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「蓮! よかった。体調はもう大丈夫なの?」

 汗に濡れた前髪の拓人が駆け寄ってきた。汗をかいているせいか、匂いがいつもよりも濃い。
 そよ風が吹くたびに彼の匂いがぼくを鼻腔をくすぐるせいで、ドキドキしてきた。気を抜いたら拓人に恋慕の表情を向けてしまいそうになるので、ぼくは気を引き締めた。

「もう平気だよ。心配かけてごめんね」

「本当に……。一昨日、あの後連絡がつかないから心配したよ……」

「ごめんね。あ、そうだ。お見舞い来てくれたんでしょ? ありがとうね」

 拓人が一昨日届けてくれたお見舞いのいちごは昨日の夕食のテーブルに並んでいた。
 一昨日は母が部屋から出してくれなかったから、食べるのは昨日になってしまったのだ。

「一昨日、顔が見れなかったせいで、今までずっと悶々としてたんだけど……」

 拓人は拗ねた子供みたいな顔をする。彼の表情がこんなにも変わるのを見るのは久々だった。いつもは、どこか余裕そうなのに、今は本当に余裕がないみたいだ。
 ただの親友のためにここまで慌てふためいてくれるなんてと思うと、思わず浮かれてしまう。

「本当にごめん。でも、拓人にぼくの風邪をうつしたくなかったんだ」

「平気なのに……。この後、教室まで送るのは断ったりしないよな」

「え? うん。でも、友達はいいの?」

「今は、蓮を優先したいんだけど」

 拓人の言葉のせいで、顔面に熱が集まる。きっと今のぼくは茹でだこのように真っ赤な顔をしているだろう。誤魔化すように顔を背ける。
 拓人がこんなにも過保護になるのはいつ以来だろうか──。
 小学生の時にインフルエンザになって1週間休んだ後のことをふと思い出した。
 あの時も、久々に登校したぼくに拓人はべったりだった。授業中以外はずっとぼくのそばにいた。

「今日のお昼は一緒に食べるからね」

 ぼくを教室の前まで送った拓人がそう言った。「彼女と過ごさなくていいの?」とぼくが聞く前に拓人が自分の教室に戻ってしまった。
 呆然と拓人の背中を見ていたぼくに、教室から出てきた関口が声をかけてきた。

「篠原、おはよう? もう、体調は大丈夫なのか?」

「おはよう。もう大丈夫。この前はありがとうね」

「いいって、いいって。そういや、篠原休んでる間、大丈夫かってメッセージ送ろうと思ったんだけど、連絡先知らなかったってのに気がついたんだわ」

 関口にそう言われて、ぼくは高校に入ってからだれとも連絡先の交換をしていないことに今更気がついた。

「確かに、ぼく関口の連絡先知らないや」

「交換しよう。……って嫌じゃないよな?」

「全然嫌じゃないよ」

 ぼくはメッセージアプリを起動して、連絡先交換の画面を出す。関口は、カメラをかざしてコードを読み込んだ。
 アプリの連絡先に新しく関口の名前が追加される。
 改めて登録されている連絡先の少なさに驚いていると、ぼくの携帯の画面を見ていた関口が申し訳なさそうに、「なあ」と言った。

「どうしたの?」

「本当に俺と連絡先交換しても大丈夫だった?」

「何をそんなに心配してるの?」

「だって、連絡先……両親と永井と俺しかいなかった」

「ああ、それね。ぼくも今まで気がつかなかったよ」

 ぼくが笑ってそういうと、関口は微妙な顔をする。

「まあ、篠原がいいっていうならいっか……」
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