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52:崩れていく世界

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 レオノーラが姿を消して2週間。帝都騎士団が中心となり、最後の足跡である滝壺付近を中心に捜索が続けられていた。

 事件から3日後に湖の近くの窪地くぼちで、手綱にペイトン将軍をぶら下げた馬が、疲弊ひへいして動けなくなっているのが見つかった。流された可能性を考えて、湖周辺の支流も捜索が行われたが、レオノーラの痕跡はどこにも無かった。

 狂ったように馬を走らせ、可能性のあるところを探し回るアビエルが、アルフレッドには見ていられなかった。

 2週間目の夕刻。捜索の拠点となっている湖のほとりの野営地で、周辺の地図を食い入るように眺めるアビエルにアルフレッドは声をかけた。

「陛下、一度帝都に戻りませんか。もしかしたら彼女は逃げ延びて帝都で身を隠しているかもしれません」

 やつれて目の下に濃いクマをつけたアビエルがよどんだ目を上げ、アルフレッドを見る。

「ケガをしているのにか? 彼女なら下手に動いたりしない。体力を温存しながらどこかできっと助けを待ってる。早く見つけてやらないと」

 そう言ってまた地図に目を戻す。

「こっちの支流の村へ行き、一軒一軒家を回って流れ着いた者をかくまっていないか聞いてみよう。倉庫や厩の中にいる可能性もある」

「陛下、この地の捜索は我が隊で継続いたします。ですから陛下は一度帝都へお戻りください。陛下には公務がおありです」

 アルフレッドの言葉にアビエルは、眉間に不愉快そうに皺を作り、地図の上においたこぶしを握って低く重い声で返した。

「公務など誰がやっても同じだろう。彼女の、レオニーの行動を一番よくわかっているのは私だ。彼女が待ってるのは私の助けだ。そうだろう?アル」

 捜索をしている騎士団や駆り出された傭兵たちのほとんどが、レオノーラの生存を絶望視していた。湿地で捕まった男によると、レオノーラは、コーデットの部屋でペイトンによって背後から切り付けられ、男もペイトンもその際に彼女が絶命した思っていたのだ。ペイトンは、戦争中に名を馳せた剣士だった。その剣を受けて生きているなど考えられなかった。

「その通りだよ、アビエル。だからこそ、おまえが倒れてしまったら困るだろう」

 アルフレッドは、アビエルの震える拳を見つめながら、敬語をやめて言葉を続けた。彼は、この2週間、ほとんど食事も休憩も取っていない。

「これだけ見つからないってことは、絶対に彼女は生きてどこかに身を隠してる。もっと範囲を広げて捜索も続けよう。だから、アビエルは一度帝都に戻るべきだ」

「無理だよ、アル。皆が何を考えているかはわかってる。でも、私は、彼女を見つけ出すまでこの地を離れない。帝都に戻って座って公務などできない。頼む、わかってくれ」

 硬い表情はどんな言葉も受け付けないという意思を強く感じた。

「‥‥わかったよ。アビエル、俺は明日帝都に一度戻る。戻ってカステロの処分を確定させておく。拠点で見つかった男たちの取り調べもしておくよ」

 アビエルは頷くだけで、返事はしなかった。テントを後にしながらアルフレッドは額に手をおいてため息をついた。

『レオ、どうしろって言うんだ。俺には無理だよ』

 闇の帳が下りた湖のほとりで、秋を感じさせる虫の声を聴きながら、アルフレッドはレオノーラに心の中で叫んだ。夜空の星が目に滲んだ。デイジーの優しい声が聴きたくてたまらなかった。



 彼女を守ると誓ったのに。互いに守り合えば最強だ、と笑い合ったのに。どうしてこんなことになってしまったのだろう。どうして私はのうのうとこんなところにいるのだろう。

 事件の起こったあの日から、アビエルの世界のすべてはもやがかかったようだった。泣くことも叫ぶことも何もできない。早く、一刻も早く、彼女を見つけたかった。ひどいケガをしているだろう。ひどい目にあってまだ追われていると思っているのかもしれない。もう逃げなくてもいいと知らせてやりたい。抱きしめて大丈夫だと言ってやらなくては。

 どこだ、どこにいる。レオニー。私のレオニー。必ず助けるから。
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