鬼退治

フッシー

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放たれた凶獣

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「小春殿はいますか?」
 月影と小春がいる森の中、桜雪が訪ねてきた。晶紀もいっしょにいる。
「どうした?」
 小春が桜雪の顔を見て尋ねた。
「鬼たちが大府に攻めてきたよ」
「えっ?」
「生贄を用意するよう頼みに来たそうだ」
「それでどうしたんだ?」
「闘ったが、負けたよ。完敗だった」
「じゃあ、その頼みを聞いたのか?」
「いや、あきらめて帰っていったよ」
 桜雪は、頬の傷を触りながら話を続けた。
「赤鬼は我らの手でもなんとかなりそうだ。しかし、大府に攻め入った鬼どもは格が違った。妖術も恐ろしいが、腕も確かだ。とてもじゃないが、勝てる気がしない」
「あっさりと認めるんだな」
「一度闘えばわかるよ」
「それで、私たちに倒してほしいと?」
「いや、二人にはここを離れるよう助言しに来たんだ」
「離れる?」
「これは大府の問題だ。あなた方には何の関係もない。ここにいれば巻き込まれる。早くここを離れた方がいい」
 桜雪はそう言った後、晶紀の方を向いた。
「あなたも、小春殿たちといっしょにここを離れるんだ」
 と話しかける桜雪に対して
「いやです、私はここに残ります」
 と晶紀は首を横に振った。
「私もここを離れるつもりはない」
 小春も桜雪の忠告を拒否する。
「しかし・・・」
「鬼と闘うことが私に定められた運命だ」
 小春は大刀に手を掛けてそう言った。

 二人の鬼が大府へと攻め入った後、彼女たちが再び姿を現すことはなかった。
 大府の周りに現れるのは、いつも赤鬼ばかりだ。
 小春と月影も毎日のように儀式の場所へ足を運ぶが、やはり出てくるのは赤鬼ばかりであった。
 鬼は神出鬼没である。いつ、どこに現れるのか検討もつかない。
 しかし、儀式の場所には、何度倒しても必ず赤鬼が現れる。
「これだけ倒しても出てこないのはなぜだ?」
 月影は不思議に思っていた。赤鬼が儀式の場所で毎回倒されるのである。普通であれば大将が自ら様子を見に来そうなものである。
 冬音たちがどこに潜んでいるのかは分からない。小春も月影も、ただ現れるのを待つしか手はなかった。
 桜雪は、兵士を指揮する毎日であったが、そんな姿を見てある日
「少し休んだらどうですか? 毎日こんな調子じゃあ身体の方がまいってしまいますよ」
 と正宗が無理やり桜雪に休暇を取らせた。
「晶紀さんが、桜雪さんに会いたがっていましたよ。顔を見せてあげたらいかがですか」
 正宗の言葉を聞いて、桜雪は晶紀のいる宿へと向かった。
 戸を叩き
「晶紀殿、桜雪です」
 と声を掛けると、中から何かをひっくり返したような音がした。
 それからパタパタと音がして、戸が勢いよく開いた。
「桜雪様!」
 晶紀の目が輝いている。桜雪は笑みを浮かべて
「今から食事に行こうと思うのだが、いっしょにどうですか?」
 と晶紀を食事に誘った。晶紀は二つ返事で誘いに応じた。
 食料だけは大府へ流れているおかげで、飲食店はなんとか店を続けることができていた。
 桜雪の行きつけの店に入ると、店の主人が中から現れた。
「桜雪様、いつもお勤めご苦労さまです」
「調子はどうだい?」
「お陰様で、なんとかやり繰りできていますよ」
 店の主人がそう言いながら、隣の晶紀に気付いて
「今日はお連れの方もいらっしゃるのですね」
 と晶紀の方へ笑顔を向けた。
 店の中は、以前と比べると人が少ないように感じる。いつも満席で空きを待つことの多い店だったが、今は七割程度であろうか。
 席へ案内され椅子に座るとすぐ、桜雪が晶紀に話しかけた。
「ところで、貨幣の方はまだ足りているのですか?」
 晶紀は大府に残ると言っていたが、暮らしていけるのか桜雪には気がかりだったのだ。
「大府に着いた時に、小春様から貨幣をいただきまして、今のところはなんとか・・・」
 小春は、残りの貨幣を全て晶紀に手渡していた。
「でも、それがなくなったら、もうあてはないんですよね」
「そうですね・・・」
「そこで相談なんだが、ここの店で働きませんか?」
「えっ?」
「実は、ここの主人が前から働いてくれる人を募集してましてね。先ほど会った彼がこの店の主人で、優しい人だから、安心して働けると思うのだが」
「いいんですか?」
「晶紀殿次第だと思いますが、どうですか?」
「ぜひ、働かせて下さい!」
「よし、決まりですな」
 桜雪は、料理を運んできた店の主人に晶紀のことを紹介し、店の働き手として雇わないかと相談した。
 店の主人も晶紀のことが気に入った様子で、すぐに了承してくれた。
「じゃあ、明日からでもここに来て下さい。やってもらうことはその時に指示しますから」
「わかりました。よろしくお願いします」
 桜雪の心配事が一つ消えた。
「晶紀殿は、もう白魂には戻らないおつもりですか?」
「冬音の正体が分かってしまったのです。もう、付き人はできませんし」
「親兄弟はいないのですか?」
「両親は私が赤ん坊の時に亡くなりました。兄弟がいるのかは分かりません」
「そうですか・・・」
「ここで働いて暮らせるなら、そんなに嬉しいことはありませんわ」
 そう言って笑顔を見せる晶紀を、桜雪はいじらしく思った。

 食事を終え、小春たちの様子を伺いに北門の方へと二人は歩いていた。
「俺は一度、白魂へ行ってみたいと思っているんですよ」
 道すがら、桜雪は晶紀にそう話しかけた。
「白魂は、大府のように店はそんなにありませんし、見るところも特にないですわ」
「剣生の墓を一度参りたいと考えてまして」
「剣生様のですか?」
「剣生といえば、その名を知らぬ者はいないと言われるほど有名な剣客だ。そんな大物が住んでいた場所を一度は訪ねてみたい」
 桜雪は、空を見上げながら独り言のようにつぶやいた。
 そんな桜雪の横顔をじっと見つめていた晶紀が
「それなら、私がお供いたしますわ」
 と言った。
「晶紀殿が?」
 桜雪が驚いた顔で晶紀の顔を見る。
「ええ。一緒に行って、白魂の中を案内いたします」
「それは楽しみですな」
 そう言って、桜雪は笑みを浮かべた。
 門を通り過ぎ、二人は森の方へと向かった。
 森の中は爽やかで、涼しい風が肌をやさしく撫でながら通り過ぎていく。
 暑さは和らぎ、空は深い青色へと変わっていた。
 小春たちがいつもいる場所へとたどり着いたが、今は誰もいない。
「どこかへ出掛けているのか?」
 桜雪があたりを見回しながらつぶやいた。
「あら、あそこにいましたわ」
 晶紀が指をさした。
 小春と月影がこちらに歩いてくるのが見えた。草や実などを手にしているようだ。
「どうしたんだい?」
 近くまで来て小春が問い掛けた。
「様子を見に来たのだが、それは食料かい?」
「この近くのものは、あらかた食べ尽くしたからね。遠出しないと食料が調達できないんだ」
「そろそろ、場所を移動しようと思っているんだ」
 月影が、採ってきた食材を岩の上に並べながら口を開いた。
「あの山の近くに引っ越そうと思っていてね」
 小春がその後に続く。
「儀式の山の近くかい?」
「ああ、ほぼ毎日あの山へ登っているからね」
「まさか、鬼を倒しに?」
「出てくるのは赤鬼ばかりだ。そのうち、痺れを切らして冬音たちが現れると思っているんだが、逆に最近は赤鬼すら現れなくなった」
「赤鬼も学習するということか? わざわざ殺られに出なくなったのかも知れないな」
 桜雪が、頬の傷に触りながら応えた。
「相変わらず、鬼は現れるのかい?」
 小春が桜雪に尋ねた。
「不定期にな。今のところ、兵士たちは頑張っている。死者も出てはいない」
「あいつらにしてみれば、死体が得られなくて困るはずなんだがな」
 採ってきた草を小刀で切り刻みながら小春が応えた。
「何を考えているのか分からんな、鬼という奴は」
 月影が頭を掻きながらぼやいた。
「我々としては助かるがな。あんなのが現れたら、また死人が出る」
 桜雪はそう言いながら、小春が料理しているところを眺めていた。

 暗い闇夜の中、冬音は物憂げに立っていた。
「冬音様?」
 雷縛童女が、そんな冬音の様子を訝しげに見ながら声を掛けた。
「どうした?」
「このままでいいのですか?」
 雷縛童女の言葉に冬音は振り向いた。
「よくはないねえ」
 そう言って、寂しげな笑みを浮かべる。
 冬音は遠い昔のことを思い出していた。
 一人の人間の男に夢中になり、身も心も捧げた。
 しかし、最後は捨てられた。男は他の女を選んだ。冬音とは比べ物にならないほど地味で平凡な女性であった。
 その男を恨んだ。男だけではない。人間に対して敵意を抱いた。
 もう、人間など信じない。そう思っていた。
 今、また一人の人間の男に恋慕した。そして、その男に刃を向けられた。
「どうすればいいのかねえ」
 冬音はため息をついた。
「私が人間どもを狩りに出ます」
 雷縛童女がそう申し出た。
 冬音が雷縛童女の方を見ると
「あの頬に傷のある男に手を出さなければよいのでしょう?」
 と言って、雷縛童女は笑った。
 しばらく、冬音は無言で雷縛童女の顔を見ていたが、やがて笑みを浮かべて
「もう、いいんだよ。あの男は鬼の私には興味ないとさ」
 と応えた。
 冬音の顔から笑みが消えた。
「こうなったら、大府にいる兵士を全て根絶やしにしてきな。そうすりゃ、連中もおとなしくなるだろうよ」
 その言葉に、雷縛童女は満足そうな顔をして
「それでは」
 と言い、立ち去っていった。

 大府の西側、空の荷車を運ぶ集団が門から出てきた。
 蒼太と龍之介の二人は、護衛としてその集団に付き添っていた。
 荷車の前方に蒼太、後方に龍之介が配置され、他にも数人の兵士が荷車の前後を歩いていた。
 空は燃えるような朝焼けであった。正面から吹いてくる風は冷たく、肌に染み入るように感じる。
「暑さはすっかり和らいだようだな。俺としては助かるよ」
 蒼太が独り言のように口にした。
 森の中の小道をしばらく進んでいくと、霧が足元にすっと現れた。
「まさか、鬼か」
 蒼太の一言で兵士たち全員に緊張が走った。
 背筋を冷気が吹き付ける感覚と、頭から押さえつけられるような圧迫感。鬼に間違いない。
「あなた方は、隠れていて下さい」
 荷車を運んでいた人足たちが、兵士の言葉を聞いてすぐに荷車から離れ、茂みに隠れた。
「どこから現れるか?」
 龍之介があたりを見回した。
 すると、前方から一人の女が歩いてくるのを発見した。
 虎柄のさらしと腰巻き。真っ青な肌に青い髪をなびかせ、雷縛童女が現れた。
 前方にいる兵士たちは一斉に刀を抜いた。
「後方は封術を頼む」
 蒼太が後ろにいる兵士たちに叫んだ。
「雷撃が効かないのがまどろっこしいねえ。一度に倒せないじゃないか」
 雷縛童女が薄気味悪い笑みを浮かべながら口を開いた。
 右手に丸めて持っていた鞭を下に垂らす。
「気を付けろ。鞭を使うつもりだ」
 蒼太はそう言って刀を中段に構えた。
 雷縛童女が素早く鞭を打った。
 ほぼ同時に、前方にいた兵士たちは一斉に散らばり、雷縛童女を囲むように移動した。
「鞭を打ったと同時に一斉に斬りかかるぞ」
 蒼太が兵士たちに命令した。鞭を打った瞬間は次の行動までに時間がかかる。誰かが犠牲になる可能性はあるが、確実に仕留めることができるだろうという考えだ。
 それを知ってなお、雷縛童女は微笑みを絶やさない。
 雷縛童女の鞭が一人の兵士に向かって放たれた。
 一人はその鞭に倒れ、他の者は皆、一斉に中央に向けて刀を突いた。
 その場にいたはずの雷縛童女の姿がない。
 蒼太が振り向いたとき、すぐ近くに雷縛童女が立っているのが見えた。今まさに、鞭を打とうとしていた。
「みんな、しゃがめ」
 蒼太が叫びながらその場に座り込んだ。
 その声に二人の兵士が慌ててしゃがみこんだが、残りの者は鞭の餌食になった。
 血しぶきがあたりを染める中、蒼太はまだ鞭を放った状態の雷縛童女に向かって走り出した。
「覚悟!」
 蒼太が素早く雷縛童女へ突きを入れる。しかし、またもや雷縛童女の姿が消えた。
 いや、雷縛童女の動きが速すぎて、目で追うことができないのだ。雷縛童女は、蒼太の背後に立っていた。
「残念だったわね」
 雷縛童女の鞭についた刃が蒼太の首を切り裂いた。

「お楽しみはこれからだねえ」
 雷縛童女が、崩れるように倒れた蒼太の姿を見ながらつぶやいた。
 龍之介たち後方にいた兵士が一斉に前へと進んだ。
「応援を呼びに行ってくれ。それまで、何とか持ちこたえるようにする」
 龍之介が隣にいた兵士に命じた。兵士はうなずくと、すぐに大府へと駆けていった。
「もっと集まるまで待つかねえ」
 兵士たちを眺めながら、雷縛童女は相変わらず笑みを浮かべていた。
 龍之介は刀を構えたまま動くことができない。
「でも、待ちきれないねえ」
 まるで子供のようにあどけない笑みを見せる雷縛童女を前にして、兵士たちは戦慄した。
 雷縛童女がまた鞭を振るった。
 兵士たちは素早くかがみ込み、そのまま踏み込んで雷縛童女に斬りつけた。
 しかし、その場所にはすでに雷縛童女の姿はない。兵士たちはあたりを見回した。
 悲鳴が上がった。また一人の兵士が鞭の餌食になったのだ。
「何か手はないのか・・・」
 雷縛童女の姿を見つけた龍之介は、一人つぶやいた。
「このままでは一人ずつ倒されていくだけだ。全員、木の陰に隠れろ」
 龍之介の命令を聞いて、兵士たちは周囲に散って木の陰に隠れた。
「おやおや、臆病者だねえ」
 雷縛童女は鼻で笑い、鞭を打った。
 また悲鳴が上がった。木の陰に隠れている兵士の首を、まるで目に見えているかのように、刃で的確に切り裂いている。
 兵士たちはかがんで息を潜めた。
 龍之介は、木の陰から茂みの方へと移動しながら雷縛童女の居場所を確認した。雷縛童女は、同じ場所を動く気配はなかった。
(このまま、応援が来るのを待つか・・・)
 龍之介がそう考えた時、雷縛童女が手を横に伸ばし、十字架の形になった。
(なんだ?)
 その姿を不審に思ったその瞬間、あたりにすさまじい雷の嵐が起こった。

 兵士たちが応援に駆けつけたときには、すでに雷縛童女の姿はなかった。
 木や草が焦げて、あたりに黒い煙が立ち込めていた。燃えている木もあった。
 荷車も炭と化していた。そして死体はどこにも見当たらない。
「これはひどい」
 兵士たちの中にいた桜雪が思わず声を上げた。
 以前、北門の前で見せた妖術であろうと桜雪は勘付いた。
「封術を掛ける暇もなかったようだな」
 あたりを見渡しても、すでに敵の姿はどこにも見当たらない。
 しばらくの間、桜雪はその場に立ち尽くしていたが、やがて首を横に振ると
「とにかく、火を消さなければ」
 と言って燃えている草を足で踏み始めた。
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