上 下
23 / 32
3章 とある魔王の運命

魔王の運命4

しおりを挟む
 魔王ゾーディアスがこの世に誕生したのは300年前だった。数多くの魔物の中の一体としてこの世に誕生するが、すぐに頭角を現し、周りの魔物を従え、人間の領土を侵略していった。誕生して200年。ハドホックの世界のほとんどを支配するまでになった。人間は魔王の奴隷として生かされるか、世界の片隅でひっそりと暮らすかだった。
 しかし、そこに、魔王にとってイレギュラーな存在、勇者が現れた。その圧倒的力で、魔王軍を追い詰めていった。追い詰められた魔王は、最後の力を使い、異世界であるゲーテルの世界に逃げ込んだ。


 現在までのシュンの運命の書を読み、ハトは息を溢した。あの少年は、やはり、魔王ゾーディアスだったのだ。ハドホックの人類の敵、ゾーディアス。ハトも学問所の教本の中のことしか知らないが、ハドホックの人間の遺伝子に、その恐怖はしっかりと刻み込まれていた。

「確かに、あの少年が魔王というのは間違いなさそうですね。もう少し見てみましょうか?」

 ハトが見守る中、アルブルヘムはページをめくった。
 どのくらい読んでいただろうか、アルブルヘムとハトはその手を止めた。信じられなかった。この本に書いてある運命が、本当にあの魔王と同一人物のものかどうか、ハトには信じられない。

「こ、こんなことって」

「ええ。少し、予想外ですね。こんな、悲しい物語が、あの少年を待っているのですね」

 ハトは、シュンに同情しているようだ。運命の書を読み、今は魔王というよりは、一人の少年シュンへ、心を寄せていた。

「アルブルヘムさん……」

「ええ、ハトさん。あなたの言いたいことはわかっていますよ。行ってください。シュンさんの元に」

「ありがとうございます」

「今回も、何もできず、傷つくだけかもしれませんよ?」

 アルブルヘムが心配の眼差しを向ける。

「ええ。僕はちっぽけな、ただの人間です。何かを変えられるとは思っていません。しかし、アルブルヘムさんも言っていましたよね? 見守ることは、できると」

「はい」

 アルブルヘムはハトの決意を受け止めるかのように、うなずいた。

「では、準備をします」

 そう言い、木の精霊に合図を送ろうとしていたハトをアルブルヘムが呼び止めた。

「ハトさん。以前に渡した宝石は持っていますか?」

「もちろんですよ。これがないと、ここへは帰ってこれませんから」

 以前、アルブルヘムにもらった、世界樹の力が込められた宝石だ。念じれは、どこにいようと、世界樹の図書館に戻ってくることができる。

「貸してください」

アルブルヘムはハトから宝石を受け取ると、世界樹に向かい、祈りを捧げた。宝石が青白く光る。


「終わりました」

 5分ほど、祈っていただろうか?そう言うと、アルブルヘムは宝石をハトに手渡した。みたところ、変化と呼べるものはない。ハトが宝石を不思議そうに眺めていると、アルブルヘムが説明してくれる。

「宝石に2つの能力を込めました。一つはハトさんの見た目がその世界の住人のように見える事です」

 確かに、シュンを見てハトも思った。服装が全く違う。多分、ハトの服装で他の世界に行ったら、周りから奇妙な目で見られるかもしれない。

「それと、もう一つです。言語を共有できるようにしました。ここはどこの世界にも属していない世界樹ですので、言語の概念がありません。そのため、他の世界の人同士が普通に会話ができています。しかし、外の世界ではそうはいきません。そこで、この宝石を持っていると、世界樹にいるときと同じように、他の世界の人と、普通に会話ができるように力を込めました」

「ありがとうございます。これで安心して、他の世界に旅立てます」

 ハトは歩き出した。

「ハトさん。他の世界はあなたの、今までの常識が通用しない場面も多くあるでしょう。以前も言いましたが、もし、危険と感じたら、すぐに帰ってきてくださいね」

 ハトは、歩き出した足を止めた。今なら、アルブルヘムの気持ちに触れられる気がした。

「アルブルヘムさんは、どうしてそこまで、僕を……」

 アルブルヘムはゆっくりと笑顔を作った。まるで、ハトに言葉にならない何かを伝えようとしているようだった。

「気をつけて、行ってください」

 ハトはその笑顔が見れただけで、十分な気がした。ハトは世界樹の出口に向かって歩き出した。

 目の前では、外の世界への扉が、怪しく光っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

処理中です...