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Ⅲ
44:懸念と平穏
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この日の会議のあと、アビエルはアーノルド宰相とガウェインを執務室に呼んだ。
「この2か月、幾度か話をしたが、今日、帝国がいずれ共和国となることが決まった。国民への公示は神聖祭の日に行おうと思う。皇帝の継承権を持つあなた方には複雑な思いがあるだろう。しかし、できるなら、これまで通り私の政務の大事な一翼を担ってほしい。もちろん、無理強いはしない。どうだろうか?」
前回の領主会議から今日まで、アーノルド宰相とは幾度か話を重ねてきた。その中で、宰相はいずれガウェインに仕事をゆだねる形で、今しばらくはアビエルの傍で役割を果たしてくれることになった。ガウェインは、新政府に向けて共和国の大臣として働くことを約束してくれた。
「陛下がこのような改革をお考えなのは、うすうす感じていました。新しい国づくりに携われることは非常に光栄です」
笑いながらそう言うガウェインにアビエルは握手を求めた。ガウェインにもう少し話があると言うと、アーノルド宰相は先に部屋を出て行った。
「なぁ、ガウェイン。最近の状況はどうだ?」
「特に目立った不穏な動きはないよ。帝国が無くなることに父も最初は意気消沈していたが、今は諦めがついたようだ。むしろこうなったことで、『神聖皇派』からの厳しい目が自分から逸れて、ホッとしているのかもしれないな」
「ペイトンの方は、いろいろ動いているようだ。神聖騎士団の中でも過去の戦争を経験している者たちを集めて恐らく共和国建国に対する反対行動を取るつもりだろうな。中には戦争功労者もいる。なるべく穏便にことが済むといいのだが。まったく元気な老人たちだよ」
アビエルの口から苦々し気なため息が漏れる。ガウェインが傍のティーテーブルで書簡を仕分けしているレオノーラに目をやる。
「で、レオは大丈夫なの? なんたって『傾国の魔女』さまだから気を付けないと」
冗談のように言って、深刻さを紛らわそうとしてくれる。
「今のところは特に何もありません。とは言ってもほとんどここに軟禁状態で仕事に埋没されているから、足腰が弱くなりそうで困るわ」
恨みがましくアビエルの方を見るが、目を逸らされてしまった。最近は時間のある時にアビエルと二人で剣の鍛錬をする程度で、騎士団の鍛錬にも顔を出せていない。
「『神聖皇派』の中心は大司教だ。仮にペイトンらを捕らえても、大司教を捕まえるには至らない。何か一網打尽にできるようないい方法があるといいんだがな」
「だから、私が囮になって事を引き起こさせればいいじゃないですか」
「ダメだ」
レオノーラの提案にアビエルが食い気味にダメ出しをする。レオノーラの眉間に皺がよる。ガウェインが、まぁまぁというように助け舟を出す。
「まずは、ペイトンの出方を見守ろう。アルが人を使って調べてくれてるんだろう? クイン商会の婿殿に任せておけばどんな情報でも手に入るよ」
じゃぁ、僕は仕事に戻るよ、と言って手をヒラヒラさせてガウェインが出ていく。
共和国建国の提案を領主会議で出した後のこの2か月間、アビエルは、レオノーラを傍から離さなくなった。それで彼の気持ちが落ち着くのであれば、とレオノーラもあきらめて黙って従っているが、せめて馬にくらいは乗りたいと思ったりする。
返事の必要な書簡だけをより分けて、アビエルの執務机のトレーに置く。
「陛下、こちらの書簡は陛下の確認が必要なものです。返事の形式をお伝えいただければお作りいたしますので、ご確認ください」
そう声をかけて、他の大臣に確認が必要な外国からの書簡を手に持って自分の執務室に入ろうとすると、アビエルが手を掴んだ。
「ご機嫌斜めだな」
「機嫌が悪いわけではございません、陛下。少々、運動不足で欲求不満なのでございます」
「欲求不満?そうか‥‥ここ最近、夜も遅くてすぐ寝てしまうからな」
アビエルがニヤニヤしながら、そうか、そうか、と頷いている。そうかじゃない。
「そういうのじゃなくて、体を動かしていなくて、という意味よ。どうしてアビエルはそうやってすぐにイヤらしい方へ話を向けるのかしら」
レオノーラは顔を赤くして、怒った顔をする。アビエルが宥めるように手を引き寄せて口づけをする。
「明日の朝、一緒に城郭の小川まで遠乗りに行こう。少しは気晴らしになるだろう?」
額の皺が一気に解けて、満面の笑顔を見せるレオノーラにアビエルが吹き出す。
「百面相だな」
「馬に乗りたかったのよ。もう、執務室に連れてきたいと思ってたくらいだったの」
「連れてきたらいい」
「‥‥」
レオノーラをからかうのがよほど楽しかったのかアビエルは笑いが止まらないようだ。呆れたようにため息をついて、書簡を持って部屋へ向かった。
「あんまり私をからかうと、本当に馬を連れてきてしまうわよ。覚悟しておいてね」
そう言い捨てると、続き扉をバタンと音を立てて閉めた。扉の向こうでアビエルの笑い声が聞こえた。
アビエルは、神聖祭の日に国民に対し、この国が2年後に共和国として新たな国になる声明を発した。すでに噂にはなっており、中には、貴族制度の廃止に不安を感じ、貴族と言う矜持を捨てることに抵抗もあったようだ。しかしそれらは、皇帝からの勅語であることと、アビエルがこれまで国に対して行ってきたこと、これからの発展への期待が勝り、大きなものにはならなかった。
声明は残りの六つの領地においてもそれぞれの領主から同様に皇帝の勅語として各領民に等しく伝えられた。若い世代からは不安よりも期待の声がはるかに多くあった。
ペイトン将軍は、相変わらず怪しい動きをしているが、反対運動を表立って行うことも、皇宮に来て異論を唱えることもなく日々が過ぎて言った。
レオノーラは、騎士団の寮にほとんど帰れない(最近は執務室からほとんど出られない)ことから、寮を引き払うことにした。少しずつ荷物を動かしていたので、寮にはちょっとした家財道具や食器くらいしかない。衣類はとっくに研究棟の部屋に全部持って行ってしまった。
朝の早い時間だったので、ちょうどメリッサと出会った。
「レオ!久しぶり。忙しすぎて大変そうだね」
「メリッサ、おはよう。そうなの。もう寮は引き払ってしまおうと思って。残っている荷物を取りに来たの」
「えー!レオも出て行っちゃうの?私もそろそろタウンハウスに部屋借りようかなぁ」
「も? って、もしかしてコーデットも寮を出たの?」
「先月急にね。寂しいったらないわ。あたしにもだれかここから連れ出してくれる王子様がいないかな」
「コーデットはドノバンさんと暮らすのね」
「あ、そうじゃないみたいよ。自分で部屋を借りるって言ってた。でも、あれじゃない? 寮ではなかなかイチャイチャできないしね」
ちょうど階段から下りて来た騎士団に入ったばかりの女の子たちが挨拶をしてくれる。寂しいとはいいながら、今年は新しい騎士の子がたくさん入ってきたので、楽しくはしているようだ。
「あ、そうだ。レオが来たらコーデットが連絡先を渡しておいてって言ってたんだった。待ってメモ取ってくるね」
「じゃぁ、私も荷物を取りに部屋に行くから、そこで待ってるわね」
そう行って、寮の階段を一緒に上がった。
「この2か月、幾度か話をしたが、今日、帝国がいずれ共和国となることが決まった。国民への公示は神聖祭の日に行おうと思う。皇帝の継承権を持つあなた方には複雑な思いがあるだろう。しかし、できるなら、これまで通り私の政務の大事な一翼を担ってほしい。もちろん、無理強いはしない。どうだろうか?」
前回の領主会議から今日まで、アーノルド宰相とは幾度か話を重ねてきた。その中で、宰相はいずれガウェインに仕事をゆだねる形で、今しばらくはアビエルの傍で役割を果たしてくれることになった。ガウェインは、新政府に向けて共和国の大臣として働くことを約束してくれた。
「陛下がこのような改革をお考えなのは、うすうす感じていました。新しい国づくりに携われることは非常に光栄です」
笑いながらそう言うガウェインにアビエルは握手を求めた。ガウェインにもう少し話があると言うと、アーノルド宰相は先に部屋を出て行った。
「なぁ、ガウェイン。最近の状況はどうだ?」
「特に目立った不穏な動きはないよ。帝国が無くなることに父も最初は意気消沈していたが、今は諦めがついたようだ。むしろこうなったことで、『神聖皇派』からの厳しい目が自分から逸れて、ホッとしているのかもしれないな」
「ペイトンの方は、いろいろ動いているようだ。神聖騎士団の中でも過去の戦争を経験している者たちを集めて恐らく共和国建国に対する反対行動を取るつもりだろうな。中には戦争功労者もいる。なるべく穏便にことが済むといいのだが。まったく元気な老人たちだよ」
アビエルの口から苦々し気なため息が漏れる。ガウェインが傍のティーテーブルで書簡を仕分けしているレオノーラに目をやる。
「で、レオは大丈夫なの? なんたって『傾国の魔女』さまだから気を付けないと」
冗談のように言って、深刻さを紛らわそうとしてくれる。
「今のところは特に何もありません。とは言ってもほとんどここに軟禁状態で仕事に埋没されているから、足腰が弱くなりそうで困るわ」
恨みがましくアビエルの方を見るが、目を逸らされてしまった。最近は時間のある時にアビエルと二人で剣の鍛錬をする程度で、騎士団の鍛錬にも顔を出せていない。
「『神聖皇派』の中心は大司教だ。仮にペイトンらを捕らえても、大司教を捕まえるには至らない。何か一網打尽にできるようないい方法があるといいんだがな」
「だから、私が囮になって事を引き起こさせればいいじゃないですか」
「ダメだ」
レオノーラの提案にアビエルが食い気味にダメ出しをする。レオノーラの眉間に皺がよる。ガウェインが、まぁまぁというように助け舟を出す。
「まずは、ペイトンの出方を見守ろう。アルが人を使って調べてくれてるんだろう? クイン商会の婿殿に任せておけばどんな情報でも手に入るよ」
じゃぁ、僕は仕事に戻るよ、と言って手をヒラヒラさせてガウェインが出ていく。
共和国建国の提案を領主会議で出した後のこの2か月間、アビエルは、レオノーラを傍から離さなくなった。それで彼の気持ちが落ち着くのであれば、とレオノーラもあきらめて黙って従っているが、せめて馬にくらいは乗りたいと思ったりする。
返事の必要な書簡だけをより分けて、アビエルの執務机のトレーに置く。
「陛下、こちらの書簡は陛下の確認が必要なものです。返事の形式をお伝えいただければお作りいたしますので、ご確認ください」
そう声をかけて、他の大臣に確認が必要な外国からの書簡を手に持って自分の執務室に入ろうとすると、アビエルが手を掴んだ。
「ご機嫌斜めだな」
「機嫌が悪いわけではございません、陛下。少々、運動不足で欲求不満なのでございます」
「欲求不満?そうか‥‥ここ最近、夜も遅くてすぐ寝てしまうからな」
アビエルがニヤニヤしながら、そうか、そうか、と頷いている。そうかじゃない。
「そういうのじゃなくて、体を動かしていなくて、という意味よ。どうしてアビエルはそうやってすぐにイヤらしい方へ話を向けるのかしら」
レオノーラは顔を赤くして、怒った顔をする。アビエルが宥めるように手を引き寄せて口づけをする。
「明日の朝、一緒に城郭の小川まで遠乗りに行こう。少しは気晴らしになるだろう?」
額の皺が一気に解けて、満面の笑顔を見せるレオノーラにアビエルが吹き出す。
「百面相だな」
「馬に乗りたかったのよ。もう、執務室に連れてきたいと思ってたくらいだったの」
「連れてきたらいい」
「‥‥」
レオノーラをからかうのがよほど楽しかったのかアビエルは笑いが止まらないようだ。呆れたようにため息をついて、書簡を持って部屋へ向かった。
「あんまり私をからかうと、本当に馬を連れてきてしまうわよ。覚悟しておいてね」
そう言い捨てると、続き扉をバタンと音を立てて閉めた。扉の向こうでアビエルの笑い声が聞こえた。
アビエルは、神聖祭の日に国民に対し、この国が2年後に共和国として新たな国になる声明を発した。すでに噂にはなっており、中には、貴族制度の廃止に不安を感じ、貴族と言う矜持を捨てることに抵抗もあったようだ。しかしそれらは、皇帝からの勅語であることと、アビエルがこれまで国に対して行ってきたこと、これからの発展への期待が勝り、大きなものにはならなかった。
声明は残りの六つの領地においてもそれぞれの領主から同様に皇帝の勅語として各領民に等しく伝えられた。若い世代からは不安よりも期待の声がはるかに多くあった。
ペイトン将軍は、相変わらず怪しい動きをしているが、反対運動を表立って行うことも、皇宮に来て異論を唱えることもなく日々が過ぎて言った。
レオノーラは、騎士団の寮にほとんど帰れない(最近は執務室からほとんど出られない)ことから、寮を引き払うことにした。少しずつ荷物を動かしていたので、寮にはちょっとした家財道具や食器くらいしかない。衣類はとっくに研究棟の部屋に全部持って行ってしまった。
朝の早い時間だったので、ちょうどメリッサと出会った。
「レオ!久しぶり。忙しすぎて大変そうだね」
「メリッサ、おはよう。そうなの。もう寮は引き払ってしまおうと思って。残っている荷物を取りに来たの」
「えー!レオも出て行っちゃうの?私もそろそろタウンハウスに部屋借りようかなぁ」
「も? って、もしかしてコーデットも寮を出たの?」
「先月急にね。寂しいったらないわ。あたしにもだれかここから連れ出してくれる王子様がいないかな」
「コーデットはドノバンさんと暮らすのね」
「あ、そうじゃないみたいよ。自分で部屋を借りるって言ってた。でも、あれじゃない? 寮ではなかなかイチャイチャできないしね」
ちょうど階段から下りて来た騎士団に入ったばかりの女の子たちが挨拶をしてくれる。寂しいとはいいながら、今年は新しい騎士の子がたくさん入ってきたので、楽しくはしているようだ。
「あ、そうだ。レオが来たらコーデットが連絡先を渡しておいてって言ってたんだった。待ってメモ取ってくるね」
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