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第二章 熱き炎よギルロに届け、切なる思い
その232
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暗闇から湧き出る様に現れてくる浮浪殲滅部隊。
それを容赦なく刀を振り回し、斬り倒していくシブ。
城から離れて黒い灯籠が並んでいる辺りまで必死に走ってたどり着くと、シブが急に振り返り、城の屋上辺りを見上げて、指を差しながら、俺に言った。
「天守層にある四隅の松明の明かりで、屋上に1人立っているのが見える?」
確かに誰かが立っている姿が見える。それは、風格のある立ち方をしている。そんなに大きくはない体でも、そこから滲み出る様な威圧感は間違いなく、あいつだ。
ハムカンデ。
こちらに来る訳でもなく、明らかに俺達を窺っている。
俺にかけられたハムカンデの彫魔法は解除された。その事に、お前は気づいていないだろう?
黒い灯籠を抜けたら、また空の監視が始まる。まともに刀を振る事すらできなくなるんだ。
そこから俺を眺める事しかできない。
浮浪殲滅部隊の残りが俺達を追ってきても、ゲルみたいに感情をなくした様な状態じゃないと、まともに俺に攻撃なんかできないだろう?
俺は、お前に勝った…。
ざまあみろ、お前なんかにいい様に使われたくはないからな。
もちろんだけど、明日はお前の前には現れない。
このまま、この城を去ってやる。
俺と黒眼五人衆のナグとの戦いが見れなくて残念か?
お前が戦えよ。
興味が湧いて見に来る奴らも多いだろうよ。
「おい!お前が前を走れ!」
え?俺が前を?
正直言って、完全にシブを信用し切っている訳じゃない。後ろに回ったお前を気にしながら走るのも疲れるんだよ。
「ハムカンデは何かをしてくる可能性があるんよ。お前がどうにかできるとは思えない…!」
「あんな高い場所にいるのに、どうやって俺達を追ってくるんだよ。あのジジイ、どうせ足速くないって」
「あそこから走って来ようとする様な頭のおかしい男だったら、浮浪殲滅部隊より片づけるのは簡単さ。でも、あいつは常に怪しい術を使ってくるんよ」
「さあ、早く行きなって!」
くそっ。ここでシブを疑う様な仕草でもしようもんなら、気が変わって俺をまたハクマ!とか言って、殺しにかかるかも知れない。ここは言う事を聞くしかないな。
ダッ!
「あいつは言葉巧みに住人の心を操るんよ。でも、本性は自分の事以外は関心のない奴。あいつは結局、人を束ねる事なんかできる訳がないんだ!」
言葉はうまそうだよな。話をはぐらかしながら、自分の有利な状態に持っていくのが得意そうだ。
言葉がうまそうと言えば、4階の部屋で会ったオーロフ族のホルケンダも、同じか。
結局、ハムカンデがホルケンダを殺していたんだ。似た者同士でも、まだホルケンダの方がまともな気がする。あいつは本当に約束を守って、消札を渡してくれたんだから。
よし、黒い灯籠を無事抜けたぞ。ここからは空の監視がある。俺は、ハムカンデに勝ったんだ。
このまま、この街を抜けてしまおう。
残った消札は、あの裏切り者に渡す必要もないだろう。俺がまた城に侵入する情報を事前に漏らしたんだからな。
毒を飲ました上で、さらに追い討ちをかける様な事をするんだ、あいつは頭がおかしい。
しかし、メルシィーニに、探してる奴の事を言うべきか?
ホルケンダが教えてくれた。クラファミースは、あの城の天守層にいる小鈴って大柄のバケモノみたいな女だ。
メルシィーニは俺と戦ったけど、最後には俺を殺さずに、夜の森で誰かに見つからずに安全に寝る方法を教えてくれた。
あいつも、こんな世界になってなければ、きっといい奴だったはずなんだ。
メルシィーニがクラファミースの事を話す時、敵討ちみたいな相手に対する話し方じゃなかった。
何か、期待をしている。
それなら、クラファミースの事を教えたら、あいつを失望させる事になる。
せっかく解毒薬を飲ませてくれたのにな。
悪いけど、お前には言えねえよ。
「速く、走れ…!」
「わかってるよ!」
シブ、さすがに疲れてきてるよな。
本当に、俺のために…?
こいつは、感情的になって、城の1階にいる奴らを殺したんだ。ハムカンデはきっと、シブを許さなかっただろう。
だから、今度は俺とこの街を出ようって考えても不思議じゃない。
本当は、俺をハクマと見立てて殺したかったのかも知れない。
だけど、俺は何回も暮梨との過去の出来事まで戻っていった。まるで現実に再会したかと勘違いするくらいに。
あれは、暮梨が俺に教えてくれたんじゃないのか?
暮梨と同じ、言葉はきついけど、本当は思いやりがあって、いい奴なんだって。お菓子好きで、自分の見た目を気にする普通の女なんだって。
シブは人を殺すけどな。
ただ、それは相手が悪人の場合じゃないか?
ハクマって奴だって、やっぱりシブは、わざと逃したんじゃないのか?
元々、残忍な種族という事らしいから、仲間から激しく責められて、トラウマになってんだよ。
そう、このままこの城から出ていけばいい。
古球磨族のしがらみも、全て忘れろよ。
「なぁ、クリッキーは本当においしそうなんよなぁ?」
「は?今、その話するか?」
でも、黒い灯籠は抜けて、誰が俺達を攻撃できるっていうんだ。空の監視が許さない。
空の監視の事、ホルケンダは何て言ったかな?確か、神様の仕業みたいな事を言っていたな。
この地に元々いた神様。
それなら、今のこの場所は安全だよな。
ただ、この街を出るまでは、全力疾走をするまでもないけど、止まれない。
「棒状のクッキーの事だろ?今はないけどな。口が恋しくなるんだよな、何かさ…」
「私も食べてみたい…なぁ」
「俺はお菓子職人じゃないから作れないけど、この世界にもあるんじゃないのか?シブは、この世界全部回ってないだろ?」
「うん…。回ってない」
「何処かにあるよ。安心しろよ、俺達は…」
「きっと、お菓子仲間だ。たくさんのお菓子を見つけようぜ」
「…」
「なあ?」
「お菓子…かぁ。そうか。わかったよ、ハクマ」
ハクマ?おいおい、俺を後ろから刀で刺そうとしないだろうな。俺はハクマじゃないんだから、もうその名前で俺を呼ぶなって。
「お前が食べさせてくれたお菓子、おいしかった。そして、温かった…」
「シブ?出来立てのお菓子を食べさせてもらったのか?そのハクマって奴に」
薄暗い道を走っている間、何人かのオーロフ族が俺達を見て、逃げる様に去っていく。
黒眼五人衆のシブを連れてるからなのか。
このまま、逃げられる。
この街に、さよならだ。
そして。
俺はお前の事、心の中では仲間だと思い始めてたけど。でも、結局はお前はこの世界の獣なんだよな?パルンガ。
何で、俺を殺すなんて言ったんだ?
お前は間違いなく、本心で言ってただろう?
クソパルンガ。
お前なんか、もう仲間じゃねえ。
俺じゃ、もうどうしようもない。
でも…。
パルンガ、今までありがとうな。
そして。
さよならだ。
「ハクマ…」
「どうした?さっきから、弱い声して。疲れたのか?休むか?」
「は、走れ。私は、いいんよ」
そうか。こいつ、ハムカンデの術か何かでエズアの致命傷が復活したり治ったりするんだったよな。
タッ…タッ…。
「シブ、少し休もう、ぜ?」
やっぱりだ。シブの顔が血塗れだった。
でも…。
俺が前に見たシブの致命傷が表れた時の、血の量じゃない。
頭から大量の水を被ったみたいな血の量、それが顔や首から流れ落ちている。
明らかにおかしい。
血が止まる気配がない。
「シブ…!」
カチャンッ。
シブは力の入らなくなった手から滑り落ちる様に刀を地面に落として、膝をついた。
「シブ!!」
「もう、ハムカンデの魔法は効かなくなった。だから…」
「効かなくなった?お前、そんな事言うな…って。すぐにまた、傷口が塞がるから!」
俺は、またなのか?
また。
「私はまたこの体を、ハムカンデから取り戻したんよ。最後に…」
「おい!シブ、諦めんなって!」
ガチャッ!
シブは崩れ落ちて、地面に顔を打ちそうになったから、大剣を投げ捨てて、シブの体を支えたんだ。こいつは、顔を気にしてるから。
鏡をたくさん持ってたんだろ?自分の事、可愛いって思ってたんだよな?
そんな事を漏らしてたよな…?
諦めちまったら、お前の望みも叶わなくなるぞ。
また、元の顔に戻れるかも知れないだろ?
なあ、シブ。
「もし、生まれ変わったら…」
「シブ!」
「一緒に、お菓子作りしようなあ…」
また、俺はお前を…。
「…お、俺」
「…うゔっ!」
「シブ!!」
何にもできなかったんだ。
また。
暮梨…!
俺は、またお前を見殺しにするのか?
「ああ!ハクマ!?」
「シブ…?」
「良かった!生きてたんやねぇ…?」
シブはそう言って、嬉しそうに笑みを浮かべた。
そうか。
それが本心だったか。
お前は、やっぱり。
俺は必死に何かを返してやろうとして、不器用だけど、まずは笑顔で返してみた。
どの言葉を返してあげれば、シブは満足するんだ?
今は、シブが落ち着く様な、喜ぶ様な言葉を返してあげたい。この瞬間だけは、そう思った。
だけど、シブは俺の言葉を待たず、
目を閉じ、
そして、死んでいった。
「!!?」
お前は、やっぱりハクマを助けようとしてたんだな。
もっと早く、俺が気づいてやれば良かった。
そうしたら、俺はお前を助けられたかも知れないのに。
俺はいつも、ずっと自分の事ばっかり。
だから、誰も…。
助けられないんだよ。
俺はやっぱり、名前なんてないままでいいんだ。
何にも背負えない。
何にも、変える事なんかできないんだから。
シブが死んだのを見て、少し離れた場所から笑い声が聞こえる。
ふざけやがって。
人が死んだんだぞ?
人でなしの…
クソどもが。
ガチャッ。
「てめえはよ、ハムカンデ。一度は掴んだ他人の命綱を、手放す様な真似しやがって。命はおもちゃじゃねえんだ…」
何だか、このまま街を出るのもバカらしくなってきたよ。
なあ、ハムカンデ。
明日、俺に来て欲しいんだろう?
今、手首に纏わりついている紫色の炎が少しだけ、大きくなって、俺に力を流してくれてるよ。
ナグと戦えって言いたいんだろ?
どういうつもりかわからねえけどよ。
…行ってやる。
だけどよ、俺の相手はナグじゃねえぞ。
シブも願ってるのさ。
俺の相手は…。
人の心と命を弄ぶハムカンデ、お前だ。
空の監視が神様の仕業なら、しっかり目ぇ開いて見とけ!
「うぉおおっ!!」
「受け取れ…!」
空気伝導の斬撃!!
シブの痛みと悲しみを、お前にも少しは味あわせてやるッ!!
「青龍血花流…」
宝酷城の屋上にいるハムカンデまで届けよ!!
誰もがお前にひれ伏すなんて、思ってんじゃねえぞ!!?
くらえっ!!
「真空斬!!!!!」
それを容赦なく刀を振り回し、斬り倒していくシブ。
城から離れて黒い灯籠が並んでいる辺りまで必死に走ってたどり着くと、シブが急に振り返り、城の屋上辺りを見上げて、指を差しながら、俺に言った。
「天守層にある四隅の松明の明かりで、屋上に1人立っているのが見える?」
確かに誰かが立っている姿が見える。それは、風格のある立ち方をしている。そんなに大きくはない体でも、そこから滲み出る様な威圧感は間違いなく、あいつだ。
ハムカンデ。
こちらに来る訳でもなく、明らかに俺達を窺っている。
俺にかけられたハムカンデの彫魔法は解除された。その事に、お前は気づいていないだろう?
黒い灯籠を抜けたら、また空の監視が始まる。まともに刀を振る事すらできなくなるんだ。
そこから俺を眺める事しかできない。
浮浪殲滅部隊の残りが俺達を追ってきても、ゲルみたいに感情をなくした様な状態じゃないと、まともに俺に攻撃なんかできないだろう?
俺は、お前に勝った…。
ざまあみろ、お前なんかにいい様に使われたくはないからな。
もちろんだけど、明日はお前の前には現れない。
このまま、この城を去ってやる。
俺と黒眼五人衆のナグとの戦いが見れなくて残念か?
お前が戦えよ。
興味が湧いて見に来る奴らも多いだろうよ。
「おい!お前が前を走れ!」
え?俺が前を?
正直言って、完全にシブを信用し切っている訳じゃない。後ろに回ったお前を気にしながら走るのも疲れるんだよ。
「ハムカンデは何かをしてくる可能性があるんよ。お前がどうにかできるとは思えない…!」
「あんな高い場所にいるのに、どうやって俺達を追ってくるんだよ。あのジジイ、どうせ足速くないって」
「あそこから走って来ようとする様な頭のおかしい男だったら、浮浪殲滅部隊より片づけるのは簡単さ。でも、あいつは常に怪しい術を使ってくるんよ」
「さあ、早く行きなって!」
くそっ。ここでシブを疑う様な仕草でもしようもんなら、気が変わって俺をまたハクマ!とか言って、殺しにかかるかも知れない。ここは言う事を聞くしかないな。
ダッ!
「あいつは言葉巧みに住人の心を操るんよ。でも、本性は自分の事以外は関心のない奴。あいつは結局、人を束ねる事なんかできる訳がないんだ!」
言葉はうまそうだよな。話をはぐらかしながら、自分の有利な状態に持っていくのが得意そうだ。
言葉がうまそうと言えば、4階の部屋で会ったオーロフ族のホルケンダも、同じか。
結局、ハムカンデがホルケンダを殺していたんだ。似た者同士でも、まだホルケンダの方がまともな気がする。あいつは本当に約束を守って、消札を渡してくれたんだから。
よし、黒い灯籠を無事抜けたぞ。ここからは空の監視がある。俺は、ハムカンデに勝ったんだ。
このまま、この街を抜けてしまおう。
残った消札は、あの裏切り者に渡す必要もないだろう。俺がまた城に侵入する情報を事前に漏らしたんだからな。
毒を飲ました上で、さらに追い討ちをかける様な事をするんだ、あいつは頭がおかしい。
しかし、メルシィーニに、探してる奴の事を言うべきか?
ホルケンダが教えてくれた。クラファミースは、あの城の天守層にいる小鈴って大柄のバケモノみたいな女だ。
メルシィーニは俺と戦ったけど、最後には俺を殺さずに、夜の森で誰かに見つからずに安全に寝る方法を教えてくれた。
あいつも、こんな世界になってなければ、きっといい奴だったはずなんだ。
メルシィーニがクラファミースの事を話す時、敵討ちみたいな相手に対する話し方じゃなかった。
何か、期待をしている。
それなら、クラファミースの事を教えたら、あいつを失望させる事になる。
せっかく解毒薬を飲ませてくれたのにな。
悪いけど、お前には言えねえよ。
「速く、走れ…!」
「わかってるよ!」
シブ、さすがに疲れてきてるよな。
本当に、俺のために…?
こいつは、感情的になって、城の1階にいる奴らを殺したんだ。ハムカンデはきっと、シブを許さなかっただろう。
だから、今度は俺とこの街を出ようって考えても不思議じゃない。
本当は、俺をハクマと見立てて殺したかったのかも知れない。
だけど、俺は何回も暮梨との過去の出来事まで戻っていった。まるで現実に再会したかと勘違いするくらいに。
あれは、暮梨が俺に教えてくれたんじゃないのか?
暮梨と同じ、言葉はきついけど、本当は思いやりがあって、いい奴なんだって。お菓子好きで、自分の見た目を気にする普通の女なんだって。
シブは人を殺すけどな。
ただ、それは相手が悪人の場合じゃないか?
ハクマって奴だって、やっぱりシブは、わざと逃したんじゃないのか?
元々、残忍な種族という事らしいから、仲間から激しく責められて、トラウマになってんだよ。
そう、このままこの城から出ていけばいい。
古球磨族のしがらみも、全て忘れろよ。
「なぁ、クリッキーは本当においしそうなんよなぁ?」
「は?今、その話するか?」
でも、黒い灯籠は抜けて、誰が俺達を攻撃できるっていうんだ。空の監視が許さない。
空の監視の事、ホルケンダは何て言ったかな?確か、神様の仕業みたいな事を言っていたな。
この地に元々いた神様。
それなら、今のこの場所は安全だよな。
ただ、この街を出るまでは、全力疾走をするまでもないけど、止まれない。
「棒状のクッキーの事だろ?今はないけどな。口が恋しくなるんだよな、何かさ…」
「私も食べてみたい…なぁ」
「俺はお菓子職人じゃないから作れないけど、この世界にもあるんじゃないのか?シブは、この世界全部回ってないだろ?」
「うん…。回ってない」
「何処かにあるよ。安心しろよ、俺達は…」
「きっと、お菓子仲間だ。たくさんのお菓子を見つけようぜ」
「…」
「なあ?」
「お菓子…かぁ。そうか。わかったよ、ハクマ」
ハクマ?おいおい、俺を後ろから刀で刺そうとしないだろうな。俺はハクマじゃないんだから、もうその名前で俺を呼ぶなって。
「お前が食べさせてくれたお菓子、おいしかった。そして、温かった…」
「シブ?出来立てのお菓子を食べさせてもらったのか?そのハクマって奴に」
薄暗い道を走っている間、何人かのオーロフ族が俺達を見て、逃げる様に去っていく。
黒眼五人衆のシブを連れてるからなのか。
このまま、逃げられる。
この街に、さよならだ。
そして。
俺はお前の事、心の中では仲間だと思い始めてたけど。でも、結局はお前はこの世界の獣なんだよな?パルンガ。
何で、俺を殺すなんて言ったんだ?
お前は間違いなく、本心で言ってただろう?
クソパルンガ。
お前なんか、もう仲間じゃねえ。
俺じゃ、もうどうしようもない。
でも…。
パルンガ、今までありがとうな。
そして。
さよならだ。
「ハクマ…」
「どうした?さっきから、弱い声して。疲れたのか?休むか?」
「は、走れ。私は、いいんよ」
そうか。こいつ、ハムカンデの術か何かでエズアの致命傷が復活したり治ったりするんだったよな。
タッ…タッ…。
「シブ、少し休もう、ぜ?」
やっぱりだ。シブの顔が血塗れだった。
でも…。
俺が前に見たシブの致命傷が表れた時の、血の量じゃない。
頭から大量の水を被ったみたいな血の量、それが顔や首から流れ落ちている。
明らかにおかしい。
血が止まる気配がない。
「シブ…!」
カチャンッ。
シブは力の入らなくなった手から滑り落ちる様に刀を地面に落として、膝をついた。
「シブ!!」
「もう、ハムカンデの魔法は効かなくなった。だから…」
「効かなくなった?お前、そんな事言うな…って。すぐにまた、傷口が塞がるから!」
俺は、またなのか?
また。
「私はまたこの体を、ハムカンデから取り戻したんよ。最後に…」
「おい!シブ、諦めんなって!」
ガチャッ!
シブは崩れ落ちて、地面に顔を打ちそうになったから、大剣を投げ捨てて、シブの体を支えたんだ。こいつは、顔を気にしてるから。
鏡をたくさん持ってたんだろ?自分の事、可愛いって思ってたんだよな?
そんな事を漏らしてたよな…?
諦めちまったら、お前の望みも叶わなくなるぞ。
また、元の顔に戻れるかも知れないだろ?
なあ、シブ。
「もし、生まれ変わったら…」
「シブ!」
「一緒に、お菓子作りしようなあ…」
また、俺はお前を…。
「…お、俺」
「…うゔっ!」
「シブ!!」
何にもできなかったんだ。
また。
暮梨…!
俺は、またお前を見殺しにするのか?
「ああ!ハクマ!?」
「シブ…?」
「良かった!生きてたんやねぇ…?」
シブはそう言って、嬉しそうに笑みを浮かべた。
そうか。
それが本心だったか。
お前は、やっぱり。
俺は必死に何かを返してやろうとして、不器用だけど、まずは笑顔で返してみた。
どの言葉を返してあげれば、シブは満足するんだ?
今は、シブが落ち着く様な、喜ぶ様な言葉を返してあげたい。この瞬間だけは、そう思った。
だけど、シブは俺の言葉を待たず、
目を閉じ、
そして、死んでいった。
「!!?」
お前は、やっぱりハクマを助けようとしてたんだな。
もっと早く、俺が気づいてやれば良かった。
そうしたら、俺はお前を助けられたかも知れないのに。
俺はいつも、ずっと自分の事ばっかり。
だから、誰も…。
助けられないんだよ。
俺はやっぱり、名前なんてないままでいいんだ。
何にも背負えない。
何にも、変える事なんかできないんだから。
シブが死んだのを見て、少し離れた場所から笑い声が聞こえる。
ふざけやがって。
人が死んだんだぞ?
人でなしの…
クソどもが。
ガチャッ。
「てめえはよ、ハムカンデ。一度は掴んだ他人の命綱を、手放す様な真似しやがって。命はおもちゃじゃねえんだ…」
何だか、このまま街を出るのもバカらしくなってきたよ。
なあ、ハムカンデ。
明日、俺に来て欲しいんだろう?
今、手首に纏わりついている紫色の炎が少しだけ、大きくなって、俺に力を流してくれてるよ。
ナグと戦えって言いたいんだろ?
どういうつもりかわからねえけどよ。
…行ってやる。
だけどよ、俺の相手はナグじゃねえぞ。
シブも願ってるのさ。
俺の相手は…。
人の心と命を弄ぶハムカンデ、お前だ。
空の監視が神様の仕業なら、しっかり目ぇ開いて見とけ!
「うぉおおっ!!」
「受け取れ…!」
空気伝導の斬撃!!
シブの痛みと悲しみを、お前にも少しは味あわせてやるッ!!
「青龍血花流…」
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