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それは甘い毒

Chapter5-4

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 長いまつ毛に縁取られた大きなアーモンド型の瞳に、陶器で出来ているかと思うようなきめ細やかで白い肌。すうっと通った鼻筋に、紅を指したような唇。匂い立つような美しさとは、まさにその人のためにある言葉なのではないかと早苗は思わず見惚れてしまった。

「リッカさん、おはようございます。今日も一段と美しいですね!」
「おはよう、ケンケン。ちゃんとお使いできたみたいだね」

 そう言うリッカの視線は早苗に向けられていた。その視線からは嫌なものは一切感じられなかった。むしろ、早苗が今この場にいることにホッとしているように感じた。

「はじめまして、逢沢さん。僕はこの店の副店長のリッカです。本当ならば僕も一緒にお迎えに行く予定だったんですけど、仕事が入ったせいで行けなくなってしまって……。剣崎はご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「…………」

 早苗は言葉を詰まらせた。
 会社の目の前で、派手な見た目の男に誘拐まがいな連れ去られ方をしたのだ。明日には背びれ尾びれが付いたろくでもない噂になっているということは、まず間違いないだろう。つまり、早苗は剣崎に迷惑をかけられたということになる。
 しかし、正直に「はい、迷惑でした」なんて言えるほど早苗の神経は図太くない。反応に困っている早苗を見て、リッカはこめかみに青筋を浮かべた。

「何か粗相があったみたいですね、本当にすみません」

 申し訳なさそうに早苗に謝罪をしたリッカが剣崎の方に顔を向けて、じっ……と睨みつける。そんな視線に剣崎がたじろいだ。

「……おい、駄犬。お前、何しでかした?」

 その中性的な顔からは想像ができないほど低くドスの効いた声でリッカが剣崎に問う。それは怒声を張り上げられるよりも何倍も相手に恐怖心を抱かせるものであった。
 リッカよりもずっと体格がいい剣崎ですら、リッカの威圧に押し負けているようだった。早苗はその怒りが自分に向けられたものでは無いことに胸を撫で下ろす。

「ふ、普通に車乗せて連れてきただけっすよ!」

 普通ではなかっただろ……と早苗は心の中でツッコミを入れる。

「ちゃんと何処に、どう言う理由で、連れてくかの説明はしたのか?」

 剣崎が言葉を詰まらせた。もちろん早苗はそんな説明は受けてない。オーナーがどうの、みたいなことは言っていたが、早苗にはそのオーナーとやらに心当たりはないのだ。つまり、早苗はなぜ自分がここに連れてこられたのかの検討は全くついていない状況なのである。

 剣崎の反応で大方のことを察したリッカは改めて早苗に頭を下げた。その表情には先程まで剣崎に向けていた鋭いものは全くなく、心の底から申し訳ないと思っている表情であった。

「逢沢さん、本当にすみません。今日お呼び立てしたのは、うちのオーナー……えっと蛇池聖司が逢沢さんにどうしても話して置かなければいけないことあるとのことなんです。蛇池のことはご存知ですよね?」
「じゃいけさん……ああ!」

 しばし考えて、それが先日、俊哉に紹介されたあの白髪の大男の名前だということを思い出した。それと同時に、彼から受けた不穏な忠告も早苗の脳裏をよぎった。

「一般職のオメガの方をこのような店に連れてくるのは申し訳ないと思ったのですが、蛇池は営業日だとどうしてもこの店を離れられなくて……」

 リッカのいうこのような店という言葉で、早苗がこの店が風俗店であることを確信した。薄々そうだろうなと予想はしていたが、改めて此処がそういう店であると確信すると意味もなく緊張する。

「オレにそんなに急ぎの話があるんですか? その……蛇池さんとは先日少し顔を合わせただけで、知り合いというわけではないんですけど……」

 まさか、この店で働かないかなどという話でもないだろう。

「僕も蛇池から詳しい話を聞いた訳では無いので、どんな内容の話なのかまでは分からないですけど……小松伊織に目をつけられた心当たりはありませんか?」
「え……」

 思いもよらない人物の名前がリッカの口から出たことに驚きを隠せない早苗は、驚愕の顔のままリッカを凝視する。

「……まさか、心当たりがあるんですか?」

 リッカがわなわなと震えながら早苗に問う。

「えっと……」
「そいつ、俊哉と碌でもない計画立ててんだよ」

 早苗が彼の問いに答えられずに言い淀んでいると、代わりに返事をしたのは白髪の大男――蛇池聖司であった。

「あ、蛇池さん。おはようございます。碌でもないことって何ですか?」

 剣崎が興味津々に蛇池に問う。リッカも気になっているらしく、何も言わなかったが蛇池の方を見ていた。

「ああ。俊哉は伊織と距離を置くために、そいつは彼氏とその彼氏にちょっかいを出す伊織に一泡吹かせたくて仲良しのフリしてんだよ」

 蛇池の言葉にリッカは信じられないといった視線を早苗に向ける。早苗は向けられる視線の圧力に耐えられず身を縮こまらせた。室内にはなんとも重苦しい空気が流れる。

 それにしても、蛇池は何でそんなことを知っているのだろうか。俊哉があの計画について蛇池に話しているとは考え難い。

「逢沢さん、小松伊織に一泡吹かせたいとしても小松俊哉に近づくのはあまりにも危険すぎです!」

 そう口火を切ったのは予想外にもリッカだった。

「リッカさんもあの2人の事を知っているんですか?」

 早苗の問いにリッカは苦々しい表情を浮かべた。彼とあの兄弟の間に何かしらのいざこざがあったのは一目瞭然だった。

「今日わざわざここに呼び出したのは、もう一度お前に警告するためだ。厄介事に巻き込まれたくないなら、もうあいつらに関わるな」

 きつい口調で蛇池は早苗にそう言った。それに同意するようにリッカがこくこくと首を縦に振る。
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