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二人の王子と温室とお祭りの準備

第12話

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「喧嘩はよそでやってくれ。他の生徒に迷惑がかかる。お望みならまとめて放校処分になるよう、僕から学長に取り計らってやろうか」

 聞く者を威圧するような重く響く声で、ルヴィは最後通牒を叩きつけます。
 ここで彼の言に従わなければ、今度は彼の手から直々に洗礼を受けることになるでしょう。流石にシャリマー王子も気圧されたのか、ようやく刃を収めてくれました。

 シャリマー王子がその場から立ち去ると、緊迫した空気が徐々に中和され、人垣も三々五々散っていきます。ほっと胸を撫でおろすのも束の間、今度はルヴィが険しい顔で私に迫ってくる番でした。

「全く、姿が見えないから探しに来てみたら……。君のことだ、大方二人を庇ったつもりだろうが、もう少しうまいやり方はなかったのか」
「あはは。返す言葉もございません……」

 笑い事じゃない、とさらに詰められる私に、ジェイ王子が気遣わしげな表情を浮かべながら近寄ってきます。

「ごめんなさい、僕のせいで……。痛かったでしょう」
「いいえ、こちらこそ差し出がましい真似をして申し訳ございません」

 まだかすかに傷む手を押さえながら頭を深く下げると、ジェイ王子は慌てて私の肩を支え、顔を上げさせます。

「謝らないで。僕がちゃんと止められていたら、こんな騒ぎにはならなかったのに……」
「いえいえ、決して殿下のせいでは……。今回のことは何というか、事故に巻き込まれたようなものなので、あまり気に病まれないほうがよろしいかと……」
「二人とも、気遣い合うのは結構だが、そろそろお姫様が痺れを切らす頃じゃないか」

 ルヴィの言葉にはっとした私は、ジェイ王子への挨拶もそこそこに道場を飛び出します。
 慌てて馬場へ戻ると、ミュゲは私が迷子になったものと思っていたらしく、めちゃくちゃ手厚く慰められたうえ、帰り道でははぐれないよう手をつないでくれました。

 この一件は学長の耳にこそ届かなかったものの、生徒たちの間にはばっちり広まってしまったらしく、私はしばしば好奇の視線を向けられるようになってしまいました。
 もっとも、噂なぞ放っておけば勝手に立ち消えます。それまで目立った行動をとらなければいいだけの話だと、このときの私はさほど事態を深刻に捉えてはいませんでした。
 あるいは、それ以上の問題が発生したせいで、噂を気にしている場合ではなかったのかもしれません。

 あの日を境に、私はことあるごとにシャリマー王子から因縁をつけられるようになりました。
 ジェイ王子とのタイマンを邪魔されたのがよほど腹立たしかったのでしょうか、同じ空間に居合わせるだけで敵意のこもった視線を向けられる始末です。

「おい、手合わせしろって言ってんだよ。さっさと道場に来い」
「……いやですよ。この前、手を傷めたばかりなのに」
「誰がお前みたいなもやし相手に本気で打ち込むか。手加減くらいするっての」
「あんなに瞳孔かっ開いてた人にいわれても説得力がありません」
「お前みたいな土いじりしか能のない腰抜けにも勝てないようじゃ、タウロ王国なんか落とせるわけないだろ」
「腰抜けって……。あなただって、その腰抜けが作ったごはんを食べて、すくすく育ってきたんじゃないですか」
「あーあー! うっせうっせ!」

 運動場を訪れると、シャリマー王子は必ずと言っていいほど私を道場へ引きずり込もうとします。
 しばらく乗馬を控えようかとも思っていたのですが、放課後になるといきいきとした目で私を馬場へ誘うミュゲに対し、とてもそんな提案はできませんでした。
 それでも、相手は一応要人なので、最初のうちこそ無難な対応を心がけていたのです。しかし、段々と機嫌を取るのが煩わしくなり、今ではすっかりぞんざいな態度をとるようになってしまいました。

「そもそも私、白兵戦ってあまり得意じゃないんですよね」
「別に、俺はお前の土俵で勝負してやってもいいんだぜ。何なら得意なんだよ」
「まあ……射撃なら多少は……。ただ、そういうのは私よりも、ミュゲのほうが上手ですよ」

 私は今まさに馬場を駆けるミュゲを指しながら答えます。
 鞍に跨ったまま胸を張り、彼女の体躯に合わせて拵えた短弓を構えた彼女は、草むらに隠すようにして設置された的を次々に射貫きます。

「嘘だろ、あの距離で当てやがった。……というか、何だあの変な射法」

 幼い頃から狩りを仕込まれてきたミュゲは、私よりも弓の扱いに長けています。
 しかし、ほとんどが実践を通して身につけた自己流の作法なので、初めて見る人はまず間違いなく戸惑うでしょう。射法も非常に独特で、矢をつがえてから射るまで一秒か二秒しかかかりません。また、騎手は軽くて小柄なほうが馬の負担も少なく、風の抵抗も受けにくくなります。射撃の才能だけではなく身体的な特徴も相俟あいまって、故郷では騎射の腕でミュゲの右に出る者はいませんでした。

「お前もあのチビも、やけに馬の扱いに慣れてるな」
「殿下もご存知の通り、我々は農耕民族ですから。馬に限らず、牛や羊のような家畜とも縁が深いんです」
「ふ、ふぅん……。動物、好きなのか」

 馬の話になった途端、急にシャリマー王子がそわそわと不審な挙動を見せはじめました。
 いつになくしおらしげな態度に、若干気味が悪いなぁなどと思っていたとき、突然閃いたのです。

 あ、よく考えたら、この人も遊牧民族じゃん。

 我々と同じくらい、あるいはそれ以上に、家畜に親しみながら生きてきたのでしょう。

「へぇ……あらそう……なるほどねぇ」
「あ? 何だその腹立つ顔は。潰すぞ」

 このとき、私はもうひとつ気付いたことがあります。

 もしかすると、私はこの人に目の敵にされていたというより、懐かれていたのではないでしょうか。
 家族や友人のように自分をよく知る者も、まして付き従う者もない状況で、憎まれ口とはいえ気安く言葉を交わせる相手が現れたら、つきまとってしまうのも仕方がないのかもしれません。
 そう考えると、私はこの人を体よくあしらいこそすれ、突き放す気には到底なれないのでした。

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