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第二章 熱き炎よギルロに届け、切なる思い

その46

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カラス野郎が、腰に手を当てて、そして、剣を抜いて、それを俺に向け、突き刺す。







一連の動きがとても速く、少しのムダもない。










攻撃のタイミングは、やっぱり少し変えてきた。













剣を抜いて、そして俺に剣を突き刺す、そのカラス野郎の攻撃のタイミングを、感覚で覚えていたから、それに合わせて、このカラス野郎の剣とかち合わせる、もしそうでなくても、カラス野郎の体に一閃、斬りつけるつもりで振ったんだ。











俺の視界に、赤い霧が舞う。













俺の大剣は、カラス野郎の剣も、奴の体も捕える事がなく、空振りに終わった。












左肺の下辺りと、右鎖骨の下辺りに、強い痛みを感じた。何回か、俺とカラス野郎の間に、往復する小さな光。













右手の人差し指と中指が体の痛みで、震えている。俺は今の一撃で、何回刺されたんだ?わからない…。










強い痛みを感じた新しい刺し傷は、他の刺し傷の鎮まりかけていた様な痛みを、また目覚めさせ、何倍もの痛みに変えてきた。











「おおお…っ」













このカラス野郎の108の刺突なんて、受けた奴は、人間にはいねぇ…。多分、怪物か何かだろう。











さっきまで耐えていた体が、一気に悲鳴を上げてきやがった…!










い、痛い…!













体中が痛くて、大剣を持つ右手が笑ってきやがる。これじゃ、攻撃できねぇ…!











「25箇所の刺突まで、よくその身に受けた。おめでとう、と言っておこうか。矢倉郁人やぐらいくとよ。惨殺剣術コルト・カラングラシェも、後2つの刺突を以って、本幕へと舞台を移す事になる。為す術もない絶望というものを心に刻み、死んでいくが良い」













背中に嫌な汗が背骨を通して、一直線に流れていくのがわかる。まだ、終われねぇのに…!













「お…お」











俺は、お話しライオンと、シンガリ族のキリングと戦って、少しは俺も剣が扱えて、そして勝つ事もできるんだと思ってた。









だけど、この《冬枯れの牙》ラグリェの剣の腕はどうだ…。まるで、歯が立たねぇ。









暗殺者の剣は、俺が思ってた以上に、手強い…。












カラスの仮面をして、素顔を隠している奴なんかに、負けたくはないのに…。















素顔を…隠す、か。













俺が、ずっと幼い頃だ。












何かの施設の裏にある空き地で、地面に落ちている石を集めて、木を目掛けて、それを投げていた時に。











同い年ぐらいの子供がやって来て、自分もここで遊んでるんだよ、そんな事を言ってきた。










今は、特に何も抵抗もないんだけど、その時は、俺は自分の事を、何も話したがらなかった。








名前は?










そう聞かれた俺は、何も答えず、集めた石を持って、また木に向かって石を投げ始めたんだ。









それを見て、無視をされて腹を立てたその子供は、俺の横っ面をグーで殴って、バーカとか言って走って行ったな。











殴る事もないのにって、思った。知らない奴が、慣れ慣れしく声をかけて、何でも思い通りに言葉を返すと思うなよ、って、











思ったんだ。













家に帰った時に、母さんにその事を話した。いきなり殴ってきた乱暴な奴がいるって。俺は、5才くらいだったけど、殴られたのなんか、初めてだったから、痛くて悔しくて。











そしたら、母さんは俺の殴られた頬に氷水の袋を当てて、自分の名前が嫌いなの?って…。









自分の名前が嫌いとか、そんな事はない。










俺は、その名前を親からつけられて、呼ばれれば、それは俺の事なんだって、そうわかるだけ。








みんなに、俺の名前をわざわざ教えてやる必要もないんじゃないかって、思ってた…。










次に、その子がまた近づいて、名前を教えてと言ってきたら。












次は。











自分の名前を、ちゃんと伝えてあげて、と。










自分が生まれて、それをみんながみんな、知ってる訳じゃない…。












生まれてきて、そして今、ここに存在している。生きている。その名前は、矢倉郁人やぐらいくとだと、それを、自分の口で、伝えていかないといけないって。











俺は、確かに、存在している。生きている…。










また、施設裏の空き地で、木に石を投げて遊んでいた俺に、例の子供は、また近づいてきた。











前の時とは違って、怒っていたな。










この場所は、自分が遊ぶ場所だから、二度とここに近づくな、そう言って、また殴ってきたな。そして、また走り去っていった。









二度も殴られて、俺はあの時、涙を浮かべてたよな。意味もなく殴られるほど、悲しいものはない。










それでも、俺はその子供を必死に追いかけた。











仕返しをしたいんじゃない。












俺は、誰かって事を、伝えたかった。











施設の中に入ろうとしたその子供は、俺が追っかけてきた事に気づいて、何だよ!って語気を強めてたよな。











俺は、はぁはぁと息を切らしながら、その子供に伝えようとしたんだ。












自分が何者かって事を。












俺は…、













俺はっ…。














矢倉…












矢倉郁人って、言うんだよぉっ…!












俺が涙を浮かべながら、勇気を出して言った事、その子供に、伝わったんだよな。












俺は、月ヶ峰健太つきがみけんただ、そう名前を教えてくれたな。













それから、俺と月ヶ峰は、しばらく施設裏の空き地で一緒に遊ぶようになった。











俺に、初めて、友達らしい友達ができた時だった。











俺は…。













俺は…!














矢倉郁人だっ!












もう1人の俺がお前を負かしたというのなら、俺もそうさせてもらう…。












もう1人の俺の方が力が上なら、俺は矢倉郁人じゃなくなるのか?





そうじゃないだろう…?









俺の力を証明してやるよ…。











少しは手の痺れが取れた。体がまた、痛みに少しだけ慣れてくれたからだ。










よし、また剣をしっかり握れそうだ。





















ラグリェ、お前の剣に光を見た…。













俺とシュテイールが泊まった宿に、殺人兵器の泥人形送り込んだだろう?その時も、泥人形の剣は全く見えなかった。












お前の剣と同じだったんだよ。










周りが暗いってだけじゃなかったんだ。










先ほど、俺の剣とお前の剣がかち合ったのは、やっぱりまずかった様だな。












お前の剣の刃は、お前の黒で統一した服やマントを背景に、同じ黒で染め上げていたんだ。しかも、それは遮光の塗料だろう?光の反射がなかった。













俺の大剣とお前の細身剣がかち合った時に、お前の剣の刃は一部の黒塗料が剥がれ、お前の剣は姿を現した…。











次の刺突2箇所は、致命箇所をまだ狙わないはずだろう?










そこが、お前の命取りになる…。












次で、決着をつけてやる。













次元斬だ…。















次元斬で、決着をつけてやる。
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