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それは甘い毒

Chapter4-4

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 病院から帰宅した早苗は、俊哉に送るメッセージに頭を悩ませていた。

 彼とはつい最近、この間の帰り際に連絡を交換したきりで、1度もやり取りをしたことがなかったのである。俊哉は「寂しくなったらいつでも連絡していいからね」などと冗談めかして言っていたが、恋人である京介とですらなかなかやり取りがない早苗には、たいした用事もないのにメッセージを送るなどという考えは浮かんでこなかった。

 それに、勢いに任せて同意書を貰ってきたが、俊哉は早苗の次の発情期まで待つと言っていた。もし今、同意書にサインくださいを言ったところで断られるかもしれないと思うと、どう話を切り出すべきなのか分からなくなってきた。

 しばらく考えあぐねていると、早苗はふと疑問を抱いた。

(……なんでオレ、俊哉先輩に対してこんなに遠慮をしてるんだ?)

 そもそも、契約番の話を持ってきたのは俊哉なのだ。早苗が協力的になって何も悪いことは無いはずだ。俊哉が「次の発情期まで待つ」と言ったのは、早苗が自暴自棄で彼の提案に乗ったと思われたからなのだろう。

 別に自分はそこまで短絡的な人間ではない、と早苗は思っている。自分で出した答えに責任を持てないような人間では無いのだ。

【逢沢です。やっぱり予定を前倒しすることは出来ませんか? 同意書は貰ってきました】

 送ってから、もう少し丁寧な文章にすれば良かったと少し後悔をする。が、送ってしまったものは取り消すことが出来ないので、早苗はそのまま俊哉の反応を待つことにした。
 メッセージを送ってから、それほど間を置かずに既読がついた。まだ仕事中なのでは? と早苗が心配していると電話がきた。

『メッセージありがとう。で、同意書ってどういうこと?』

 出てみると、俊哉の声はいつものおちゃらけたものではなく、真剣な声色だった。

「発情期誘発剤の処方同意書です」
『おれ、次の発情期まで待つって伝えたはずだけど』
「それって、俺が自暴自棄で俊哉先輩の提案に乗ったと思ったからですよね?」
『…………』
「ずっと、京介さんのことはケジメをつけないといけないと思っていたんです。ただ、俊哉先輩の提案は丁度タイミングが良かっただけの話で……」
『分かった。君は覚悟を決めてくれたってことなんだね。でも、計画を前倒しにしたい理由は聞いてもいいよね?』
「次の発情期まで待てば、多分また京介さんとその期間を過ごすと思うんです。京介さんはオレの周期を把握してるので。なので、それより前に計画を実行しないといつまで経っても、俊哉先輩と番になるタイミングがないと思ったんです」
『それだけ?』
「それだけってどういうことですか?」

 俊哉は、早苗が計画を前倒ししたいと言った理由がほかにあることを察しているかのような口振りだった。

『早苗くんはね、君が思っている以上に短絡的なところがあるんだよ。だから、今回こんな行動を起こしたのも何か理由があったのかなって思っただけだよ』
「別にオレは短絡的な人間では無いです。でも、何も無かったとは言えないですね。京介さんにエンゲージカラーを貰ったんです」
『それなのにおれと番うの?』
「だから俊哉先輩と番うんです。意地悪なことを聞かないでください」

 電話口の向こうで俊哉がくすくすと笑う。からかわれたのだと気が付き少し腹が立った。

「それで、サインはくれるんですか? くれないんですか?」
『サインするよ。で、他に必要なものは?』
「捺印が必要なので印鑑もお願いします」
『わかった。仕事が終わったら早苗くんちに行くから住所をメッセージで送っておいてよ』
「え、家にくるんですか?」
『ダメなの?』
「……大丈夫ですけど」
『なら決まり。向かう時にメッセージ送るよ。じゃあ、おれは仕事に戻るね』

 俊哉のペースに飲まれて家に来ることを許してしまった。早苗は今まで、京介以外の人間を家に上げたことがない。だから、少し俊哉が家に来ると行った時は躊躇ったのだ。
 京介への想いは断ち切ったつもりではあったのに、この空間の思い出までを塗りつぶす勇気が早苗には少し足りなかった。

 気持ちを落ち着けるために、この前京介が泊まりに来た時に拝借した肌着が入った袋をクローゼット中から取りだした。
 アルファとオメガの普通のカップルであればもっと互いの持ち物を持っていたりする。けれど、京介の匂いが濃く残ってるものは、早苗はこれしか持っていなかった。
 
 恋人と名のつく関係であったにもかかわらず、早苗と京介の関係は希薄だった。傍からしたら、京介と伊織のほうがよっぽど恋人らしく見えることだろう。

 肺が京介の匂いで満たされる度に、安心するはずなのに心がすり減っていく感じがした。

(早く会いたい……。誰に? 京介さん? 違う。今、1番オレが会いたいのは――)
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