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紅顔の美少年とお宅訪問ツアーと時をこえた再会

第37話

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 一旦は聞き分けた素振りを見せながらも、「帰したくない」という本音を饒舌に語るサンクの瞳に思いきり後ろ髪を引かれつつ、我々はドーム・ガルの談話室を後にします。
 瑠璃紺に塗り潰された空には既に一番星が瞬いており、西の涯てにわずかな朱色の雲がたなびくばかりでした。

「それにしても、よく温室に誘う気になったね」

 寮へ帰る道を早足に辿りながら、傍らを歩くミツが私にそっと耳打ちします。

「サンクも温室に入り浸るようになったら、そのまま園芸委員会に入っちゃうかもしれないのに……」

 ミツの指摘に、私は頭を金梃子で殴打されたかのような衝撃を受け、思わずその場でよろめきます。

「しまった……。あの人があんまりさみしそうな顔をするから、つい……」
「うんうん、気持ちはわかるよ。あの顔で迫られたら、何でも言うこと聞いてあげたくなっちゃうよね。むしろ、よく振り切ったと思うよ」

 同意を示してもらえるのは素直に有難かったものの、状況が状況だけに、私は己の迂闊さを呪わずにはいられませんでした。
 突然絶望したような表情で歩を止めたかと思えば、ミツとひそひそ囁き交わし始めた私の挙動に不審を抱いたのか、ミュゲが繋いだ手を軽く引っ張りながらこちらを覗き込みます。

「いえ、何でもありませんよ。早く寮へ戻りましょう」

 結局、その日は早々に寮へ戻り、私とミツは後日改めて作戦会議の場を設けることに決めました。



 数日後、我々はどうにか予定をすり合わせ、放課後に記念祭実行委員の本部で落ち合う手筈を整えました。出店するにあたり必要な予算を請求する方法を教えてもらうという、もっともらしい言い訳つきです。
 私が本部に顔を出す頃には、既に何人かの生徒が忙しく立ち働いていました。そんな中、部外者がずかずかと無遠慮に足を踏み入れるのは気が引けたため、私はたまたま出入口の前を通った生徒を捕まえ、ミツを呼び出してくれるように頼みます。幸い、ミツは手が空いていたらしく、すぐに私のもとへ駆け寄ってきてくれました。

「待たせちゃってごめんね。……ここだと少し話しづらいから、外に出ようか」

 ミツは一度室内へ戻り、上級生と思われる生徒に声をかけた後、私を伴って廊下へ出ました。

「わざわざすみません。仕事が詰まっているのでしょう」
「ううん、大丈夫。特に差し迫った用事はなかったし。シモンが来るまで、少しお手伝いしてただけ」

 校舎の外に出た我々は、木陰に隠すように置かれたベンチに並んで腰を下ろします。本当ならこんな話は、鍵のかかった部屋でするのが一番安全なのかもしれませんが、残念ながらこの学舎において、そのような場所を確保するのは至難の業です。できる限り人気のない場所を選ぶか、さもなくば会話を聞き取るのが困難なほど騒がしい場所に出るくらいしか、内緒話をする方法はありませんでした。

「さて、何から話そうかな……。まず、この前の一件で確信したんだけど……」

 ベンチに腰掛けるなり、ミツは胸の前で腕を組みながら難しい表情で切り出します。

「やっぱり、ゲームのシナリオからずれてきてるね」

 ある程度予想はしていたとはいえ、改めて宣告されると、その言葉の重みがずしりと肩へのしかかってきました。

「本当ならもっと早く気付くべきだったんだけど……今までは自分の目で登場シーンを見たわけじゃないから、確信が持てなかったんだよね」

 一房の髪の毛を人差し指に巻きつけたり解いたりしながら、ミツは話し続けます。無意識のうちに眼鏡に触れてしまうのと同じく、この仕草も彼女が思案しているときの癖なのでしょうか。

「でも、サンクとの出会い方は明らかに違った。ゲームの中では、主人公が使われていない旧校舎に迷い込むイベントが起きるの。それで、たまたま授業をさぼってたサンクと出会う。間違ってもあんな登場シーンじゃなかったはずだよ」

 旧校舎、という言葉にぎくりとした私は、咎められたわけでもないのに思わず身を竦めました。私がサンクと初めて会ったのは旧校舎ではなく鐘楼だったものの、場所を除けば重なる部分もあります。

「それから、これまで会ったキャラは全員、ミュゲちゃんよりも先にシモンが知り合ってるよね。小さい頃にサンクと会ってる設定も、ゲームにはなかったはずだし……。もう、委員会が違うとか、そういうレベルの話じゃなくて、もっと根本的な問題なのかも」

 ミツの「預言」にも頼れないとなると、いよいよもって先行きが不安になってきます。

 第一、私はどちらかの性になりたいのかと問われたら、特に望まないというのが本音です。生まれたときからこの体で生きていることもあり、私にとっては現状こそが自然であり、これといった不足も感じてはいません。
 ただ、それは私自身の率直な感情というだけで、実際的な問題として、性が固定されている人間が断然多数派なこの世の中では、不足はなくとも生きづらいのは確かです。あえて女性になることを選んだのは、私がミュゲに恋愛感情を抱けないという理由によるところが大きいです。
 とはいえ、三年もあれば親愛の情が恋慕の情に発展する可能性も無きにしもあらずといえます。それでも、現時点では心変わりする気配もなければ、騙し騙しでもミュゲをそういった目で見ようと訓練する気も起きないのです。
 もちろん、ミュゲのことを家族として、また友人として愛している事実に変わりはありません。だからこそ、ミュゲから思慕を寄せられるようなことが万に一つでもあれば、私は不実とわかっていながらも受け入れてしまうでしょう。仮令それがミュゲの体を借りた第三者であったとしても、です。
 そもそも、有り得ないとは思いますが、プレイヤーとやらの目当てが私だとしたら、どう足掻こうとも「攻略」されてしまうのではないのでしょうか。

 無論、誠実でありたいのであれば、恋愛対象としては見られない旨をきっぱり宣言すればよいだけの話です。しかし、彼女の思いを拒否したからといって、これまで通りの関係性を維持できるという保証はどこにもありません。
 結局のところ私は、口では我が身より彼女を優先するようなことを言っておきながら、その実自らの手で彼女を幸せにする自信はなく、己が感情を殺して恋人役を演じるほど献身的にもなれず、ただ自分にとって心地よい関係を壊してしまうのが怖いというだけの無責任かつ利己的な臆病者なのかもしれません。

「いずれにせよ、ゲームの中の私はミュゲ、もとい主人公の恋路を応援する立場なのですよね。ならば、その役目に徹することで軌道修正を図るのは難しいでしょうか」

 己の運命を知ってから今日まで、何度も堂々巡りを繰り返した思考に無理やり片をつけ、私は両手を天に向けて思いきり背を伸ばしながらミツへ問いかけます。

「うーん……確かに今後、元のシナリオに寄せられる可能性がないわけじゃないけど……。クラブや委員会だって、途中で変えようと思えば変えられるし」

 こうして、見も知らぬ誰かによって決められた筋書きに抗うでもなく、唯々諾々と受け入れている時点で、私は気付いて然るべきだったのです。

 「こうなりたい」と思うような未来が、自分にはないことを。
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