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それは甘い毒

Chapter3-2

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 小さなテーブルに2人分の食事を並べると窮屈になるが、早苗はこの瞬間という幸せを噛み締めていた。
 京介と恋人になってから、こうやって向かい合って食事をする機会はあまりなかった。むしろ、恋人になる前の方が、恋人らしいことをしていたかもしれないとすら思う。今後、彼とこうやって向き合って食事をする機会はもうないかもしれないと思うと、少し切なくなった。

「キャベツの味噌汁は初めて食べるが、結構美味しいんだな」
「そうなんですよ。オレも、椎名に教えてもらうまでは、キャベツが味噌汁に合うわけないって思ってたんですけどね。騙されたと思って試してっみたら案外美味しくて、キャベツ買ったときの消費レパートリーの仲間入りしました」
「椎名……ああ、早苗と同級生の彼のことか。彼は結婚したんだな」

 少し考えた後、京介は椎名がどの人物なのか思い当たったようだ。椎名と京介が直接話しているところを早苗は見た事がないので、多分ほとんど交流がなかったのだろう。

「そうなんですよ。オレたちが3年生の時の1年生に毎日猛アタックされて、最初はのらりくらりと躱していたっていうのに、後輩が高校を卒業したら速攻で結婚したので驚きましたよ」
「その光景は容易に目に浮かぶよ。彼は、早苗と違った意味で変わっていたからな」

 椎名は基本的に近くにオメガがいるアルファには関心を向けなかった。彼曰く、オメガの匂いを付けてるアルファは相手にするだけ、時間と体力の無駄なのだそうだ。

 早苗は椎名の言うところのオメガの匂いというのがよく分からなかったが、要するにフェロモンのことを指していたらしい。そんなことを言われたところで、早苗はオメガのフェロモンに匂いがあると感じたことは無いので、しいなが特別何かを感じていたのだろう。元々、そういうのに敏感なオメガはいるというのは保健体育の時間に習った気がする。

 つまるところ、椎名は相手に困っていないアルファは眼中に入れていなかったのだ。高校時代、京介や俊哉に、自分を売り込もうということはしていなかったのはそういうことらしい。
 ほかのオメガの生徒やベータの女生徒、あまつさえ他校のオメガまでもが京介や俊哉の元に訪ねてくる中、自分たちに全く興味関心を向けない早苗と椎名は京介の中に印象的に残っていたようだ。

「彼は、結婚とか番だとかそういうのに興味が無いのだと思っていた」
「ああ、それについては他のオメガの匂いがするアルファには食指が動かないって言ってましたね」
「他のオメガの匂い?」

 身近にオメガがいる京介にも馴染みのない話だったようだ。

「オレもよく分からないんですけど、オメガって普通にしててもある程度フェロモンが出てるみたいなんです。で、それが近くにいる人にそれが移るんだとか」
「それは知らなかったな」
「オメガでも余程敏感でないと気が付かないとも言ってましたね」
「アルファが自分の気に入ったオメガに自分のフェロモンを付けてマーキングするという話は聞いたことがあったが、オメガにもそんな習性があるとはな」

 もし自分も椎名のように、鼻が良かったら京介から伊織の匂いを感じたのだろうか? そう考えると、早苗は自分はオメガの匂いが分からなくて良かったと思った。

 皿は京介が洗ってくれると言うので、早苗は先にシャワーを浴びることにした。発情期ではないが、万が一のために下準備もする。
 恋人の家に泊まっていくのだ。抱かれないなんで可能性の方が低い。それに明日も出勤しなければならないが、1回くらいなら翌日に響くことは無いだろう。

 発情期以外に京介とするのなんていつぶりだろうか……と考えようと思ってやめた。そんなことを考えたところで虚しくなるだけだ。そもそも、発情期以外に会うことなんて滅多になかったし、この前のデートなんて、半年ぶりだったのに京介は途中で帰ってしまった。今日だってそうならない保証は――無い。

「早苗、大丈夫?」
「え、京介さん?!」

 脱衣所からいきなり声をかけられて驚いた早苗は、足元にあった椅子を蹴飛ばしてしまった。浴室に大きな音が響く。

「大きな音したけど、怪我はないか?」
「すみません。大丈夫です!」
「シャワーの音がずっと聞こえてたから心配した。本当に平気?」
「はい。えっと、その――ちょっと準備していたので……」
「そ、そうか。すまない、ゆっくり入ってくれ」

 早苗の言葉に京介は慌てて脱衣所から出ていった。もう何度も抱いているのに、初心な反応をする京介がおかしくてたまらなかった。けれど、鏡に映った早苗の顔も赤みがさしていた。何度も抱かれているのにまるで処女になった気分だった。

 髪を乾かして、リビングに戻ると平静を装った京介がテレビを見ていた。きっと、内容は頭に入っていないだろう。

「京介さん、上がりました」
「そうか、俺もシャワーを借りていいか?」
「どうぞ。着替えは後で持って行きますね」
「ありがとう」

 なんでもないように振る舞いながら京介は洗面所の方に行く。恋人になって3年になるのに、何を付き合いたてみたいなやり取りしているのだと、早苗は京介の着替えが入っている引き出しを開けた。ここに入っているものはほとんどが新品だ。
 デートの途中で置いてかれた早苗が、寂しさを埋めるために京介の匂いを求めても、ここには微かな匂いしかない。そんな経験を何度もしたせいで、早苗はここを開くのが少し億劫だった。

 着替えを持って脱衣所に行くと、洗濯カゴの中に京介が着ていたものが入っている。洗濯機の上に着替えを置いた早苗は出来心から、肌着を一枚手に取って残りは洗濯機に放り込んだ。

「着替え、置いておきました」

 きっと早苗の声はシャワーの音にかき消されてしまっただろう。でも、今の早苗にはそんなことはどうでも良かった。急いで、脱衣所を離れる。リビングに戻ってドアを閉めてから、肌着に顔を埋める。早苗がずっと欲しかった、京介の匂いがした。

(このくらい、もらってもバチは当たらないよね……)

 やっと手に入れることができたそれを早苗はチャック付きのポリ袋に入れて早苗の着替えが入っているクローゼットに隠した。
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