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1章 とある父親の運命

父親の運命2

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 ハトはアルブルヘムの視線を追って、カウンターの向こうを見た。一人の男がこちらに歩いてくるところだった。全身身軽な皮の服を着ていると言うことは、狩人や木こりか何かだろうか。年の頃は40くらいに見える。

 男はカウンターの前で歩みを止めた。

「ようこそ、世界樹の図書館へ」

 決まり文句のように、アルブルヘムは言った。男は少し戸惑っている。無理もない。とても現実とは思えない、幻想的な世界なのだ。

「ほ、本当にあったのか?世界樹の図書館は」

 男は独り言のように呟いた。

「ええ。あなたが望めば、そこに現れます」

「む、娘を助けてほしい。頼む」

「ええ。要件はわかっています。ハトさん。少し頼まれてくれますか?ここから2列目の棚の、一番上の段に黄色い本があります。それをこちらに」

 ハトはアルブルヘムの言われた通りの本を手に取った。分厚い皮の表紙で覆われた本だ。ずっしりと重い。ここに全ての運命が詰まっているかと思うと、不思議な感じがしてくる。ハトは本をアルブルヘムに手渡した。

「ありがとうございます。ハトさん」

 そう言いながらハトに微笑むと、アルブルヘムは男に向き直った。

「では、お話を始めましょう。始めに、なんとお呼びすれば?」

「あ、ああ。すまない。俺はガーボスと言う。狩人をしている。一人娘が病気で困ってるんだ。助けてくれないか?」

 ガーボスは頭を下げた。

 アルブルヘムはハトから受け取った黄色の本をカウンターの上に置いた。

「これは運命の書です。ここにはあなたたち家族の過去、現在、未来が記入してあります」

 そう言うと、アルブルヘムは本を開き、ページをめくっていった。

「確かに、娘さんの病気のことが書かれていますね。娘さんの近い未来は死です。後、半年の命でしょう」

「そ、そんな…」

 ガーボスは絶望のあまり、地面に崩れ落ちた。

「妻も、病気で失った。もう、これ以上はあんまりだ。ここは過去を変えられると聞いた。娘を、病気になる前に戻してやることはできないのか?」

 ガーボスはすがりつくような目でアルブルヘムを見上げた。アルブルヘムは静かに首を振った。

「普通の病気なら、可能かもしれません。しかし、娘さんの病気は生まれつきの病気。しかも、お母さん。あなたの奥様からの遺伝の病気です。もし、その病気の事実を消したいのであれば、あなたの奥様のことを消すことになってしまう。そうなれば、娘さんは生まれてこないでしょう」

 アルブルヘムは感情のこもってない顔で淡々と説明した。そこには、つい先ほどまで見せていた、優しい表情はなかった。

「そんな。どうすれば…」

「残念ですが、運命の書ではどうすることも」

「び、病気は治せないのか?」

「少しお待ちを。えっと…、あなたの世界。ハドホックの世界で病気の治療法が確立するのは1年後です。娘さんの死から半年。半年時間が足りません」

「は、半年。そんな…。たった半年間に合わないだけで、娘は助からないのか?」

「残念ながら、運命です」

 絶望に打ち拉がれ、項垂れているガーボス。

「あの。アルブルヘムさん。僕に力になれないでしょうか?」

 ハトは思い切って言葉を発した。その様子が意外だったのか、アルブルヘムも驚いた表情をしていた。

「僕は運命の書に名前が出てきません。僕なら、その運命の隙間をすり抜けて、何か、お手伝いできることがあるのではないでしょうか?」

「…確かに君の存在は運命の書にとってもイレギュラーです。可能性はなくはないでしょう。しかし、いいのですか?娘さんを助けられない可能性の方が大きいのですよ。そうなると、傷つくのは、ハトさんあなたです」

「かまいません。僕がお役に立てるのなら」

 ハトの中では贖罪のつもりなのかもしれない。冒険に出た仲間を見捨て、一人、生き延びてしまったことへの罪滅ぼしのつもりだったのだろう。

「何か、方法があるのですか?」

 ガーボスは弱々しく顔をあげた。そんなガーボスにアルブルヘムは声をかけた。

「決して、期待はしないでください。彼はハトさんと言って、あなたと同じハドホックの住人です。彼は人より少しだけ、運命に干渉できる力を持っています。何か、力になれることがあるかもしれません。娘さんの命が尽きるまで半年あります。ハトさんがあなたのお手伝いをします」

「あ、ありがとうございます」

 ガーボスは頭が地面にきそうなほど、深くお辞儀をした。
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