鬼退治

フッシー

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隠密行動

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「こんな仕掛けがあるなんて・・・」
 晶紀はそう言ったきり、目を丸くしたまま言葉に詰まってしまった。門の近くにある井戸をはしごで降りると横に道が続いている。その道をたどれば外に出られるというのだ。
「有事の際、要人を秘密裏に出入りさせたり、奇襲を仕掛けるときなどに使うんだ。仕掛けはこれだけではないよ」
 前を歩く三玉が振り向いて晶紀に話しかけた。
 松明の明かりを頼りに道を進む。途中、分岐する箇所はなく、完全な一本道だ。道幅は割と広く、二人が並んで歩くことができた。先頭は三玉と斬り込み隊の伊之助が、その後ろには晶紀と佐助が続いた。伊之助は体が大きく、腕っぷしは強そうだ。立派な口ひげを生やしているが、頭は丸坊主である。
「晶紀さんでしたね。先程は失礼しました。兵士長殿があなたを信じる以上、私も命を賭けてお守りしますよ」
 佐助が晶紀に話しかけ、笑顔を見せた。それを見て晶紀も自然に笑みがこぼれる。
 やがて突き当たりにたどり着いた。そこには木の扉がある。その扉を開けると陽の光が差し込んだ。ここから外に出られるらしい。
 そこは橋の真下にあたる場所であった。橋は二重構造になっていたのだ。上側からは死角になって見ることはできないが、下にも細い橋が架けられていた。鬼が足を踏み鳴らす音が天井から響いてくる。その振動は晶紀たちにも伝わってきた。
「まずはここを渡ろう。その先に、堀に沿って細い道がある。しばらく進めば上に出られる」
 三玉の言う通り、堀に沿って崖の道が続いていた。道は狭く、晶紀は慎重になるあまり、ゆっくりと進むことしかできなかった。
 やがて、道が階段状になった場所に到着した。ここから地上へ出られるようだ。先頭を歩いていた三玉が、地面の上に顔を出し、あたりを見渡す。しかし、霧が邪魔をして見通すことができない。体を半分ほど地面から出してしばらく外の様子を探っていたが、さっと頭を引っ込めて口を開いた。
「鬼がいる。しかも二体だ。向こう側を向いてはいるが、見つかればかなり危険だな」
「どこかへ行く様子はありませんか?」
 伊之助が尋ねる。
「立ったままの状態だよ。門からは少し離れているというのに、いったい何が目的なのだろうか」
「こうして外に出た人間を殺すためなのかも知れませんね。さて、どうしましょうか」
「あいつらがどこかへ行くまで待っているわけにもいかない。危険だが、見つからないよう用心しながら向こう側へ渡ろう。道を横切ってしまえば、茂みの中に身を潜めることができる」
 三玉の提案に他の三人はうなずいた。
「順番を決めよう。まずは俺が向こうへ渡る。次に晶紀さん、そして佐助、伊之助と続く。もし、見つかったら俺と伊之助が斬り込むことにしよう。手前側は伊之助が、奥側は俺が足を斬る。佐助は、鬼が倒れたら始末する役目だ」
 そう命じた後、三玉は道に飛び出した。

 二体の鬼が一列に並んで立っている。どうしてそんな配置になっているのか、それは分からない。なにか考えがあるのかも知れないし、単なる気まぐれなのかも知れない。
 鬼は北門のある方向をじっと見ている。棍棒は肩に担いだまま、全く動く気配がない。もし、鬼のことを知らない人が見たら、真っ赤に塗られた巨大な彫像と間違えるかも知れない。
 そこから少し離れたところに三玉はいた。鬼を注視しながら、ゆっくりと道を渡る。後ろを向いていても、背筋が凍りつきそうな感覚と、上から押さえつけられるような圧迫感は健在だ。その圧力に耐えながら、やがて無事に茂みの中へ身を潜め、三玉は晶紀の方を見て手招きした。
 次は晶紀の番だ。同じように、鬼の方を見ながら一歩ずつ慎重に歩く。しかし、あまりに慎重になりすぎて、途中でバランスを崩して転倒しそうになった。
 三玉も、堀の方にいる佐助と伊之助も、思わず叫びそうになった。佐助は飛び出そうと構えたが、晶紀がなんとか持ち直したので緊張を解いた。
 途中、危ない場面もあったが、晶紀もなんとか渡ることができた。佐助も難なく三玉たちの下へたどり着き、残るは伊之助だけとなった。
 ところが、伊之助が道の途中までやって来たときである。後ろ側にいた鬼が突然振り向いた。音は全く立てていない。なぜ、伊之助に気がついたのか分からない。とにかく、鬼に見つかってしまったことは確かだ。
 すぐに三玉が伊之助の下へ駆けつけた。
「よし、覚悟を決めて闘うぞ」
 近づいてくる鬼を見て身を固くする伊之助に対し、三玉は軽く笑ってみせた。
「気配だけで分かるのか? しかし、どうして伊之助のときに・・・」
「もしかして、全員が出てくるのを待っていたのでしょうか?」
 鬼たちは、最初から人間が近くにいたことに気づいていたのだ。だから、逃げられないよう、全員が外に出てくるのを待っていたのである。晶紀の言葉で佐助はそれを悟り、口を開いた。
「晶紀さん、あなたは先に小春さんを呼びに行って下さい」
「そんな・・・ 皆さんをおいて先に行くことなんてできません」
「もし、我々が皆、倒されてしまったら、あなた一人ではどうすることもできません。小春さんに助けを求めることも、あなたが小春さんを助けることだってできなくなる。それだけは避けなくては」
「しかし・・・」
「心配しないで。そう簡単に殺られはしませんよ。必ず後を追いかけますから」
 佐助はそう言って笑顔を見せた。晶紀はしばらくその顔を眺めていたが、やがてうなずいて森の奥へと走り去った。

 どれだけ走り続けたのだろうか。
 三人がどうなったのかは分からない。しかし、晶紀は無事でいると信じていた。
 そのことばかりに気を取られ、自分の身を案じようとしなかった。ただ無我夢中で走っていた。
 今、鬼が現れればたちまち見つかってしまうだろう。
 しかし、幸い、鬼は現れなかった。
 晶紀は、無事に小春のいる根城へとやって来ることができた。
 小春の姿がないのに気づいてあたりを見回すが、どこにも見当たらない。
 その場に呆然と立ち尽くす。
 しばらくの間、三人が到着するのを待つべきか、それともすぐに探しに行くべきか、晶紀は悩んでいた。
 地面は落ち葉で埋もれ、太陽の光を浴びて黄色く色付いていた。時々、穏やかな風が森の中を流れてゆく。近くで鬼が大量に現れたなどとは信じられない光景だ。
 ふと、少し離れた場所で、小春がこちらを見て笑っている光景が目に浮かんだ。背中を見せて、顔だけがこちらを向いている。その顔は、この世のものとは思えないほど美しかった。晶紀は、小春の違う一面を垣間見た気がして驚いた。
 やがて、その姿は消え去った。
(何だったんだろう?)
 ふと、晶紀は不安に襲われた。

 冬音は、右へと回り込みながら、少しずつ小春の方へと近づいていった。
 小春も、同じく右へと回りつつ、冬音との距離を縮めていった。
 間合いは、長槍の方が広い。このまま近づいていけば、先手を打つのは冬音の方だろう。
 小春は、それを避けて相手の懐へ飛び込むつもりだ。しかし、避けることが叶わなければ自分の負けになる。
 小春は、槍の切先に全神経を集中していた。まるで、その切先だけが浮き上がっているように小春は感じていた。
 冬音が一歩、左足を踏み出した時である。
 恐るべき速さで冬音は小春を突いた。切先は小春の心臓を狙っていた。
 その突きを、小春は左足を後ろに下げて身体を横に向け、すんでのところで避けた。
 今度は素早く左足を前に出し、冬音に突きを入れる。
 その切先が届く前に、冬音は大きく後方へと退いた。
「ふふ、思ったよりやるわね」
 冬音は、まだ余裕があるようだ。もう一度、槍を構えた。
 小春も、刀を中段に構える。
 また、両者は少しずつ間合いを詰めていった。
 今度も冬音の方が先に突きを入れた。切先が、また小春の心臓へと飛んでいく。
 小春がさっきと同じように身体を横にして避けようとした時である。冬音は槍を素早く引っ込めたかと思うと、すぐに小春の顔めがけてもう一度突きを入れた。
 小春は危うく顔を串刺しにされる寸前でかろうじて姿勢を低くして避けることができた。
 しかし、さらに冬音は槍を小春の脳天にめがけて振り下ろした。
 小春が大刀で受け止めなかったら、今の一撃で小春は絶命していたであろう。連続の攻撃に、たまらず小春は冬音からぱっと遠ざかった。
 冬音は恐るべき速さで正確に小春の急所を突いてきた。小春は避けるだけで精一杯であった。
「まだ、楽しめそうね」
 冬音の姿が目の前から消えた。なんと、冬音は空高く飛び上がると、小春の頭上から槍を突いてきた。
 小春は転がって冬音の攻撃を避けた。今度は槍を横に薙いで起き上がろうとする小春の首を狙う。小春はなんとか刀で受け止めたが、あまりの衝撃の強さに刀ごと弾き飛ばされた。
 小春の腕から血が滴り落ちてきた。槍で負傷したのだ。
 雪に真っ赤な血が染み込んでいく。それを見た冬音が笑いながら言った。
「大口を叩いた割には大したことないねえ。それで私に勝てると思ったのかい?」
 技も力も冬音の方が一枚上手だった。しかも、冬音はまだ本気を出してはいないようだ。
「腕に少し傷をつけたくらいで大口を叩くな」
 それでも小春は言い返した。
「強がりを言うんじゃないよ。今度は串刺しにしてやるよ」
 冬音は槍を構えた。小春も刀を構える。
 また、同じことの繰り返しである。二人はじりじりと近づいていった。
 冬音が、小春の胸にめがけて素早く突きを入れた。小春がそれを右に避けると同時に左腕をぱっと挙げた。
 なんと、小春は槍を脇で挟み、柄の部分を左手で掴んだ。
 小春が槍を思い切り引っ張ると、冬音が前に引き寄せられた。
 その冬音の脳天に、小春が大刀を振り下ろした。
 冬音が、恐るべき力で槍を小春の手から奪い返すと、柄の部分で刀の刃を受け止めた。
 さらに小春は前進して冬音の腹めがけて蹴りを入れた。しかし、冬音が足を上げてそれを防いだ。
 冬音が槍を頭上で回し始めた。小春はすぐに冬音から遠ざかった。
 回転する槍に阻まれて小春は近づくことができない。冬音は、小春の方へじりじりと迫っていった。

「焦るな。相手が攻撃を仕掛けた瞬間を狙うんだ」
 三玉は伊之助に耳打ちした。伊之助は、近づいてくる鬼の目を見ながら、素早くうなずく。
 目の前の鬼は、恐ろしく巨大に見えた。強烈な殺気が二人を押さえ込み、動きを封じようとする。鬼は獲物を見つけて満足したらしく、口元だけが笑っていた。肩に担いだ棍棒をゆっくりと上に持ち上げる。巨大な鬼がますます大きく見えた。
「いくぞ!」
 鬼が棍棒を振り下ろした瞬間である。三玉が大きな声で叫んだ。同時に二人が鬼に向かって走り出す。
 伊之助が鬼の右足を斬り裂いている間に、三玉は足下を素通りして、後ろに控えている鬼に向かっていった。後ろ側の鬼は、前の鬼など気にせず、棍棒を横殴りにしようと構えていた。
「伊之助、危ない! こっちに来い!」
 伊之助が慌てて駆け寄ってくるのを確認し、三玉は鬼の足下に潜り込んだ。
 棍棒の攻撃が鬼の足にヒットした。丸太のような足が二本ともへし折られ、鬼がもんどり打って倒れた。伊之助は、倒れた鬼の下敷きになるのを何とか回避することができた。三玉はすでに相手の左足を斬っている。伊之助は、残った脇差を抜いて、鬼の右足に斬りつけた。
 しかし、両足を斬られたにも関わらず、鬼はまだ立っていた。傷が浅かったのだ。鬼は足下を覗き込み、二人を捕らえようと左手を伸ばしてきた。三玉が、脇差をぱっと抜いて鬼の手に斬りつけるが、踏み込みが浅く、手の甲に切り傷を作っただけだった。
 伊之助が捕らえられた。体を強く握りしめられ、伊之助は苦痛に顔を歪める。このままでは鬼の力で押しつぶされてしまう。三玉はもう一度、鬼の手に斬りかかろうとした。
 そのとき、伊之助を掴んだままの腕が、三玉めがけて向かってきた。強烈な一撃で、三玉は後方へ吹き飛ばされてしまった。
 三玉は地面に転がり、動かなくなった。伊之助はじわじわと締め付けられ、叫び声を上げる。もう、二人では鬼に立ち向かうことは不可能だった。
 だが、まだ一人残っていた。足を砕かれ倒れていた鬼を始末し終えた佐助が、気合を入れるために大声を出しながら、残る一体の鬼へ突進してきたのだ。佐助は鬼の左腕の手首に刀を振り下ろした。
 切り落とすことはできなかったが、半分ほど刀が食い込み、鬼はたまらず掴んでいた伊之助を放した。
 伊之助は解放されたが、残りの武器が佐助の脇差だけとなった今、鬼に致命的な一撃を与えることはできない。鬼が今度はゆっくりと、右手の棍棒を振り上げる。佐助は伊之助の下に駆け寄って、倒れている体を起こした。伊之助はすぐに動けるような状態ではない。
 このままでは二人とも鬼の餌食になってしまう。佐助が覚悟を決めた時、鬼が棍棒を振り上げたまま後ろ向きに倒れた。三玉が、最後の力を振り絞り、鬼の右足を斬ったのだ。
 とどめを刺すべく、佐助は脇差を抜いて鬼の顔へと走り出した。鬼はかっと目を見開き、佐助の姿を凝視している。その炭のように黒い目玉に、佐助は思い切り刀を突き立てた。さらに刃を脳天にまで走らせると、頭を切り開かれた鬼は絶命した。
 鬼が黒い煙と化して消えた後、三玉はその場に座り込んでしまった。伊之助は、まだ動くことができない。佐助は息を切らせながら、鬼の顔があった場所を見つめていた。
「佐助、大丈夫か?」
 三玉の声を聞いて佐助は我に返り、三玉の顔を見ながら、うなずいて見せた。
 脇差を鞘に収め、佐助は伊之助に近づいた。伊之助は苦しそうに顔をしかめていた。
「どこか骨が折れているかも知れない」
 佐助が伊之助の手足に触れてみる。手を持ち上げたとき、伊之助が悲鳴を上げた。
「これでは先に進むことはできない。兵士長殿も負傷している。どうしたらいいんだ」
 三玉がなんとか立ち上がって佐助と伊之助の近くへやって来た。
「兵士長殿、お怪我は?」
「あばらを何本かやられたな。鬼の力をこの身で思い知ったよ」
 二人とも負傷した今、このまま三人で晶紀を追いかけるのは不可能だろう。
「伊之助を運ぶことはできそうですか? 可能なら、伊之助を連れて中へ戻って下さい。私は晶紀さんを追い掛けます」
「晶紀殿は一人で向かったのか?」
「鬼の前では隠れても無駄なようです。もし我々が倒されれば、晶紀さんも危ないと思い、私が先に行くようお願いしました」
「それは危険過ぎる。いったん三人で戻って、別の兵士に応援を頼もう」
「そんな時間はありません。こうしている間にも、晶紀さんが鬼に襲われるかも知れません。彼女を守ってあげなければ」
「武器もなしで、どうやって守るんだ?」
 三玉に尋ねられ、佐助は何も言い返せなかった。その姿を見ていた三玉は、道に落ちている刀を拾いに佐助の下を離れた。
 刀の一つを拾い上げ、目に近づける。刃こぼれがあり、もはや斬ることはできない。
「やはりだめか。鬼を相手にするなら、大量の刀を持ち歩いた方がよさそうだな」
 拾い集めた刀を佐助の前に並べ、三玉が佐助に命じた。
「お前が伊之助を連れて戻るんだ。晶紀殿の探索は私がやろう」
「何を・・・ そんな」
「よいか、私の今の状態では伊之助を運ぶことなどとてもできん。そうなると、その役目はお前にしかできないことになる。もし、晶紀殿が鬼に襲われることがあっても、私が囮になることくらいはできよう」
 三玉の顔は笑っていた。それは覚悟を決めた者の顔だった。失意や諦めの感情などは微塵も感じられない、死を超越した者の表情だ。
 佐助は、その顔を見て微笑んだ。
「分かりました。必ず応援を連れて迎えに行きます。それまで、絶対に生きていて下さい」
 その言葉に、三玉は大きくうなずいた。

 晶紀は、小春の身を案じるあまり、周囲の警戒を怠っていた。
 野外で危険な輩は鬼だけとは限らない。
 大府の周囲は兵士が見回りをしているため、野盗の数は少ないが、それでも全くいないわけではない。
 運悪く、晶紀はそんな野盗の一つに目をつけられた。普段はじっと息を潜めて獲物を待ち、自分より弱そうな者を見つけると容赦なく襲いかかる、卑劣な集団だ。
 晶紀が野盗たちの気配に気づいたときには、すでに周りを囲まれている状態だった。
 逃げようとする晶紀を、野盗の一人が捕まえた。
「こいつは上玉だ。売れば金になる」
「おい、売る前に俺たちで楽しもうぜ」
 どこかで聞いたようなセリフである。悪党の考えることは皆、同じだということだろう。晶紀は悲鳴を上げ、助けを求めた。その口を手で塞ぎ、
「助けを呼んだって無駄だよ。さあ、こっちへ来るんだ」
 と耳元で囁く。他の野盗たちはいやらしい笑みを浮かべながら、その光景を見ていた。
 野盗たちは皆、晶紀に注目していて、周りの変化に気づいていなかった。いつの間にか、足下に霧が漂っている。突然、息苦しさを覚えた野盗たちが、それに気づいたときにはもう遅かった。
 足音など全く聞こえなかった。気がつけば、すぐ近くに真っ赤な鬼が立っている。手に持った棍棒は、すでに頭上に振り上げられていた。
 逃げるどころか、声を上げる暇すらなく、棍棒の一撃で野盗の半分が潰され、残りの半分は吹き飛ばされた。晶紀も例外ではない。晶紀を捕らえていた野盗ともども、遠くへ飛んでいった。
 晶紀は幸い、木などに衝突することなく、地面に転がるだけで済んだ。しかし、一緒に飛ばされた野盗は、木に頭をぶつけて動かなくなった。
 他の野盗たちも全て、あの一撃で沈黙してしまった。何とか這って逃げようとする者もいたが、上から棍棒で潰され、殺されていく。
 晶紀は、何とか起き上がり、茂みの中に身を潜めた。鬼は気づいていないのか、それとも後の楽しみにしているのか、晶紀には目もくれずに野盗たちの殺戮に集中している。
 鬼にとっての宴が終わった後、目の前で繰り広げられる光景を見て、晶紀はあまりの恐怖に悲鳴を上げそうになった。鬼は、死体を手に取り、それを食べ始めたのだ。なぜ、鬼に殺された者たちの死体が残らないのか、これで理由が分かった。
 鬼の食事が終わり、一つ目が晶紀の方に向けられた。鬼は晶紀がいることに気づいていた。晶紀は、鬼に睨まれて身動きが取れない。一歩ずつ、鬼が晶紀の下へ近づいてきた。
 そのとき、晶紀の肩を叩くものがいた。突然のことに、晶紀はか細い悲鳴を上げた。
「晶紀殿、しっかり」
 その声の主は三玉だ。いつの間にか、晶紀のそばまでやって来たのだ。
「小春殿は見つからないのか?」
「いつもはこのあたりにいるのですが・・・ 山の頂上まで行っているのかも」
「あの儀式のあった場所か。では、あなたは小春殿を探しに行って下さい。私が鬼を引きつけておこう」
「危険すぎます」
「ここで議論をしている時間はありません。二人とも助かるには、それしかない」
 晶紀が三玉の顔を見たまま何も話そうとしないのを見て、三玉は話を続けた。
「なに、私には秘策があります。心配しないでください。さあ、早く小春殿を探しに行きなさい」
 三玉の言葉に背中を押されるように、晶紀は後ろを振り返りながらも山の方へ駆け出した。鬼はもう、すぐそばまで迫っている。
 大胆にも、三玉は鬼の前に進み出た。持っている武器は一振りの脇差だけ。しかも、鞘に収めたまま無手で鬼と対峙した。自暴自棄とも見える相手に、鬼は一瞬、戸惑ったように見えたが、棍棒を持ち上げ、三玉の脳天に思い切り叩きつけた。
 三玉は、棍棒の直撃を受ける寸前で前に飛び出し、鬼の股下に潜り込んだ。そこで脇差を抜き、なんと鬼の股ぐらに突き刺した。鬼の動きが止まり、体が痙攣している。
「鬼もここは弱点のようだな」
 刀を引き抜くと同時に、そのまま鬼の背中側へ通り抜けた三玉は、しばらく鬼の動向を注視していた。
 鬼はまだ震えていた。痛みからではなく、怒りからくる震えであった。くるりと後ろを向き、三玉をきっと睨みつける。三玉は、大胆不敵な笑みを浮かべ、ぱっと逃げ出した。
 鬼が三玉を追いかける。正真正銘の鬼ごっこが今、始まったのだ。
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