
No.666が左手でれいなの右手を握れば、空へふわっと浮かび上がる2人の体。だんだんと離れていく地上を見下ろして大興奮のれいな。
「わあ!すごいですわ!すごいですの!飛んでおりますわ!」
一方のNo.666は、左手を満月へ伸ばす。
「もうちょい…!」


ガクン、

「おわっ?!」
しかし体勢を崩してしまった。その拍子にれいなの手を放してしまい、地上へ真っ逆さまのれいな。
「やべぇ!!」


ドスン!!

間一髪。No.666の方が先に地上へ着地し、クッション代わりになったお陰で、彼の上にれいなが少し遅れて落下した為、れいなは無事。
「大丈夫かよ!?怪我とか…!」
「うふふ。次はちゃんとお月様まで連れて行ってくださる?」
「うるせぇポンコツ!」
「おーい。何処行ったんだろうね」
「あら。お迎えですわ」
「え"っ!?ニンゲン!?」
れいなを探す少年の声が遠くから聞こえてNo.666はビクッ。
「あ、あのさ!顔のねぇ俺とどうして遊んでくれたんだよ?」
「いくら素敵なお顔があってもお優しくなければダメでしょう?お顔が無くても貴方はお優しい方ですから!」
屈託のない純粋無垢なれいなの笑顔に、お喋りなNo.666も言葉が出てこなかった。
No.666は大木の陰に隠れ、その間にれいなは公園を出て行く。そうすれば、彼女を迎えに来た2人の少年の後ろをパタパタついて行くれいな。
「もう。探したんだよ」
「お友達ができましたのっ」
「お友達?」
ーー…変なニンゲン。…次会う時までにちゃんと月まで飛べるように練習しておくか。…あ。名前聞き忘れた。次会ったら聞けば良いやーー





















翌日ーーーーーー

昼間、大木の繁みに隠れながらNo.666が公園を見下ろす。いつも人気の無い公園に、白いバトルスーツを着たMFS隊員が3人やって来た。
ーーその日からあいつは来なくなった。その上、この公園周辺をMFSが警戒するようになったんだーー




























5年後ーーーーーー

ーー如月区に居ればまたいつか合えると思って、俺はこの街に留まった。ニンゲン食って皮を被った他のサカサ共々はニンゲン社会で何不自由無く生きていた。ニンゲン食ってまで生きたくねぇ俺らみたいな少数派は、ニンゲンに隠れて野良犬同然の路地裏生活を毎日続けている。ニンゲンは大嫌いだけど、殺すまではしたくねぇし。それに、そんな事したらあいつの言う"優しいヒト"じゃなくなっちまうからな。あいつも、顔が無くても内面だっつってたしーー
街の路地裏でたむろするNo.666、友人のNo.667、No.668。5年前よりうんと背丈も伸びたNo.666がふと、街の方を見た時、見覚えある白髪の少女を見つけた。
「!」
無我夢中で路地裏を飛び出す。
「あ?!おい!何処行くんだよNo.666!」
「何やってんだよあの馬鹿!やべぇよ!そっちはニンゲンがわんさか居るって!」
「おい!」
「!」
友人2人の制止など聞こえていないNo.666が背後から声を掛ければ、白髪の少女…れいなは立ち止まり、振り向く。
「超久し振りだな。何処行ってたんだよ。あれから一回も来ねぇし。あ。俺、練習したんだぜ。だから、」
「きゃあああああ!!」
「!?」
突然悲鳴を上げたれいなにNo.666は大混乱。しかもれいなは逃げ出すではないか。
「俺だって!5年前如月公園で遊んだ!」
「何?」
「あれってサカサじゃね!?」
「ガチだ!やっべぇ!通報しようぜ!」
「5年前のあの日からわたくしを食べようと狙っておりましたのね!?誰か!誰か助けて下さいな!!」
「ふざけんな!お前を食おうと思った事なんて一度もねぇよ!待てよ!話聞けって!何で逃げるんだよ!おい!」
「何?サカサが出たっぽいよ」
「……」
その様子を見ていた制服姿の中学生カップル。彼氏の方はすぐ駆け出し…、


ドスッ!!

「がはッ!!」
れいなの前へ飛び出し、No.666に飛び蹴り。
「くっ…、そが…!」
「怖がってるだろ。やめなよストーカー君?」
No.666に飛び蹴りをした中学生の少年は、金髪で黄緑色の瞳、左目の横に泣き黒子のある正真正銘本物の神堂聖弥。
頬を赤く染めたれいなの紫の瞳に映る神堂聖弥はキラキラ輝いていて、まるで王子様。






















「すげー!あの子サカサに蹴り入れたぜ!」
「かっこいい!」
「くっ…そが…!ふざけ、」
「大丈夫ですか?」
「はいっ!ありがとうございます!!」
神堂聖弥を見つめるれいなの瞳、赤く染まる頬…その雰囲気から彼女が神堂聖弥に対しどのような感情を抱いているかという事くらい、No.666にだって一瞬で感じ取れた。
「っ…!ふざけっ、」


カシャッ!カシャッ!

「?!」
途端、街の人々はスマートフォンでNo.666を撮影し始めた。まるで見世物のように。
「すっげー。俺、サカサ初めて見た」
「ちょ、やばいって」
「本物じゃん!」
「キッモ~」
「こいつ、ニンゲン食ってないって事?」
「明日会社の人にこの写真見せるわ!」
「口しかないの?」
「SNS載せたらバズるかな?」
「こっち向いてくださ~い」
「やばいってお前!キレさせたら食われるぞ!」
「サカサがニンゲンの女の子ストーカーしてたらしいよ」
「マジ?キモ~!化物のクセに。マジ無いわ」
「良いな~私もイケメンに助けられたい!」
「てかサカサって化物のクセに何で生きてんの?死ねよ」
「アハハハハ!」
「…めろ、やめ…、」


バサッ!

白い羽を現したNo.666。
「やめろっつってんだろクソがぁあぁあ!!」
「へぇ。羽出しちゃうくらいこの子を好きなんだ?失恋すると発狂するストーカー野郎っていうのはニンゲンもサカサも変わらないんだね」
「ざけんじゃねぇぞ!何も知らないクセに何度もそう呼ぶんじゃねぇ!!」
「化物の羽!貴方は悪魔ですわ!!」
神堂聖弥の背後に隠れながら、まるで汚物を見る目で睨み付けてそう言い放ったれいなに、No.666の中で何かの崩れ落ちる音がした。
「…でっ、」
『綺麗な羽!貴方は天使さんでしたのね!』
「何でだよ!!」


ガシッ!

すると、現れたNo.667とNo.668がNo.666の両羽を掴む。
「お前ら!?ふざけんな!勝手に何す、」
「勝手してるのはお前だろNo.666!!」
「やばいって!逃げないと!」
浮かび上がる3人を神堂聖弥は、額に左手をかざしながら余裕綽々の表情で見上げる。
「へぇ。仲間が居たんだ」


ドンッ!

「ぎゃっ!」
「No.668!!」
何処からともなく飛んできた攻撃がNo.668に命中。遠くからは2人のMFS隊員がこちら目掛けて飛んで来るではないか。
「MFSじゃねぇか!」
「だから言っただろ!お前が暴れたからニンゲンがMFSに通報したんだ!」
「逃げるぞ!」
「待てよ!あいつにまだ何も…!!」
「ふざけんな!お前の勝手でこっちは死んでられねぇんだよ!」
去り際に地上を見下ろせば、頬を赤く染めて神堂聖弥と何か話しているれいなの姿が見えた。
「っ…!!」
肩を震わせつつもNo.666は友人2人と共に飛び去って行くのだった。
「逃げました。追いますか」
「まだ捕食していない雑魚だ。それより西区にNo.347が出た。そちらへ出動するぞ」
「はッ!」
去って行くMFS隊員。
一方、地上では神堂聖弥がれいなに背を向けて去ろうとしていた。
「さて。ストーカー君も逃げた事だし一件落着。帰ろうかな」
「あ、あのっ!お名前とご住所を教えてくださいませんか?助けて頂いだお礼をっ!!」
「あぁ…」
振り向き、好青年さながらに微笑みかける。
「当然の事をしたまでですので」
「は、はひっ!!」
爽やかな笑みで会釈をし去って行く神堂聖弥に、ぺこり会釈を返してぽーっ…としているれいなは、一瞬にして初めての恋に落ちたのだった。




















一方、れいなが見えなくなると街の人々の中からひょっこり現れたのは神堂聖弥の彼女。茶色のボブヘアーで口の右横に黒子がある。
「良かったの?お嬢様だから助けたくせに」
「人聞き悪いな~。名乗ったらいかにもって感じじゃん?今ならSNSで拡散されるから、名乗らなくても助けた事は元帥に伝わるって。ま、そんなコネ使わなくても俺なら実力で合格するけど?」
「お嬢様完全に聖弥君に惚れてたよ。その手を使えば、射手園家の婿にもなれるんじゃない?」
「勘弁してよ~。知ってるでしょ?あんなドベのワガママ女に惚れるのなんてストーカーサカサくらいだって」
「MFSに入ったら元帥にチクってやろ~」
「マジやめて~」





























それから、彼女の自宅である2階建ての古いアパートに着いた2人。
「俺がお嬢様に誘われて、地位目当てで射手園家の婿になると思って嫉妬した?」
「わけ無いじゃん。どんだけ自信家なの。キモっ」
「え~。してよ~。俺には美園だけだよ。美園を守る為にMFSに入って隊長になるから」
ぎゅっ…。抱き寄せれば、頬を赤らめる彼女。
「天音ちゃんいつも1人にして大丈夫なの?お父さんとお母さんほとんど家に帰らないじゃん」
「平気平気~。一緒に居て馬鹿が感染ったら大変じゃん。最近なんて一緒にMFSに入りたいとか言い出してさ。勘弁しろって。お前みたいな馬鹿と超優秀な俺が一緒にされたら迷惑だっつーの。父さんは優秀だけど母さんが馬鹿だからさ~」
お菓子を食べ、TVを見て雑談をして…そろそろ日も暮れてきたので帰る事に。
玄関の扉を開けて、相変わらず余裕の笑みで左手をヒラヒラ振る神堂聖弥。
「帰り気を付けてよ。さっきのサカサが恨んで襲ってくるかも」
「そしたら超優秀な俺が再起不能にするから大丈夫~」
「明日のMFS入隊試験頑張ろうね」
「OK~。7時に迎えに来るから。じゃあまた明日」


バタン…、




























彼女のアパートを出ると、スマートフォンをいじりながら住宅街を歩いて行く。だんだんと薄暗くなる空の下、どんどん人気の無い方へ1人歩いて行き、終いには立ち入り禁止の看板が立っている廃墟へやって来た。扉は施錠されているから、割れている窓から中へ入る。
「よっ、と。此処で良いかな」
廃墟内へ入り、割れた窓の方へ不敵に笑みながら振り向く。
「ストーカー君?」
割れた窓の向こうには、目は無いもののこちらを睨みつけているのであろうNo.666が立っていた。No.666も廃墟へ入る。
「感謝してよ?君が周りのニンゲンからMFSに通報されないようにわざと人気の無い廃墟を選んであげたんだから。…それにしてもサカサには学が無いって本当なんだね。美園のアパートからずっと尾行してきたでしょ。バレバレだったよ。用は何かな?…ははっ。容姿端麗、文武両道、周囲からの人望も厚い将来有望な勝ち組の俺。逆に、顔無し・親も居なくてニンゲン様に殺される日々に怯え、生きているだけ無駄で、未来には絶望しかない負け組ストーカー君。俺になりたくて捕食する為に尾行してきたのかな?良いよね~サカサは。君みたいなド底辺の陰キャでも、俺みたいな陽キャを食べれば人生一発大逆転。ニンゲンの陰キャはそれができなくて可哀想でしょ?」
「ペラペラ、ペラペラさっきからクソうるせぇんだよクソニンゲン」
「好きな女の子の前で大恥かかされた恨みも兼ねて俺を食べて、あの子が好きな俺に成り代わって人生イージーモードになろうって魂胆かなストーカー君?」
「てめぇ!ふざけ、」
「待って待って!そんなに怒らないでよ~大丈夫だから!」
途端、優しい声色になる神堂聖弥。
「君も見た通り俺には彼女がいるから、君の好きなあの子は盗らないから安心して!…けど」
すると、いつもの勝ち気で、他人を見下した笑みに切り替わる。
「俺に惚れているあの子を君の前で君が一生出来ない事をして、それを見て君が無様にマス書くってのも楽しいかもね?」
「クソ外道が!あいつに手ぇ出すんじゃ、」
怒り心頭のNo.666が一歩前へ踏み込む。


ヒュン!

「!?」
足元に突如魔法陣が浮び上がった。
「はい、ビンゴー」
その様を見て不敵に笑う神堂聖弥。
「何だよこれ!?動けねぇ!!」
「短絡的なサカサの思考を瞬時に読み解き、自分を殴りに来ると予想し、魔法陣を踏むよう気付かれないように誘導する。さすがだよ」


ズズズ…

聞いた事の無い男性の高めの声が聞こえたと同時に、廃墟の壁から現れた男性。
「入隊前からこの判断力。さすがだよ。…って少し親馬鹿かな?さすが私の子だね。MFSとして100点満点だ」
額を出した金髪に優しそうな水色の瞳で左目の横に泣き黒子があり、白いバトルスーツを着用したこの男性は神堂聖弥の父親。MFS特級隊員・神堂隊隊長『神堂 天樹(シンドウ アマギ)』38歳。
























「ありがとう父さん!」
ーーやべぇ!こいつの親、MFSだったのかよ!?ーー
魔法陣によって身動きのとれない絶体絶命のNo.666。


キィン!

「?!」
背後から剣を首元に充てられた。其処には、MFSのバトルスーツを着た金髪に黄緑色の瞳で左目の横に泣き黒子のある勝ち気な女性が。
「あたしの子供でもあるんだよ!せー君の才能全部独り占めしてんじゃねぇぞデコ助!」
「そうだね!ママの才能が聖弥に似たんだね!」
「母さんに似たお陰だよありがとう!」
「せー君は良い子だな~!はんっ!分かりゃあ良いんだよデコ助!」
ーーこいついつの間に親を呼んでいやがった?!ーー
「いつの間に!?って顔だね。俺が暢気にスマホをいじって歩いてると思った?これだから馬鹿は嫌いなんだよね。頭使えよ!使う頭も無いのかな~」
廃墟まで1人で歩きながら、両親へ"サカサにつけられてる。父さん、母さん助けに来て"とLIMEを送っていたのだった。
「てめぇ!!」
「おいゴルァ」


スパン!!

No.666の両腕と右脚を女性が剣で斬り落とせば上がる血飛沫。
「ぐあ"あ"あ"あ"!!」
「こちとら明日は息子の入隊試験日なんだよ。さっきのクソガキといい、てめぇといい、大事な日の前日にちょっかい出してくるんじゃねーよ。殺すぞサカサ!」
この女性は神堂聖弥の母親で、天樹の妻。MFS中級隊員・神堂隊隊員『神堂 聖愛(シンドウ マリア)』33歳。
「ママ~。ニンゲンを捕食していないサカサは一先ず捕獲って規律があるの分かるよね?」
「うるせー!息子を守って何が悪りぃんだ!てめぇは黙ってろデコ助!つーか。MFS規律第二項」
「!」
3人の視線の先には、バキバキと音をたてて白い羽を現したNo.666の姿が。

「交戦の意思を見せたサカサは食人の有無に関わらず抹殺に該当、だろーが」
身の丈程の黒い十字架の武器を繰り出した天樹。
「…そうだね」
「せー君は先に帰ってろ。あーちゃん1人で留守番してるからフレンチトースト作ってあげてな」
「分かったよ母さん!」
去ろうとする神堂聖弥を向くNo.666。
「待ちやがれ!クソが!」


スパン!

そんなNo.666の胴体を真っ二つに斬り落とす天樹。
「どうだ。増援はいるか?」
天樹は首を横に振る。
「いや、必要は無いよ。リスト程じゃない」
「…で、」
「あァ?」
血をボトボト流しながら悔しそうにNo.666は声を絞り出す。
「何ッ…で…、顔が無ぇって…だけ…で…、何も悪りぃ事…、してねぇのに…!クソが…!!」
「あァ?うるせーんだよ黙っとけ化物!」
好戦的な聖愛とは正反対な優しい表情で天樹はNo.666の前に片膝を着く。
「君はまだニンゲンを食べていないんだね。とても偉いよ。…けれどいつ食人衝動に駆られるかは分からない。現に君はさっきニンゲンの女の子に自分を見てもらいたいが為に暴れたそうだね。それならいつ捕食をするか分からない。食人をしていないサカサを悪としない隊員も一部居るよ。けれど、ごめんね。私はそうではないんだ。何かが起きてからでは遅いから。…そうだよね。サカサに産まれたばかりに命を狙われる毎日。辛かったよね。…なら来世はニンゲンに産まれるよう…」
黒い十字架を振り上げた天樹は別人のように冷酷な形相へ変わる。
「せめて安らかに」
ーー…来世?ーー


ドォン!!

「!!」
聖愛に大きな雷が落ちた。これはNo.666の能力。
「聖愛ぁああ!!」
目を見開いた天樹は鬼の形相へと変貌。No.666へ飛び掛かる。
「うあああ!!」


ドガァン!!

しかし強大な雷を喰らい、血を吐く。


ドォン!ドォン!!

数多の雷が天樹と聖愛を次々に攻撃。血飛沫を上げる2人は手も足も出ない。
ーー…来世?ふざけんな。勝手に決めるんじゃねぇ。例えそんなモンがあったとして…ーー
血塗れになった天樹と聖愛を見下ろすように宙に浮かぶNo.666。
「来世にあいつが居なかったら意味ねぇじゃん」






















カタン…、

廃墟を1人後にし、住宅街へ出て行くNo.666。そんな彼を満月の浮かぶ夜空の下、廃墟の屋根から見下ろす一つの人影。全身は中世貴族のような服で白い仮面を付けて顔を隠す男はNo.666には気付かれぬよう、白いマントをなびかせて地上へ飛び降りるのだった。


































一方ーーーーーー

「…ったくさぁ」
スマートフォンを見ながら自宅へと1人歩く神堂聖弥。
「人の大事な試験前日に絡んでくるなよな。本ッ当陰キャの考える事って意味不~。つか母さん天音の飯作れ?作るわけ無いじゃ~ん!面倒くさ。ま、今頃家にある物テキトーに食べてるだろ」


カツン、

「!」
背後から足音がして、両親に見せる好青年の笑みに慌てて切り替える。
ーーやばっ。父さんと母さんに聞かれた!良い子で妹想いの兄のレッテルが!ーー
「…あ、父さん母さん。あのサカサ激弱だったでしょ。お疲れ…、」
振り向くと其処に立っていたのは彼の両親…ではなく、No.666。いつでも余裕綽々の神堂聖弥の顔が生まれて初めて動揺に歪む。
「…は?ちょ…、待っ…、何でお前が此処に居んの?」


ドスッ!

すかさずNo.666に蹴りを入れる。
「近寄らないでくれる?ストーカー君」


ドガァアン!!

No.666を蹴った右脚に雷が命中。
「…え、」


ボトッ…、

神堂聖弥の右脚は血を噴いて太腿から下が落ちた。
「う"あ"あ"あ"あ"!!」
ガクン!崩れ落ちる神堂聖弥。
「サカサてめぇえ!ふざけんじゃ、」


ドォン!!

次の雷で右腕がボトッ…と落ちる。
「…っ!!」
片脚ながらも逃げ出す。利き手の左手でスマートフォンを使い、両親に電話をかける。
ーーやばいやばいやばい!!どうして父さんも母さんも電話に出ないんだよ?!ーー
必死に必死に逃げ回っても、いつも人で賑やかな街に人っ子一人居ない。助けを探しても誰も居ないのだ。まるでこの世に自分とNo.666だけが取り残されたかのように。
ーーどうして街に人っ子一人居ないんだよ!?ーー


ドォン!

「がっ…、はッ…!」
また受けた雷に白目を剥き、盛大に吐血。
ーーどうしてこの俺が…!こんなゴミからこんな目に合わされなきゃいけないんだよ…!ーー



























「はぁ…、はぁ"…」


ズッ…、ズッ…、

残った左脚を引き摺りながら辿り着いた如月公園。園の中心でドサッ…と仰向けに倒れ込む神堂聖弥。それを見下ろすNo.666。辺りには神堂聖弥の血痕だらけ。
「…はッ!」
こんな状況なのに笑う。
「バッカじゃねーの!?顔も学も無い化物が好きな女に振り向いてほしいからって、その女の好きな奴食って成り代わるなんざ化物の考える事は本ッ当分かんねーな!!大体さぁ?!お前らサカサがニンゲン様と同じ空間で呼吸している事すら烏滸がましいんだよクズが!!よりによってお前は、自分と正反対の超優秀な俺に成り代わろうとしてる!無理だ!お前ごときがこの俺を演じられるわけねぇんだよ!!いつかボロを出してぶっ殺される!それにお前は好きになったあの女の素性を知らねぇしさ!本当の馬鹿だ!!あはははは!!」
血だらけ瀕死の状態でも神堂聖弥は、いつものように勝ち気に嘲笑った。
「好きな女にバレて殺されろ化物が!!」





























「…ったく。何処行ったんだよNo.666。あいつがこっち行くの本当に見たのかよ?」
如月公園の外。No.666を探しに来たNo.667とNo.668。
「本当だって。あ。ほら居た!あの羽!」
公園の塀の向こうに見えた見覚えある白い羽。「おーい!No.666!」
2人が呼んで振り向いたのはNo.666の白い羽を生やした神堂聖弥…の姿をした何者か。口には真っ赤でまだ温かい一筋の血を垂らして。
「…?!」
恐る恐るその人物に近付く2人。
黒子の位置、髪型、全て逆さになった彼は神堂聖弥…ではなく、神堂聖弥を捕食し、成り変わったNo.666。
「…お前No.666だよ…な…?」
「……。…俺…」
「いいから早くこっち来い!!」
No.667に手を引かれ、園内の男子トイレへ入る3人。
「ほら!これが!!」
No.667に促されトイレの鏡の前に立つ。
「今のNo.666だよ!!」
其処には真っ黒くて口しかない顔の無い化物ではなく、なりたくてなりたくて堪らなかった神堂聖弥の姿をした自分が映っていた。身を乗り出す。
「これが…俺…?」
「お前何やってんだよ…!!言ったよな!?ニンゲンは食わねぇって!このままで充分楽しいから堕ちちゃいけねぇ、って!!」
「…か、」
「あァ?!」
「マジか!?やった!これでやっとあいつに見てもらえる!話してもらえる!マジか!マジじゃねぇか!!やった!!」
目をキラキラ輝かせ大喜びのNo.666を、No.667は冷めた様子で、No.668は何とも言い難い様子で見ている。
「…惚れた女に見てもらいたいからってニンゲン食うなんざ正気の沙汰じゃねぇよ。それってお前の独り善がりだろ。それに…」
目は内外No.667はNo.666を睨み付けていた。恐らく。
「好きな女を騙すなんて一番最低なクズのする事だぜ」
No.666は、去って行く友人2人をただただ見ている。
「見損なったよ。せいぜいバレねぇように短い余生を楽しめよ」























しん…

友人2人が去り、1人残されたNo.666。
「…そんなの分かってるっつーの。…でも顔が無けりゃ同じ土俵にすら立たせてもらえねぇんだから仕方ねぇじゃねーか…!」
ギリッ…!歯を噛み締めると、トイレを出た。
捕食してしまったものは仕方がない。切り替えてガッツポーズで喜ぶNo.666。15年の人生の中でこんなにも彼が喜んだのは今日が初めてだ。
「ま、いーや!No.667の奴、俺がイケメンになったからって嫉妬してるだけだろ!さ~てと。あいつ何処に行ったか探して、」
「こんばんは」
「?!」
トイレの屋根に腰掛けている1人の人物に声を掛けられた。この人物は先程廃墟の屋上からNo.666を見下ろしていた仮面の男。
慌てるNo.666。
ーーやべぇ!ニンゲン!?聞かれたか!?ーー
スッ…、仮面の男が左手親指と人さし指で自分の左目を囲う仕草をすると…


バサッ!

自分の意志とは関係無くNo.666の白い羽が現れた。
「んなっ…?!羽が勝手に…!?」


バクン!!

真っ赤な渦を巻いた無数の瞳が付いた緑色の触手に、No.666の左羽が食べられてしまった。
「あ"ぁ"あ"あ"ぁ"あ"!!」
仮面の男から生える触手はNo.666の羽をムシャムシャ食べる。不敵に笑むと仮面の男は触手を生やしたまま、満月の浮かぶ如月区の夜空へ飛び去って行くのだった。





















一方。残された右羽はしまったNo.666。噛じられ血塗れの左肩を押さえる。
「くそっ…!なんだよあいつ!?サカサじゃねぇニンゲン!?でもあんなバケモン生やしていやがったし…まさかMFS?!やべぇ!顔見られ、」
「…兄貴」
「?!」


ビクッ!!

背後から聞こえた少女の声に、心臓が飛び出そうな程驚いて振り向けば、当時12歳の天音が大粒の涙を流して立っていた。
「こんな時間になっても誰も帰って来ねぇからお父ぉとお母ぁのスマホのGPS辿ったら…。お父ぉとお母ぁが…!!…ひっく…!兄貴は生きてて良かった。ひっく…!兄貴は死ぬんじゃねぇぞ。あたし1人にするなよな…!!」
先程まで大喜びだったNo.666の顔は目は見開き、冷汗がひっきりなし。酷く動揺していて顔は真っ青。
ーー…この日から俺No.666は神堂聖弥になった。ただ、弊害となるこの妹を殺さなかったのは、家族の居ねぇサカサだから家族ごっこをしたかっただけだ。…別に、こいつの家族を殺った罪滅ぼしとかそんな綺麗事じゃねぇ…ーー
No.666…いや、聖弥はこの当時まだ名前も年齢も知らぬ妹の頭に右手をポン、と乗せて優しく微笑んだ。
「…あぁ。死なねぇし1人にしねぇよ。大丈夫だから、そんな泣いてんな」
「……。…うん」
ーーバレたら殺る。…別に、神堂聖弥に家族が居るって今更気付いて、俺のした事を悔いてるわけじゃねぇし、ひよってなんかいねぇ。俺は今日から神堂聖弥を演じ切ってみせるーー



































「…ハッ!」
そして現在。
ベッドですっかり眠っていた聖弥は目を覚ます。自分では気付いていないが、右目から一筋の涙が伝っていた。
「…ハッ。最っ低だわ。何が9年振りだよ。あいつの言う通り4年振りじゃねぇか。都合悪りぃ事は全部忘れてたなんざ、とんだ脳内お花畑だぜ。クッソ最低な目覚め過ぎんだろ」
ベッドから起き上がると、MFS入隊試験案内用紙をゴミ箱へ投げ捨てる。
「4年前に俺の羽食って能力まで奪いやがったあいつ、あの後一度も見てねぇけど真面目何だったんだ?サカサか?それとも…」
ふと、時計を見ると時刻は17時6分。


バァン!!

団地を飛び出した聖弥は住宅街を猛ダッシュで駆け抜ける。


ダダダダダ!!

「やべぇ!もうこんな時間だったのかよ!寝過ごした!天音ーーーー!!」



























如月高等学校ーーーーーーー

下校時刻となり、生徒がぞろぞろ出てくる。その中には天音の姿もある。
「兄貴に教えてもらったところ、テストで全部間違ってたんだぜ~」
「あれ?天音ちゃんのお兄ちゃん中学の時、頭良かったよね?」
「雷に打たれて超絶アホになった」
「えぇ?!」
「でも昔は勉強教えてくれなかったけど、今はアホでも勉強教えてくれるんだっ!」
「天音!」
「お"わーーーっ?!何で居るんだよ?!
「ビビり過ぎだろ」
背後から現れた聖弥に、両腕を挙げて驚く。
「てめぇ朝サカサにビビって、送れっつっただろ。その時サカサっぽい女にも会っただろ。だからまだビビってると思って迎えに来てやったんだよ」
「ビビってねーし!!」
「あァ?ビビりまくってただろーが!」
「ビビってねぇっつってんだろ!!」
「天音ちゃんのお兄ちゃん今朝も来てましたよね?皆で、超かっこいいって噂してましたよ~!」
天音の友人の少女がうっとりしながら話し掛けるから、聖弥は口角を引きつらせて苦笑い。
ーー褒められているようで寧ろ貶されているっつーな…。ニンゲンはやっぱ顔しか見てねぇのな、クソったれ…ーー
「かっこいいからサカサに狙われないように気を付けさせてね天音ちゃん!…って話をしてたら"兄貴の見た目ばっかり言うんじゃねぇ!あたしに高校進学を譲ってくれたり飯を作ってくれたり、勉強を教えてくれる内面を見ろよ!"って天音ちゃんにすご~く怒られました~」
「んなぁっ?!」
顔を真っ赤にする天音。
「何チクってんだよふざけんなー!!」
「あはは~」
ーー俺は罪滅ぼしの為にこいつの兄を演じているわけじゃねぇ。あくまで家族ごっこがしたいだけだ。バレたら殺す。…多分。…最初は楽しかった。何もかも新鮮で。…けど最近は…ーー
天音を見つめる聖弥は切ない表情を浮かべて唇をきゅっ…と噛み締める。
ーーこいつに懐かれる度、辛くなるーー























学校を後にし、オレンジ色の夕焼けに包まれる如月区を歩く聖弥と天音。相変わらずジーンズのポケットに両手を突っ込んでいる聖弥と、口を尖らせてご機嫌ナナメな天音。
「…さっきあいつが言ってた事全部嘘な」
「あァ?てめぇ、本人の前で褒めろよクソツンデレ妹」
「だから嘘っつったじゃねーか!!」
「あ~うるせぇうるせぇ。つかお前今日テストだったな」
「あ?そーだよ!!」
聖弥は目を反らす。
「今から買い物。好きなの一つ買って良いぞ。200円までな」
「ケチくせぇ!」
とは言いつつも満面の笑みを浮かべる天音だった。




























都営団地アパート、302号室ーーーーーー

夕食後の食器を洗う聖弥。アイズを食べながらTVに夢中な天音。
「それ食ったら風呂入れよ。あとテレビ近けぇ」
「んー」
天音はアイスの棒をゴミ箱へ捨てようとする。
「ん?」
捨ててあるくしゃくしゃに丸められた一枚の紙を広げる。
「お~…」
一方。何も知らずに食器を洗っている聖弥。
「兄貴」
「?」
顔を上げると、天音がしわくちゃのMFS入隊試験案内用紙を広げていた。
「これ。受けるのか?」
「……」
一瞬止まった聖弥。だが、すぐに食器洗いを再開。
「…受けねぇから捨てたんだよ。いいからさっさと風呂入れ。俺が入れねぇだろ」
「なら、あたし受けるぜ!」
「あァ?!」
慌ててキッチンから出てくる聖弥。
「バッカ!てめぇそんな危ねぇ所、」
「あたしずっとMFSになりたかったんだ!…MFSになってお父ぉとお母ぁの仇討ちしようぜ」
真剣な眼差しの天音に聖弥は黙り込む。
「…おう」


バシッ!

そんな聖弥の顔を案内用紙で豪快に叩く。
「痛ってぇ!てめぇ!!」
「なーんで兄貴が暗れぇ顔になるんだよ!それに2人でMFSになった方が兄貴も不安が減るだろ。灯台下暗しっつーし」
「不安って何のだよ?灯台…何つった?」
「あ"っ!あ、あたし風呂入ってくる~!」
「?おう」
風呂場へ逃げるようにバタバタ走り去って行った天音。一方の聖弥は案内用紙をもう一度会いたい見る。眉間に皺を寄せながら。
ーー逆に良いのかもな。まさかサカサが入隊して来るとは思わねぇだろ。MFSとして生きていけば、これから一生バレずに済むかもなーー





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