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第二章 熱き炎よギルロに届け、切なる思い

その165

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シブが解けた包帯を必死に巻き直す。そして俺から目を離した瞬間、俺は全力で長い階段を駆け上がった。



はーっ!



はーっ!



すげぇ恐い目して俺を睨んでたけど、ここで尻込みしたらこの階段を上る機会を逃すと思った。だから、必死で駆けたんだ。しかし、完全な逆恨みだよな。別に俺はお前の顔を傷つけたりなんかしていないし、傷を見てバカにしたりもしてない。

でも、怒りの矛先は完全に俺に向けられた。

意味がわからねえ。だから、女は苦手なんだよな。



はーっ!



はーっ!



ああ、足が痛い!

太ももに乳酸が溜まってきて、動きが鈍くなってくる。

この右手に持った大剣が重過ぎて、右腕全て持っていかれそうだ。全力で長い階段を駆け上がるのに、こんな重くて長い物を大切そうに持つバカは俺だけだろうな。

鎧姿で走るのも、側から見ると滑稽極まりない姿なんだろう。だからと言って、ゆっくりと階段を上っても、逆恨みされたシブに追いつかれてしまう。

追いつかれても、赤い空がある限り、俺をその場で斬り殺す事はできない。

そう思いたいけど、実際に殺意に近い目を向けられると、そう悠長にもしてられないのが、人間の心理ってやつだよな。

痛い!

乳酸が…。

太ももが攣りそうだ。

太もも!

攣る!



全力で階段を駆け上がっているつもりでも、ゆっくりと階段を上っているのと速さは変わらない。じゃあ、もう歩いて上ってもいいか。

長い階段も、半分以上は上っているし。

シブが追って来てなければいいけど。



「はぁ…っ。はぁ…」



階段の下側に視線をやると、シブのやる気をなくした背中が見える。包帯を直して、街中に消えていこうとしてる。

この街で戦える場所は、黒い灯籠の囲まれた城の周辺と、魔法の書き込まれた一部の黒い家の中か。

家の中なんて、そんな場所に連れ込まれたら、ただでさえ剣に自信がないのに、この大剣じゃ、狭過ぎてまともに剣を振る事もできないだろうな。

他の黒眼こくがん五人衆は、その家の事をみんな知ってるのか?

知っていたとしても、メヘベは全力斬りが目立ってたから、狭い場所は苦手なんじゃないのか。ゲルは感情がなくて、同じ様に細かな動きは苦手な気がする。それに、あいつは場所を選ばないで攻撃できるから、その特殊な家の中で勝負しなくてもいい。

包帯ぐるぐるコンビの方は、実力を出してきたら、場所が何処であれ、かんたんに倒されそうな気もするけど、たまに傷が深くなる状態になる。もし、俺を殺そうとしてきたら、その傷が深くなる状態になるまで耐えて、反撃するしかない。そうしたら、勝機はある。

ただ、ケガ人を攻撃なんてしたくない。

生き残るためには、今後どの戦いでもそんな事は言ってられないのかも知れないけど。

すぐに自分の世界に帰れる訳じゃないんだ、この世界のやり方にも少しは慣れないといけないよな。

頭の中で自分は高校生だなんて意識し過ぎてたら、やっていけないからな。

こんな剣で、相手を斬りにかかるだなんて、冷静に考えたら、まともじゃないだろ。

割り切ってやらないといけないんだ。

そうやって、もう1人の俺はこの世界でやってたんだろうから。

そして。

死んだ。

オフジエってばあちゃんがいた村辺りで会ったあの片眼鏡の男は、今のところこの世界で知る限り、もう1人の俺を知ってる唯一の男だ。その男が、もう1人の俺は、夢魔操エイジアを持ってた奴にやられたって言ってたよな?

じゃあ、もう1人の俺は、ハムカンデにやられた?

あの残忍で異常な強さを持ってた《冬枯れの牙》ラグリェを退けたもう1人の俺なのに。

でも、切り株街にいたクソボーグン族の猫かぶり女のフグイッシュは、俺を見て矢倉郁人やぐらいくとだとわかった。あの街の他の奴もそうだ。

それだけじゃない、ラグリェ自体も、俺を矢倉郁人だと途中から気づいたじゃないか。

俺の記憶が違っていなければ、鏡に映るこの姿は、髪は銀髪だけど、顔や体は俺だとわかる。

なのに、ハムカンデは、俺を見て、矢倉郁人だとわからなかった。

もう1人の俺を殺した奴は、ハムカンデじゃないという事か。

じゃあ、夢魔操の元々の持ち主は、ハムカンデじゃない、って事か?

どうでもいい。宝酷城ほうこくじょうの夢魔操は本物かどうか、そこが重要だな。

でも、一度はパルンガを連れてこの街を出たい。

俺は《冬枯れの牙》と違わない殺人鬼集団の黒眼五人衆に目をつけられた。

右手に燻っている紫色の炎が腕に上がって、体に吸い込まれていったら、多分また誰かの力が宿る様な気がする。

そうなったら、次元斬の精度が大幅に上がる。全体的な動きもそうだ。

霧蔵や右京みたいな力が宿れば、互角以上の戦いができる。

ただ、それでも敵だらけの街でまともな考えが浮かぶ訳もないからな。

それに、もし夢魔操を手に入れて元の世界に帰れるとしても、本当に時が止まっていたとしたら、その問題をどうするかも解決していない。

そうなると、優先はやっぱり、ギルロの体と魂を探す事になるだろう。



カツンッ!



カツンッ!



よし、階段を上り終えたぞ。



左側に行けば、顔の門だ。食われそうになりながらも、何とか抜けた門。

右側は、瓦礫の山か。

瓦とか太い柱が混ざってるな。ここに1つだけ家が立ってたのか?

この瓦礫への道の左右に、赤い灯籠が壊されてるんだよな。これは街に降りる時も変だとは思ったけど。

まさかな。

でも、そうなのかも。

リョウマ族の家に行った時に、外の様な暗い場所が現れて、ひたすら体を操られて進み続けさせられたけど、その時に左右に同じ様に灯籠があった。その時は、その灯籠は壊れてはいなかったけど。

まさか、この先にいるのか?

確か、裸眼。

俺に姿こそ見せないけど、いきなり現れて俺に威圧してくる。その割に、何か救いを求めている様にも感じるのは気のせいか?

今行くべきは、そこだよな。

そうだよな。

じゃあ、行くか?

待ってろよ。

裸眼。
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