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2章 とある兵士の運命

兵士の運命1

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 暗闇の中を獣のような動きで男が進んでいく。草をかき分け、枝をなぎ倒し、ただ前だけをみている。男に大きな毛むくじゃらの獣が襲いかかる。この辺りで旅人を苦しめている獰猛な魔物だ。男は剣を抜き、その魔物を一撃の元で切り裂いて行った。返り血を大量に浴び、鎧がどす黒く染まっていく。だが、男は気にしない。ただ、まっすぐを見て、突き進んで行った。その目は獣のように鋭く、前だけをみている。世界樹の図書館を探して。


 ハトはふわふわと浮いていた。綿帽子に乗って。ハトの世界、ハドホックの世界では綿帽子は小さい、綿の塊だ。小指の先に乗るほどの小さなものだ。しかし、ここ世界樹の図書館はあらゆる植物がある。大きな大きな綿帽子は、ハトの体を包み込み、ぷかぷかと宙に浮かせていた。

 ハトは近くにある運命の書を一つ手にとって開く。この運命の書には世界の様々なものの過去、現在、未来、そして運命さえも書かれている。ハトはそれを読むのが日課だった。ここには様々な世界の運命の書が揃っている。ハトが暮らしていた、ハドホックとは違う世界のものまで。運命の書は時に童話のように、時に歴史書のように、ハトの目には写っていた。

 ここでの暮らしは悪くはなかった。現実から切り離された空間。自分がまるで、どこかの世界の仙人にでもなったような生活をハトは気に入っていた。

「そろそろ一息入れませんか?」

 下からアルブルヘムの声がして、ハトは真下を覗き込んだ。ハトの真下、世界樹の全ての枝が集まる場所。世界樹の中心にカウンターがあり、アルブルヘムが腰掛けている。アルブルヘムは世界樹の図書館の管理人の女性だ。

 ハトは綿帽子から出ている足をバタバタさせて、綿帽子を下へ、下へと操っていった。

「アルブルヘムさん。今日も訪問者はなさそうですか?」

 アルブルヘムと同じ高さの木の幹に降り立ったハトはそう声をかけた。

「どうでしょうね。まだ、運命フィルターにはなにも感じませんが…」

 アルブルヘムは世界樹が周りに張り巡らせたフィルターで、訪問者が来ることを事前に察知できるのだ。

「いつ、来るかわからない訪問者を待ってるのって、大変ですね」

「仕事ですから」

 アルブルヘムの『仕事』は、訪問者を待つことなのだ。

「仕事は大変なものですね。では、一息いれましょう」

 そう言うとハトは掌をくるくると回して、世界樹に住まう木の精霊に合図を送った。ハトも木の精霊の扱いには慣れてきたようだ。ハトがこの世界樹の図書館にやってきて、どのくらい経つだろうか?ハトの体感では一月、ないし二月ほど経っている。ここは日にちや曜日、季節の概念がない。また、時間の概念もないので、夜が訪れることはない。眠くなったら寝て、起きたくなったら起きる。自分がいったいどれだけの期間過ごしたのかのかを忘れてしまう。そんな世界だ。

 ハトの合図で木の精霊が用意した飲み物が大きな葉っぱに乗ってひらひらと頭上から降ってきた。木の幹をくり抜いたコップに黄色い液体が入っている。花の蜜で作られた飲み物で、ここ、世界樹の図書館では定番の飲み物だ。甘いが蜂蜜よりもあっさりしていて、飲みやすい。
 ハトとアルブルヘムは飲み物を飲みながら話をした。

「ここでの暮らしはどうですか?」

「悪くないです。なんかふあふあした感覚で、自分が、どこか不確定な生物になったような感覚ですね。うまく言えないですが」

「ふふふ。そうでしょうね。ここは全ての世界と一つになる場所。それゆえ、どこの世界でもあって、どこの世界でもないのです」

「なんだか、難しいですね」

「そのうちわかりますよ」

 そんなものだろうかとハトは思った。自分はいつまでここにいられるのだろうか。ここからでて、外の世界に出ていくことがあるのだろうかとハトは漠然と考えていた。


 ハトはゆっくりと花の蜜の飲み物を口に運んだ。そろそろ何か、つまめる食べ物が欲しいな。そんなことを思っている時だった。

「…来ましたね。訪問者です」

 アルブルヘムは静かに言った。
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